33 ガーネット、閃きを得る
例の閉じ込められ事件の後、ガーネットはラズリスに「もう無茶な行動はしない」と約束した。
だが残念ながら、ラズリスはあまりその言葉を信じていないようなのである。
「……殿下、そんなに見つめなくてもわたくしは逃げませんわ」
「君には前科があるからな。残念ながら信用はできない」
ラズリスは暇さえあれば、ガーネットの行動を見張るようになった。
ガーネットとて、この年下婚約者と過ごす時間が嬉しくないわけではない。
だがまるで囚人が脱獄しないかどうか見張る看守のような視線を向けられると、どうにも落ち着かないのだ。
さりげなくラズリスを撒こうとしたこともあったが、普段はガーネットの強い味方である侍女のサラでさえも、今回に関してはラズリスの味方に付いたのだ。
サラによってガーネットの行動はラズリスに筒抜けのようなのである。
こうなってしまっては仕方ない。ガーネットは早々と白旗を上げた。
――音楽会の会場ではラズリス殿下一人どころじゃない、大勢の視線に晒されるのよ。その練習だと思えば……。
じっとこちらを見つめるラズリスの視線を感じていたが、努めて気にしないようにガーネットはヴァイオリンを構え、弾き鳴らす。
――強い想いを旋律に乗せる、譜面を無視してみる……。
アドバイスを受けてからいろいろと試してはいるのだが、ガーネットは未だにこれぞという境地には達していない。
何度か弾いてみたがしっくり来ず、ガーネットはため息をついて一時休憩を取ることにした。
「はぁ……」
こんな状態で、イザベルに勝てるのだろうか。
例の閉じ込め事件の後、ガーネットはイザベルと顔を合わせてはいない。
近々様子を探りにはいくつもりだが、一体彼女はどうしているのだろうか。
少なくともガーネットの後に犠牲者は出ていない。少しは、イザベルの凶行に歯止めをかけられたと思いたいものだ。
「……調子はどうなんだ」
「もちろん、上々です……と言いたいところですが、あまり好ましい状態ではありませんね」
ガーネットは以前演奏家に聞いたアドバイスのことをラズリスに伝えてみた。
ガーネットの演奏は譜面をそのままなぞるという点ではよくできているが、それだけでは音楽において大事なものが足りない――と。
難しい顔をして聞いていたラズリスは、やがて困ったように笑った。
「……そうか。正直、僕には音楽のことはよくわからない。為になりそうなことが言えなくて済まないな」
立ち上がったラズリスが、ガーネットのすぐ傍へとやって来る。
そして、先ほどまでガーネットが弾いていたヴァイオリンへと視線を落とした。
「弾いてみても?」
「えぇ、どうぞ」
そう言えば、ガーネットはラズリスが曲を奏でているところは聞いたことがない。
あらゆる分野で才能を発揮するラズリスだ。もしや、奏楽においても天才的な才能を――。
そんなことを考えたガーネットの期待は、ものの2秒ほどで打ち砕かれた。
ラズリスが奏でるヴァイオリンからは、まるで爪でガラスをひっかいたかのように酷い音が出たのだ。
「……ラズリス殿下にも、苦手な分野は存在するんですね」
「当たり前だろ、君は僕を何だと思ってるんだ。音楽に関しては弾くのも聞くのもお手上げだ。先ほどの君の演奏も、何が悪かったのか僕にはさっぱりわからない」
ばつが悪そうにそう呟くラズリスに、ガーネットはくすりと笑う。
それでも天才肌のラズリスだ。
何度か弓を引くうちに、だんだんと美しい音が奏でられていく。
それに、幼さを残しながらも美しく成長しつつあるラズリスがヴァイオリンを奏でる姿は、まるでこのまま切り取って残したいほど絵になる光景だった。
――今度、画家に肖像画を描いてもらおうかしら。そうしたら、私の部屋にも一枚飾って……。
そんなことを考えた時、聞こえてきた音にガーネットは思わず目を見開いた。
視線の先では、ラズリスがヴァイオリンを弾いている。
「ま、待ってください……!」
「どうかしたのか?」
「今、音が同時に二つ鳴って……」
通常ヴァイオリンの演奏では、同時に一つの音しか鳴らすことはできない。
だがラズリスは、二つの音を同時に鳴らしてみせたのだ。
「いや……ここをこうして……」
――確かに、角度によって二つの弦を同時に押さえて弾けば、二つの音が鳴る……!
まるで、目から鱗が落ちるようだった。
あまり奏楽に馴染みがなかったラズリスだからこそ思いついた、型破りな演奏方法だ。
「わ、わたくしにもやらせてはいただけませんか……!?」
「もともとは君のだろう。ほら」
震える手でラズリスからヴァイオリンを受け取ったガーネットは、さっそく先ほどラズリスがやってみせたように弾いてみる。
重なる二つの音を同時に奏で、和音を作り出す……決して、譜面には乗っていない新しい奏法だ。
――でも、これをうまく活かして弾くことが出来れば……。
間違いなく、観客に大きなインパクトを与えることができるだろう。
ずっと頭の中を覆っていた霧が晴れたようだった。
ガーネットは勢いよく顔を上げ、ラズリスに呼びかける。
「ラズリス殿下!」
「なっ、何だ!?」
「やっぱり殿下は素晴らしい御方ですわ。わたくしは、あなたのような方の婚約者になれて幸せですわ」
嬉しさのあまり、ガーネットはついラズリスに抱き着いていた。
「!!?!?」
いきなり抱き着かれて驚いたのか、ラズリスはびくりと体を跳ねさせた。
だがガーネットを突き放すような真似はせず、そっと抱きしめ返してくれる。
「その、よくわからないが……君の役に立てたようならよかった」
不器用にかけられた言葉が嬉しくて、ガーネットはぎゅっと目の前の婚約者に抱き着くのをやめられなかった。




