9 真面目系天然令嬢と婚約者の日常
それからも、ガーネットはひたすらラズリスを構った。
ラズリスは大人しく世話を焼かれている時もあれば、羞恥心からか怒り出すこともある。
「放っておいて欲しいと言ったじゃないか。何で来るんだ!」
「あら、嫌ですわラズリス殿下。婚約者である私が、お傍に侍るのは当然ではなくって?」
穏やかに微笑みそう口にするガーネットに、ラズリスは呆れたようにため息をつく。
だが、ガーネットは多少塩対応されたくらいではへこたれない。
ラズリスには何としてでも、ナルシスを引きずり落とすような理想の王子に育ってもらわねば困るのだ。
小さな王子の文句くらい、小鳥のさえずりのように聞き流して見せようではないか。
「さぁ、ラズリス殿下。今日は何をいたしましょう?」
しばらくするとラズリスも慣れたのか、それともガーネットに文句を言っても無駄だと悟ったのか、ガーネットが傍に寄っても執拗に邪険にすることはなくなった。
根競べに勝利したガーネットは、これ幸いとあれこれラズリスの世話を焼いている。
まずは朝。
起床時間が不規則だったラズリスを起こし、きちんと朝食を食べさせる。
――ちゃんと食べれば、ラズリス殿下の血となり肉となり背が伸びるはずよ。ナルシス殿下に負けないくらい大きくなってもらわないと困るんだから……。
相変わらずラズリスの食べる量は小動物のように少ないが、ガーネットは根気よく食べさせる量を増やしていこうと燃えていた。
「ラズリス殿下の、もっと食べるとこ見てみたい!」
「真顔でコールするのはやめろ! 怖い!」
「彼をその気にさせる最強コール♡」をアレンジしたものだったが、何故かラズリスのお気には召さなかったようだ。
コホンと咳払いして、ガーネットはずい、と目の前の皿を勧める
「殿下がきちんと食べてくださればやめますわ。さぁ、どうぞ」
「……そんなに見られてると食べづらい」
小食で、食べるスピードもゆっくりだが、少しずつラズリスの食事量は増えている。
確かな手ごたえに、ガーネットは内心でほくそ笑んだ。
――でも、手の込んだ料理よりただのパンや、味付けもないサラダの方をよく食べるのよね。本当にウサギみたい……。
ラズリスの食の好みは不可解だが、今はそこまで口酸っぱく駄目だしするほどじゃないだろう。
いずれ、軌道修正していけばいいのだから。
朝食を終えた途端自室に引っ込もうとするラズリスの手を引いて、外へと連れ出す。
「食後のお散歩がまだですわ、殿下」
「そんなのいらないだろ……」
「いいえ、いけませんわ。しっかりと食べて、しっかりと運動することが大切なのです。しっかりした生活リズムを作るのと同時に、筋力もついてまさに一石二鳥です。ただでさえラズリス殿下は小さいのですから、私心配ですもの」
「……小さいって言うな」
「目測で私の身長の9割ほどでしょうか。さしずめ0.9ガーネットというところですね」
「変な単位を作るな! っ、……すぐに成長する!」
ラズリスはあんな生活をしている癖に、「小さい」とからかわれることが嫌なようだ。
適度に煽ってラズリスのやる気を引き出そうと、ガーネットは慎重に言葉を選んで口にする。
「楽しみですわ、ラズリス殿下が私より大きくなってくださるのが。そんな日がやって来るといいのですが……」
「そんなに心配しなくても、君の身長くらいすぐに抜かしてやる!」
ずんずんと早足になる小さな婚約者に、ガーネットは知らず知らずのうちにくすりと笑っていた。