44 別離の日
後書きにお知らせがあります!
「私は……嫌です」
ガーネットはまるで分別の無い子どものように、必死に首を横に振った。
そんなガーネットを見て、ラズリスはどこか困ったように笑っている。
「ガーネット……そんな風に、泣かないでくれ」
そう声を掛けられ、ガーネットはやっと……自分が泣いていることに気づいた。
そう気づいてしまうと、止まらなかった。
「だって、こんな……」
こんな風にみっともなく涙を流すのは、いったい何年ぶりだろう。
厳しい妃教育の中で凍り付いたはずの心は、いつの間にか随分と脆くなっていたようだ。
ラズリスがいなくなる。もしかしたら、ガーネットから遠く離れた地で死んでしまうかもしれない。
その事実が、どうしようもなく恐ろしかった。
「こんなことになるのなら……あなたをここに閉じ込めたままにすればよかった」
そう気づいてしまったガーネットは、思わずその場に崩れ落ちた。
ガーネットがラズリスを表舞台へと引きずり出した。
ガーネットと婚約しなければ……いや、たとえ婚約したとしても最初に彼が言った通り、ほとんど関わらなければ、ラズリスが戦地に駆り出されるようなこともなかったのに。
――全部……私のせいだわ。
いたずらにラズリスへと注目を集め、エリアーヌの不興を買ってしまった。
ラズリスが目立つことで危険な目に遭う可能性も考えてはいた。
……考えて、いたのに。
玉座を手にするためなら、危険な目に遭うことも承知していたはずなのに。
だが、実際こうなると……ガーネットの胸には後悔ばかりがよぎってしまう。
絶望にさいなまれ、すすりなくガーネットの傍らに、そっとラズリスが片膝をつく。
そして、そのままガーネットの体を引き寄せ抱きしめた。
「……そんなことを言わないでくれ」
暖かなぬくもりとまるで懇願するようなラズリスの声に、ガーネットの瞳にまた涙があふれる。
「今だからわかる。ずっとここに閉じ込められているのは、死んでいるのと同じだ。君がここから連れ出してくれたから、僕は広い世界を知ることができた」
そっとガーネットの背を撫でながら、ラズリスは続けた。
「たとえどんな結果になったとしても、僕は君の手を取ったことを後悔なんてしない」
「ですが……」
「もちろん、簡単にくたばるつもりはない。君みたいな危なっかしい婚約者を置いて死ぬわけには行けないからな」
わざと明るくそう言うと、ラズリスは指先でそっと、ガーネットの涙をぬぐった。
「絶対に、帰ってくる」
真っすぐにガーネットを見つめ、ラズリスは誓うようにはっきりとそう告げた。
「戦なんてすぐに終わらせて帰ってくる。だから、君も……僕の婚約者として、浮気なんてするんじゃないぞ」
「す、するわけありません……!」
「いや、君は危なっかしいからな……。ころっと騙されて気が付いた時には――」
「もう、わたくしを信用していないのですか?」
ガーネットがムッとした表情になると、ラズリスはからかうようにくすりと笑った。
だがすぐに困ったように眉をひそめると、再び強くガーネットを抱きしめた。
「正直、自分のことはまったく心配してない。気になるのは君が変な奴に騙されないかどうかだけだ」
「わたくし、そんなに尻軽ではありませんわ」
「それは頼もしい」
ラズリスはそっと、涙の跡が残るガーネットの頬を撫でる。
まるで、ガーネットの姿形を覚えておこうとするかのように。
その手に手を重ね、ガーネットはそっと微笑んだ。
どうせならみっともない泣き顔ではなく、笑顔のガーネットを記憶に焼き付けて欲しかった。
「……大丈夫。絶対に、君の願いを叶えてみせる」
……本当に、いったいいつから、彼はこんなに強くなってしまったのだろう。
嬉しいはずの彼の成長が、今だけは少し恨めしく思えた。
◇◇◇
出征式の日、ラズリスは立派な姿で皆の前に姿を現した。
戦地へと赴く若く美しい王子の姿は、多くの女性の涙を誘った。
だがガーネットは、ラズリスの婚約者として毅然とした表情で式へと望んだ。
涙はもう流しつくした。
必ず、ラズリスは帰ってくる。だから、もう泣く必要なんてない。
ラズリスの背中で翻るマントには、勝利を意味するグラジオラスの花の刺繍をガーネットが刺したばかりだ。
年に見合わぬ堂々たる姿で都を出立する婚約者の背中を、ガーネットはその姿が見えなくなるまでじっと見守った。
「ネティ……大丈夫か?」
心配そうに声を掛けてきた兄のセルジュに、ガーネットはしっかりと頷き返した。
「えぇ、わたくしなら問題ありません。ラズリス殿下が不在の間は、わたくしがしっかりと殿下の地位をお守りせねばなりませんから、落ち込んでる暇なんてありませんわ」
悲劇のヒロインのように泣いてばかりいては、エリアーヌの思う壺だ。
ラズリスは戦地で、ガーネットは王都で、それぞれの戦いが待っているのだから。
――ラズリス殿下は絶対に帰ってくると仰ったのだから、私がそれを信じなくてどうするの。
さっそく頭の中で次の策を練りながら、ガーネットは颯爽と歩き出した。
これにて二章完結、三章(16歳編)に続きます!
三章は物語の締めになる大事な章になりますので、大変申し訳ありませんが開始まで準備期間を頂きます。
ぜひラズリスを待つガーネットの気分になってお待ちください!
(ちらちら番外編みたいなのは投稿していきたいと思います)
そして嬉しいお知らせです!
なんと本作が【コミカライズ】していただけることになりました!
おねしょたカップル、漫画になります!
これもすべて応援して読んでくださった皆様のおかげです。ありがとうございます!!
ちらっと見せてもらっているのですが、コミカライズは絵でダイレクトに見れる分おねしょた感が上がってます!
とっても可愛いラズリス殿下と空回りガーネットの凸凹ラブコメに描いていただいております!!
開始時期や掲載場所などはまた後日お知らせいたしますので、ご期待ください!!!
それと、ちまちま書いていた新連載を始めます!
↓↓↓
「冷血竜皇陛下の「運命の番」らしいですが、後宮に引きこもろうと思います~幼竜を愛でるのに忙しいので皇后争いはご勝手にどうぞ~」
( https://ncode.syosetu.com/n1101hc/ )
こちらがおねしょたなのに対して、新作は(見た目)おにロリです!
冷血な(?)竜族の皇帝と、見た目は儚げな幼女だけど中身はたくましい妖精族のお姫様の、ファンタジー後宮ラブコメです。
力尽きるまでは連続更新予定なので、お暇なときにでも読んでいただけると嬉しいです!




