白金の鎖
以後の自分はアレンの為にと、アウルの意識にはそれだけでしか無い。アレンの為にする事でも、其れが自分の望みでも有るのだから…愛されることを受け容れることが出来るように成るのだろうか?!
「アレン。もう一つわがままを言っても良いか?!」
この所、こんな風に話を始めるアウルは、決まりが悪そうに、視線を外して赤くなっていることが多い。
必要な要求で有っても、「おねだり」だと捉えがちだったからだが、殊更訂正せずに居るのは、その様子が実に可愛らしくて、見られなくなるのが惜しい気がしていたからだった。
「何です?!」
応えて聞いたものの、アウルが改めてこう言うと言うことは、要求が困難を伴うことが多かったのだと覚悟した。
俺はアウルの為に有る存在なんだから、彼の要求に応えうる事こそが無上の喜びででも有ったのだが…
「…父上に、伯にお目に掛かって、詫びが言いたい」
「…アウル…」
「駄目か?!」
必要は無い。
これまでの経緯で、父が俺達の仲を認識しているのは明らかだった。
だが、真意に確信は無い。
父として、俺の事を第1に考えてくれる、理解の有る親だと思う。
だが、其れなりの年で、昔気質の考え方を持った人だとも言えた。
固定観念を持った老人だとも。
其れが、俺が父の真意を確かめなかった理由だったが…
「いいえ。ですが、嫌な思いをすることに成りはしないかと…」
「私のわがままなんだから、そんな事は承知の上だ。心配し無くて良い」
「…お許し下さっていると言うお前の言葉を信じない訳では無い。だが、伯のお気持ちを裏切らせたのも事実だ」
「お前に不孝をさせて終ったのも事実だ。その事を詫びたい」
こうして思いの丈を込めた瞳に見詰められて、今更に、この人には真実しか無いと、思い知らされる。
「愛しているんだ…お前のために出来ることが有ると判っているのに、しないで済ませられない」
「俺も。愛しているから、貴方に嫌な思いをして欲しくないと思っているんですけど?!」
「うん。判っている。だから頼んで居るんだ。あ!でも、伯が、会いたくも無いと仰るなら話は別だ。そこまで無理強いをするつもりは無い」
承諾するしか無かった。
「はい」
「ホントに?!」
どんな事でもさせてしまう顔してますけど?!
「ええ。11月に、父の70の祝いをする予定でいます。その時なら、上の姉達始め、大勢が出入りしますから、目立たなくて良いでしょう?!」
「有り難う!誕生日なら手ぶらでは駄目だな。何にするかな…」
「…何だか少し妬けるんですけど?!」
「え?!あ…何、馬鹿なこと言って…」
求めた口づけにも嘘は無くて。
「…父上にも妬くんだな?!」
「他に目を遣らない下さい。俺には殺すって言った癖に」
「好きにして良い。お前が命じるなら何にでも成るし、何でもする」
どうだ、文句が有るかと、目を見張って、俺の反応を好奇心を載せた瞳で見た。
次には、面白そうに口角を上げて、くす…と微笑う。
「それ…反則ですよ」
全面降伏するしか無かった。
11月に成って、覚悟を決めて承諾したものの、鬱々と気が滅入るだけの、父の祝いが近づいていた。
落ち込む俺に比べて、本来俺以上の苦行に臨むはずのアウルが、その日が近づくにつれて、解脱するように美しく成っていく。
彼の反応に納得できないからか、やぶ蛇を恐れて、父の真意を確かめなかった自分への怒りからか、祝いの当日に成っても、何かで気を紛らわせていなければ、総てを反故にしたいと言う本音に抗えなく成っていた。
「アウル。こっちにしませんか?!」
アウルの長年のスタイリストであるマリーエに、彼には内緒でクリスマス用の衣装を誂えて貰っていた。
何とも言えない淡いニュアンスの菫色のタキシードは、イタリア製の生地に一目惚れしたものだった。
無論其れがアウルに受け容れられないだろうと思いながら、其れを手に振り返った。
「…クリスマスじゃあるまいし。いくら装いに頓着が無い私でも、今夜身に着けて良いものか、そうでないかくらいは解るんだぞ」
案の定の返答だった。
殊更、着飾ることに否定的な彼からすれば、当然の反応だった。
だが、今夜の俺は如何しても納得しかねた。
「そんなもの!構いませんよ。身内の祝いだし、もう11月なんだし、夜ですしね。こっちの方がずっと映えて美しい」
俺の真意はもうとうに彼の知るところだった。ぐずる子どものようなもの言いに、視線を斜にして見詰めると言った。
「アレン。男の私が美しいなどと、何の意味も無いんだぞ」
「アウル!」
「美女が血の中に美貌を加えるから意味が有るんだ。私を紛い物にしたいのなら総て止めて良い。逃げても良いぞ」
「そんな事!思っているわけ無いでしょう!!」
手の中から喪われることの無いように、抱き締めるしか無かった。
「今までが、総てお前のためだったなどとは、他の誰にも発想さえ出来ないんだ。私が、権力の集中のためにお前を籠絡したと考える方が容易い。しかも、現実は私の思うままに成っているからな」
「そうですよ!!だから、恐ろしくて父の真意を確かめる事が出来なかった!」
涙に喉が詰まって情け無くもアウルに縋った。
その俺の背を、アウルの掌が宥めるように撫でさする。仕方が無いなと言うように、頭まで撫でられてしまった。
「貴方を喪うのが恐いだけです」
スネた子どものように言って、愛想を尽かされかねないと思いつつ。
「だからさ。お前が望むなら何に成っても良いし、何でもすると言っただろう?!」
「今夜がどんな結果に成っても、一緒に居ることは変わらない。別れなければ廃嫡にすると仰るなら、この国を出よう」
「…本当…ですか?!」
「本当も何も、別れるときは死ぬ時なんだろうが?!」
「アウル~」
「こら!!泣くな!馬鹿」
お読み頂き有り難うございました!
アウルは愛されることが恐いのかも知れません。受け容れた途端に喪って終うと思っているのかも…