32 ガーネット、反省する
馬鹿な真似……?
ラズリスの言葉の意味がわからず、ガーネットはぱちくりと目を瞬かせた。
そんなガーネットを睨みながら、なおもラズリスは続ける。
「君は僕の婚約者なんだろう」
「はい、その通りですが……」
「だったらもう絶対に、こんな風に危険に飛び込むような真似はやめろ。僕が許さない」
澄んだ瑠璃色の瞳が、じっとこちらを睨んでいる。
ガーネットはいつにないラズリスの雰囲気に、不覚ながらも気圧されかけてしまった。
「ですが、時には危険を冒さねば成果が得られないことも――」
「ならばその方法は間違っている。他の道を取れ」
ガーネットの真正面でソファに腰掛けたラズリスが、苛立ちを抑えるように足を組みなおす。
いつの間にか随分と足の長さが伸びたものだと、ガーネットはまるで現実逃避のようにどうでもいいことを考えてしまった。
「君は音楽会でイザベルを打ち倒すんだろう? 君の身に何かあって音楽会に出られないような事態になれば、それこそイザベルの思う壺だ」
「それでも――」
「君は自分の能力を過信しすぎている。今回は運よく大事にはならなかったものの、こんな調子じゃ次はない。エリアーヌ妃がその気になれば、もっと残忍な方法を使ってくることも考えられる。そうなれば――」
「ですが、わたくしは」
話しの途中で相手の言葉を遮るなどマナー違反だ。
だがそうわかっていても、ガーネットは言わずにはいられなかった。
「わたくしはこれ以上、イザベルの計略によって誰かが傷つくのを見たくないのです」
イザベルを野放しにすれば、彼女は音楽会の出場者を蹴落とそうとするのをやめはしない。
ファリネ伯爵令嬢のように、傷つく者が増えていくだけだ。
――ラズリス殿下になら、おわかりいただけると思ったのに……。
ラズリスだって、いたずらに誰かが傷つくのを黙って見ていられるような人間ではないはずなのに。
なのに、どうして……。
ラズリスの顔を直視できず、ガーネットはらしくもなく俯いた。
すると、傍らに控えていたサラがそっと声を掛けてくる。
「お嬢様、お嬢様が皆さまが傷つくところを見たくないのと同じように……ラズリス殿下や差し出がましながら私も、フレジエ侯爵家の方々も……お嬢様が傷つくところなんて見たくはないのですよ」
優しくそう諭され、ガーネットははっとした。
思わずラズリスに視線を遣ると、彼はどこかばつが悪そうな表情をしていた。
「殿下、その、わたくしは……」
「いや、僕の方も言い方が悪かった。何も、君の想いを否定したいわけじゃない」
ため息をついたラズリスが、くしゃりと前髪をかき上げる。
「ただ、いくら何でもあそこまで無防備に危険に突っ込むような真似はやめてくれ。君が消えたと聞いた時……心臓が止まるかと思った」
苦し気な表情でそう呟くラズリスに、ガーネットの胸は締め付けられる。
――殿下は幼い頃にお母様を亡くされている……。それなのに、私は……。
ラズリスはガーネットに対して、きっと母親や姉に対するような思慕を抱いている。
今回ガーネットがとった行動は、そんな彼のトラウマを抉るような行為だったのかもしれない。
「殿下……」
ガーネットは思わず立ち上がり、ラズリスの隣へと腰を下ろす。
そして、そっと腕を伸ばし彼を抱きしめた。
「……不安にさせてしまいましたね。深く、お詫び申し上げます」
ラズリスは抵抗しなかった。
いつものように「子ども扱いするな!」と怒ることもない。
きっと彼はそれだけ、ガーネットが消えたことで不安になっていたのだろう。
「……これ以上犠牲者を出したくないという、君の気持ちもわかる。でも……せめて、何かやる時は事前に相談してくれ」
「はい、必ず」
イザベルの企みを打ち砕き、これ以上犠牲者を出さないという心がけはもちろん大事だ。
だが、それよりも……今は目の前の婚約者の心に寄り添いたい。
ガーネットでは力不足かもしれないが、母として、姉として。
傷ついた小さな王子様を癒したい。
よしよし、とラズリスの背中を撫でながら、ガーネットはそう思わずにはいられなかった。




