番外編 真面目系天然令嬢は年下王子と秋を味わいたい(1)
「そろそろ秋も深まって参りましたね」
ふと離宮の窓の外に視線をやり、ガーネットはそう呟いた。
木々の葉は色づき、冬の寒さが近づいてきているのを肌で感じることもできる。
「そうだな……」
ラズリスが手にした本から顔を上げずにそう同意したので、ガーネットは少しムッとしてしまう。
「殿下、その本を読み終わったら外へ散策に参りましょう」
「さっきも行ったじゃないか。なんでわざわざこんな寒いのに外へ出ようとするんだ」
「せっかくの秋ですもの。わたくしたちももっと秋を味わうべきですわ」
「僕は読書の秋を満喫中だ」
取り付く島もない婚約者の様子に、ガーネットは思案した。
力づくで連れ出すという方法もあるが、せっかくラズリスがガーネットに心を開きつつあるのだ。
ここで台無しにはしたくない。
――でも、せっかくだから秋らしいことをしたいのよね。
ガーネットは手元の雑誌に視線を落とす。
そこには、「季節イベントで二人の愛が深まるかも!? カップルで秋を満喫しちゃおう!」という特集が組まれていた。
この雑誌によれば、カップルというものはすべからく季節イベントをエンジョイすべしと書いてある。
その記述を信じ込んだガーネットは、自分たちのルーティンが普段とまったく変わらないことに焦燥感を抱いていた。
――確かに読書の秋ともいうわね。でも、それだけじゃいつもと変わらないし、足りない気がするわ……!
このままでは、俗にいう「倦怠期」とやらを迎えてしまうかもしれない。
――そうなればまた婚約破棄……! いいえ、そんなことはさせないわ……!
何としてでもカップルらしく季節イベントをエンジョイし、ラズリスの心を繋ぎ止めなければ。
メラメラと決意の炎を瞳に宿したガーネットを見て、ラズリスは不思議そうに首をかしげていた。
◇◇◇
「おはようございます、ラズリス殿下。あなたの婚約者、ガーネットが爽やかな朝をお届けに参りましたわ」
「……頼んでない」
「特別サービスです♡」
「…………そうか」
翌朝、早朝から突撃してきたガーネットにラズリスは大きくため息をついた。
ここで文句を言っても、目の前の婚約者が折れるわけがないことは今までの経験でよくわかっていたのである。
「さぁ、食堂へ参りましょう」
ガーネットに手を引かれるようにして廊下に出て……ラズリスは目を見開いた。
「…………は?」
昨晩は確かに整然と片付いていたはずの、食堂へと続く廊下には……なぜか椅子や机、はたまたよくわからない置物などがごちゃごちゃと置かれていたのだ。
「……こんな時間に模様替えか? 聞いていないが――」
「いいえ、障害物競走です」
「障害物競走!?」
聞きなれない言葉に素っ頓狂な声を上げるラズリスに、ガーネットはにっこりと笑って見せた。
「わたくし、ガーネットは、正々堂々とラズリス殿下と競い合うことを誓います!」
「……は?」
「ほら、殿下も宣誓してくださいな」
「何を宣誓しろと!?」
「選手宣誓です。これから私たちは、二人で競技大会を行いますの」
大真面目にそう口にするガーネットに、ラズリスは頭を抱えた。
まったく……非の打ちどころのない令嬢だと聞いていたのに、なんだこのトンチンカンな娘は!
「……一応聞いておくと、なぜこんなことをしたんだ」
「ラズリス殿下、わたくしたちは婚約者なのです。婚約者たるもの、季節ごとの行事を共に嗜まねばならないのです。ですから今からわたくしと……スポーツの秋を始めましょう!」
満面の笑みを浮かべてそう口にする婚約者に、ラズリスはまたもや大きなため息が零れてしまった。
「参加しないという選択肢は」
「ありません♡」
「そうか……」
経験上、一度こうなったガーネットは非常に厄介だ。
断固拒否すれば、ラズリスが付き合うまで延々とスポーツの秋の良さを説き続けるに違いない。
こうなったら、適当に付き合って満足してもらった方が早いだろう。
「……わかった、やってやろうじゃないか」
「さすがはラズリス殿下。では選手戦士をお願いいたします」
さっとガーネットが手渡してくれたカンペを、ラズリスは無感動に読み上げる。
「えぇと……僕は、ガーネットと正々堂々競い合うことを誓います」
「さぁ、二人の選手の宣誓により、戦いの火蓋が切って落とされました!」
「サラ、合図をお願い」
「はい、ガーネット様!」
「さぁさぁラズリス殿下、位置についてくださいな」
よく見れば、床に可愛らしい色のリボンがピンと伸ばすように張られていた。
おそらくこれが、スタート地点のつもりなのだろう。
「ルールは簡単。コース上の障害物を突破しながら先に食堂にたどり着いた方が勝者となります」
「食堂に着けば終わるんだな?」
「えぇ、スポーツの秋を楽しんでわたくしたちの絆もより深まることでしょう」
えっへんと胸を張るガーネットに、ラズリスは思わず苦笑してしまった。
まぁ、さっさと終わらせて満足してもらおうじゃないか。
「それでは位置に着いて……スタート!」
サラの掛け声を合図に、ラズリスは一刻も早くこの茶番を終わらせようと走り出した。
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どのキャラクターも生き生きと描いていただいておりますので、ぜひぜひご覧ください!
最後のコマのガーネットセリフには完全同意しかないですね!
番外編ももうちょっと続いてしまします。
三章(16歳編)も準備中ですので、ごゆるりとお待ちください。




