40 思わぬ提案
冬至祭の締めくくりとなるのは、無事に新年を迎えられたことを祝う宴だ。
この時期には国中から多くの貴族が集まり、王族へ挨拶と変わらぬ忠誠を述べ、王都へ集まった者たちと親交を暖めようとあちこちで宴が開かれる。
ガーネットもフレジエ侯爵家の令嬢として、そしてラズリスの婚約者として、忙しなくあちこちへ顔を出していた。
「この後は……ラズリス殿下と合流して夜会への出席ね」
「お嬢様、あまりご無理をなされぬよう」
「平気よ。わたくしを誰だと思っているの?」
今もガーネットは、とある貴族の屋敷で開かれたパーティーに顔を出したのち、王宮での夜会へ出席する為に早足で宮殿を進んでいく。
確かにハードなスケジュールではあるが、ガーネットはいつになく充実感を覚えていた。
音楽祭でのガーネットの活躍は、既に方々に伝わっているようだ。
会う者会う者ガーネットの健闘を称え、確かな手ごたえを感じずにはいられない。
わくわくと足を進めていたガーネットだったが、曲がり角から幾人かの足音が聞こえ、慌てて速度を緩める。
淑女が小走りで王宮の廊下を闊歩するなど、あまり褒められた行いではないだろう。
一瞬にして優雅な足取りを取り繕い、やって来る相手に挨拶をしようとして……ガーネットは一瞬固まった。
曲がり角からやって来たのは、ガーネットのかつての婚約者――第一王子ナルシスだったのだから。
――っ……! 動揺しては駄目よ。とにかく普段通りに……。
こんな風に王族と出くわした場合は、道を譲り通り過ぎるまで頭を下げるのが通例だ。
見知った相手であれば向こうから声を掛けられることもある。
ナルシスの場合は……。
――黙って通り過ぎてくれればよいのだけど、私がイザベルを出し抜いたことを責めるでしょうね……。
「お前が卑怯な手を使ってイザベルの優勝を邪魔したのだろう!?」などとお門違いに怒りだす可能性は大いにある
ガーネットは少し緊張しながら、廊下の隅により深く頭を下げた。
このまま通り過ぎてくれ……と心の中で祈ったが、神は無情だった。
ぴたり、とガーネットの目の前で足音が止まり、この場では聞きたくない声が耳に入る。
「……ガーネット。顔を上げろ」
仕方なく、ガーネットはゆっくりと顔を上げる。
だが、意外なのはこちらを見つめるナルシスの表情に、怒りの感情は見いだせないことだった。
――どういう、こと……。
ナルシスは何故か心得たかのような笑みを浮かべ、ガーネットを見つめたまま口を開く。
「先の音楽会での演奏、見事だった」
ガーネットはまるで頭を殴られたかのようなショックを受けた。
まさか、あのナルシスが……素直にガーネットを褒めるなんて!
「……身に余るお言葉をいただき、恐縮至極に存じます」
ガーネットは動揺しつつも、何とかそう言葉を返した。
……おかしい。ナルシスの性格を考えれば、イザベルの優勝を阻止したガーネットに怒り心頭のはずなのに。
――どこかで頭を打ったのかしら。それとも、まさか影武者……?
ひどく混乱しながら様々な可能性を思い浮かべるガーネットのことなど気にせずに、ナルシスは機嫌よさそうに続ける。
「近頃の君は随分と精力的に努力を重ねているそうだな。黙っていても君の活躍は耳に入る。王都一の才媛と名高いと」
「……いいえ、わたくしなどまだまだ未熟者です」
――これは嫌味なの? もう少し大人しくしてイザベルを立てろと言いたいのかしら……。
しかしナルシスにこんなに遠回しな嫌味が言えるのだろうか。
どちらかというと彼は直情的で、ガーネットに気に入らない点があればずばずばと率直に口にしそうなものだが……。
「私も……少しは君の努力を認めるべきだろう。随分と待たせてしまったようだからな」
「…………?」
彼の言っている意味が分からずに、ガーネットは内心で首をかしげる。
そんなガーネットの反応をどう思ったのか、ナルシスは高らかに告げた。
「君のこれまでの功績に免じて、私の側室になることを許そう!」
「………………ぇ?」
ナルシスのとんでもない言葉に、ガーネットはまさしく開いた口がふさがらない状況だった。




