31 ラズリス、静かに怒る
「すぐに湯あみと身支度の準備を。それと、暖かい飲み物を用意してくれ」
「かしこまりました」
離宮へと戻り、てきぱきと指示を出すラズリスを、ガーネットはどこかぼんやりしながら眺めていた。
ラズリスに手を引かれるようにして応接間のソファに腰掛けると、彼はまじまじとこちらへ視線を向け、ガーネットの状態を確認しているようだった。
今の自分の姿を思い出して、ガーネットは恥ずかしくなって顔を隠すように俯く。
「あの……みっともない姿なので、あまり見ないでいただけると助かるのですが……」
「そんなこと言ってる場合か。……怪我は?」
「いいえ、ございません」
そう答えると、ラズリスはほっとしたように息を吐いた。
「何があったのかは……落ち着いた後で聞く。差し迫ってやるべきことは?」
「私の侍女のサラへ連絡を取っていただけますか? きっと、私がいなくなって心配しているはずでしょうから」
「彼女なら血相変えてここに飛び込んできた。もう君が見つかったと伝達を送っている。早ければもうこちらへと向かっているはずだ」
「ありがとうございます、ラズリス殿下」
離宮の使用人が温かい紅茶を淹れてくれたので、ガーネットはそっと震える手で口へと運ぶ。
こくりと嚥下すると、やっと体に熱が戻ってきたような気がした。
「……殿下は、わたくしを探してくださったのですか?」
何となくそう問いかけると、何故かラズリスは怒ったように眉を吊り上げた。
「君はっ……いきなり消えて、僕が何もしないとでも思ったのか!?」
「いえ、そういうわけではないのですが……」
きっとナルシスだったら、ガーネットの捜索は部下に任せ、自分は悠々と城内で過ごしていたことだろう。
そう思うと、ラズリスが自ら探しに来てくれたことが、たまらなく嬉しく感じてしまう。
自然と、ガーネットの表情は緩んでいた。
その様子を見て、ラズリスがじとりとした視線を向けてくる。
「……何にやにやしてるんだ」
「いいえ、殿下の太陽のごとくわたくしを照らすお優しい心に、感激していたところですの」
「まったく……でも、思ったよりも平気そうだな。…………よかった」
そう言って、ラズリスも表情を緩める。
どうやら思った以上に、心配をかけていたようだ。
――少し、軽率なことをしてしまったかもしれないわ……。
その時初めて、ガーネットは少しだけ自らの行いを後悔した。
◇◇◇
湯あみと身支度を済ませ、再び応接間へ向かう。
応接間の扉が開いた途端、泣きはらした顔のサラが足元に縋り付いてきた。
「あぁ、お嬢様! よくぞご無事で……。お嬢様の身に何かあったら、私は死んでも死に切れません!」
「ごめんなさい、サラ。心配をかけてしまったわね」
屈みこんで抱き寄せると、サラはわんわんと子どものように泣き出してしまった。
よしよし、と背中を撫でていると、呆れたようにため息をついたラズリスが近づいてくる。
「じゃあ、そろそろ白状してもらおうか。君が消えている間、いったい何があったのか」
じっとこちらを見つめるラズリスに、ガーネットはそっと頷いた。
「……ということがありまして、隠し通路を出たところでちょうどラズリス殿下と合流することができましたの。そうして今に至ります」
ガーネットが一通りいきさつを説明すると、ラズリスは大きくため息をついた。
「君は、君の考えは…………本っっっ当に理解不能だな!」
「あら、そうでしょうか?」
「何でわざわざ罠だってわかってるところに突っ込んでいくんだ! 今回はたいしたことがなかったからよかったものの、どんな目に遭ってたかわからないんだぞ!?」
「時には危険を覚悟で踏み込まねば、成果が得られないこともございます」
ガーネットがしれっとそう言うと、ラズリスは呆れたような、怒ったような視線をこちらへと向ける。
「あのメイドがわたくしの元へ来てくれれば、さらなる情報が得られるでしょう。そうでなくとも、イザベルはわたくしが閉じ込められた部屋から脱出したことに気が付いたはずです。心穏やかではいられないでしょう」
これで、ガーネットがイザベルの罠をかいくぐったという事実が出来た。
イザベルはきっと、ガーネットはどこまで情報を握っているか、いつ自分の悪事が露見するかと気が気でないはずだ。
「機を見てイザベルへ揺さぶりをかけます。少しは牽制になるとよいのですが……。他には――」
「ガーネット」
言葉を遮るように名を呼ばれ、ガーネットはぱちくりと瞬きしてラズリスを見返す。
彼は、いつになく真剣な表情でこちらを見つめていた。
「過ぎてしまったことは仕方がないが、念のために言っておく。……二度と、こんな馬鹿な真似をするのはやめろ」




