紅い林檎
老成した政治家としてのアウルと、生身の人としての歩みを始めたばかりの、赤ん坊のような彼とが、日常で交錯するという、ややこしい話に成っているのですが、その上に本人にはまるで自覚が無いという困った事態が展開します。
宜しくお付き合い下さいませ!
口に運ぶのを遅らせては、つい今しがたのキッチンでのやりとりに心を残していると気づかれてしまう。湯浴みで流した躰を営みの名残に抱かれて、引き留めたく成っている本心を見抜かれてしまう。
「食べながら待ってて。もう一つはカシスのソルベと一緒に、戻ってきてからあげます」
言わぬ事では無い。
「全部は無理」
食に拘る事を装って言うと、笑顔を返された。慌てて視線を外すことしか出来なくて、カトラリーに手を伸ばす。
スープを口に運ぶのを見届けて、漸くサニタリーへと向かってくれた。
ホッとしたことが要因だったのか、それとも、欲しいものの代わりとでも思ったと言うのだろうか?!
改めて口に入れた冷たいスープが、得も言われぬ程に美味だった。
…食べることで命を永らえているのを失念するんだからな。
…そんなことは…
有り得ない生き物のように言われた気がして、そう応じもしたのだか、自覚していなかっただけで、彼の言い分が真実だったのかも知れない。
…あの時のコンソメもそれまで味わった何よりも舌に染みた。
アレンは、余り食に頓着の無い私の、その中でも口にする回数の多い料理ばかりを並べてくれていた。
ああ見えて、何にでも拘りが有って、独り暮らしが長いせいか料理も上手い。
出されたものはどれも美味しいと感じて食べていたのだが、口に入れる度に睡くなる気がしていた。
量も大して食べていないのに…と、思う間もなく、かくんと頭が落ちてしまって、危うくテーブルに突っ伏してしまいかけた。
これでは、クリスの幼い頃と変わらない…カトラリーを手にしたまま?!
…食べながら寝落ちって…
…有り得な…
躰がふわりと浮いて、食卓で寝入ってしまっている私を、戻ってきたアレンが運んでくれているのだろうなと思い、ベッドに入れて、額の髪を掻き上げてくれるのも判った。
…さっきも引き留めたかった。
…アレンの手を離さずに引き留めて、ただそれだけに心底の安堵に包まれた。
彼の呼びかけにも目覚めることは無く、尚更に深く眠り込んでしまう。
蒼い眠りの海に包まれて、私の中から総ての凝りが溶け出て行くようだった。軽くなった躰が、深淵の眠りの底から浮き上がり、水面に辿り着くかのように目が開いた。
ペントハウスらしく、斜めに折り上がる窓硝子から、秋の陽が落ちてくる。
…陽が…高い?!
「…何時?!」
いつもの体で、とうに昼近くなっているだろう時間を思って、慌てて起き上がった。ベッドを降りかけて視界が揺らいだ。
「危ない!!」
傾いだ体を抱き留められて、廻らない頭と、息苦しさに腕に縋った。
「帰らないと…」
「何処へ?!」
怪訝に上げた顔を、開きかけた唇を塞いで止められた。
「忘れましたか?!ここは2人の家に成ったでしょう?!」
…そうだった。
…現実が一気に戻ってきた。
その上に、昨夜子供のように寝落ちして、寝かし付けてくれたアレンの手を離さずに、今まで添い寝させていたことも総て思い出した。
とてつもない恥ずかしさに声も出ない。
「今日は日曜ですし、明けても内務省にはクリスが出てくれるでしょうし…それに、俺はまだ貴方を抱いていたい」
面と向かって言われれば、赤くなる顔を見られたくなくて俯くしか無いというのに。
「それ、反則ですよ」
不服そうに言う。
じゃあ、どうしろと言うんだ?!
お読み頂き有り難うございました!
本物の新婚生活?!何だか、子育て何だか判らなくて、アレンが混乱してるだろうな~って思いながら書いています。
今暫く、宜しくお願い致します!