38 勝負の行方
ガーネットは会場へ戻り、王族用の席であるラズリスの隣に腰掛けることにした。
すぐ近くにはナルシスとイザベルもいる。
ガーネットが戻って来たのに気付くと、ナルシスは驚いたように目を丸くして、イザベルはわざとガーネットの方を見ないように俯いてしまった。
――少なくとも、動揺を与えることはできたようね。
それだけで、ガーネットの胸はいつになくスカッとした。
ガーネットはイザベルに負けるだろう。イザベルが審査員を買収したのだから。
だが、イザベルの胸に杭を打ち込むことはできたようだ。
それだけでも上々の出来だと、ガーネットは内心で安堵に胸をなでおろした。
「そろそろ次の方の演奏が始まりそうですね」
「あぁ、そうだな」
未だにざわめく会場に何度も「静粛に」と呼びかけられ、やっと静かになったところで次の出場者の名が読み上げられる。
音楽会の再開だ。
◇◇◇
一通りのプログラムが終わり、審査員たちの協議が始まった。
会場内でも、いったい誰が優勝するのかと皆囁き合っているようだ。
ガーネットが顔見知りに挨拶をしようと席を立つと、次々に話しかけてくる者が後を絶たなかった。
「わたくしの演奏で……少しでも皆の心を動かすことができたでしょうか」
「見ればわかるだろ。ただの媚びへつらうだけじゃあんな顔はできない」
ラズリスに太鼓判を押され、ガーネットは平静を装いながらも内心で歓喜した。
ガーネットとラズリスはいつか、ナルシスとイザベルを追い落とさなければならない。
しかし今の状況では、多くの貴族たちはエリアーヌの支配体制が盤石と見て、反旗を翻そうとはしないだろう。
――ラズリス殿下を巻き込んでいるんだもの。必ずや成功させなければ……!
その為には、多くの者を味方につけなければならない。
きっと皆、心の奥底ではエリアーヌやナルシスの支配体制に疑問を抱いているはずだ。
ラズリスとて正当な王位継承権を持つ王子である。
ラズリスこそが時代を担う王の器の持ち主であると示し、皆の心を動かすことが出来れば……王座を奪還するのも夢ではない。
ガーネットはそう信じている。
――これはその第一歩。ラズリス殿下の婚約者である私が、決してナルシス殿下やイザベルに屈しず、戦い続けるという意志は示せたはずよ。
イザベルの妨害になど屈しない。
フレジエ家の令嬢として、そしてラズリスの婚約者として、ガーネットは正々堂々と戦い抜いたのだ。
――結果がどうであれ、それだけは揺るがないわ。
待ち受けているのはイザベルへの敗北という結果だろう。
それでも、いつになく晴れ晴れとした気分で、ガーネットは結果発表を待つのだった。
いよいよ審査も終わり、結果発表の時間がやって来た。
舞台に姿を現したのは、この音楽会の総責任者を務める年配の伯爵だ。
伯爵の口から来場者への感謝や出場者への賛辞などが読み上げられ、次に審査結果の発表となる。
まず最初に読み上げられるのは優勝者の名だ。
ガーネットは毅然と顔を上げたまま、その瞬間を待つ。
――きちんと拍手をして、イザベルに賛辞の言葉をかけて……大丈夫。ちゃんとできるわ。
イザベルが優勝することはわかりきっている。
それでも……どうしても「悔しい」という思いは拭いきれないのだ。
膝に置かれた手に無意識に力を込めて、ガーネットはイザベルが優勝した時のためのイメージトレーニングに勤しんでいた。
だから、反応が遅れてしまった。
「栄えある今年のミューズ――芸術の女神の名を冠するにふさわしい優勝者は…………ガーネット・フレジエ侯爵令嬢です!」
その瞬間、会場内を爆発的な歓声が包み込んだ。
ガーネットは最初、イザベルが優勝したのだと思いイメージトレーニング通りに拍手して……すぐに間違いに気づくのだった。
「…………え、わたくしですか?」




