39 音楽祭、終幕
ガーネットは慌ててぽかんとした表情を引き締め、今の状況を飲み込もうと必死になった。
――私が優勝? そんな、どうして……。審査員の過半数は、イザベルが買収したはずなのに。
ちらりとイザベルの方へ視線を遣ると、彼女は蒼白になってわなわなと震えていた。
この状況がイザベルの意図したものでないことは、火を見るよりも明らかだ。
――ということは、まさか審査員がイザベルを裏切ったのかしら。
ガーネットの工夫を凝らした演奏が、審査員の心を動かすことができたのだろうか。
そう考えると、じぃんと胸が熱くなる。
――やはり、私のやって来たことは無駄ではなかったんだわ……。
挫けそうになることもあった。不安でたまらない時もあった。
それでも、ガーネットは進み続けた。
その努力が……やっと実を結んだのだろう。
「ほら、呼ばれてるぞ」
ラズリスに小声でそう囁かれ、ガーネットは誇らしい気分で立ち上がった。
◇◇◇
「やったじゃないか」
「まだ……夢を見ているような気がします」
ガーネットの優勝という形で、音楽祭は幕を閉じた。
ラズリスと共に離宮へと戻ってきたガーネットだが、まだこの結果が信じられないのだ。
「イザベルが買収した審査員の方が、意見を変えたのでしょうか」
「審査員はもともと芸術分野に造詣が深い者が選出されてるんだろ。君の演奏を聴いて、自分の心に嘘は付けなくなったんだ」
「その演奏のアイディアをくださったのはラズリス殿下です。ありがとうございます、殿下」
素直に褒められて嬉しくなったガーネットは、ラズリスの手を握って礼を言った。
するとラズリスは、照れたようにそっぽを向いてしまった。
「べ、別に僕は何もしてない」
「いいえ、これも殿下のおかげです。わたくしは殿下のような方と婚約できて誇らしいですわ」
「あぁもう……! 何で君は恥ずかしげもなくそんなことを言えるんだ!!」
真っ赤になって照れる婚約者の愛らしい姿に、ガーネットはくすりと笑う。
最初は、ナルシスから玉座を奪うために、彼を利用するつもりだった。
だが今は……ガーネットは心から、「ラズリスと婚約できてよかった」と思っているのだ。
だが、ぽわぽわと幸せを噛みしめるガーネットとは裏腹に、ラズリスは真剣な表情に戻りガーネットを見据えている。
「……君の優勝は喜ばしい。だが、これでエリアーヌ側がますます過激な手に出ることも考えられる」
「えぇ、存じております」
「君はまた前みたいにのこのこ罠にかかったりするなよ! まったく危なっかしい……」
「そ、その節はご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした……。わたくしもあれから十分身辺には気を付けておりますわ」
慌てて取り繕いながらも、ガーネットもラズリスと同じく嫌な予感を覚えてはいた。
――きっと、イザベル……いえ、エリアーヌ妃がこのまま何もしないなんてことはないでしょうね。
あれだけ大々的に妨害工作を施したのに、イザベルは優勝を逃してしまった。
次こそ確実にラズリスとガーネットの足元を掬おうと、彼らが危険な手に出る可能性は十二分に考えられるのだ。
――でも、負けられないわ……。
一回イザベルを出し抜いたからと言って、油断はできない。
ガーネットは努めて明るく振舞いながらも、考えられる妨害工作とその対応について頭を巡らせていた。




