30 ラズリス、婚約者を捜索する
「……次からは、できるだけ隠し通路は通りたくないわ」
この作戦は少し無謀だったのかもしれない。
這うように狭い隠し通路を進みながら、ガーネットは今の自分の姿を思いげんなりしてしまった。
緊急脱出用の通路は、それこそきらびやかな表とは違い、最低限のシンプルな作りだ。
長い間使われていなかったようで埃っぽく、身を屈めたり壁に体をこすりつけるようにして進まなければならない場所もある。
きっと、ドレスも髪も汚れてしまっているだろう。
こんな姿を大勢の前に晒すわけにはいかない。
外に出ることが出来たら、すぐにサラと合流して屋敷に戻らなければ。
そう決意して、ガーネットは狭く冷たい通路を進んでいく。
――……寒い。
どこからか隙間風が入り込んでいるようで、ガーネットは凍えるような寒さにぶるりと身震いした。
指先がかじかむ。早く脱出しなければ、それこそ音楽会に支障をきたしてしまいそうだ。
やがて、通路の先に小さな扉が姿を現した。
ガーネットがかじかむ指先でそっと扉を開くと、途端に冷たい風が吹き込んでくる。
――外に、出たのね……!
おそるおそる外へとはい出ると、頭上には星が瞬いていた。
やっと外に出れたのだとほっとすると同時に、ガーネットは素早く周囲を確認した。
――ここは、どこなのかしら……。
どうやらこの扉は、庭木の影に隠されて見えないようになっているようだ。
ぱっと見ただけでは、ここがどこだがわからない。
――とにかく誰か人を探して……でも、こんなみすぼらしい姿を見られたら一生の恥だわ……!
自分を抱きしめるようにして丸くなり、ガーネットは考え込む。
すると、遠くから幾人もの声が聞こえてくる。
「フレジエ侯爵令嬢! いらっしゃいませんか!?」
――私を探してる……?
隠し通路を出るまでに、随分と時間がかかってしまった。
ガーネットが消えたことに気づけば、すぐにサラが周囲に知らせ、捜索を開始するはずだ。
すぐに出ていこうかとも思ったが、ガーネットははっと思い直し身を縮こませた。
――待って、あれが私の味方とは限らないわ。イザベルの配下の可能性もあるんだもの……。
慎重に、見極めなければ。
だがその時、聞きなれた声がガーネットの耳に入る。
「少しでも手がかりを見つけたらすぐに知らせろ。何としてでも――」
「ラズリス殿下?」
聞こえてきたのは、間違いなくラズリスの声だった。
思わず身を隠していた茂みから顔を出すと、思ったよりも近くにラズリスの姿が見える。
「……ガーネット?」
驚いたように目を見開いたラズリスが、すぐにこちらへ駆けてくる。
次の瞬間、ガーネットは力いっぱい彼に抱きしめられていた。
「っの馬鹿! 今までどこに行ってたんだ!」
「いえ、その……これには深い理由がございまして――」
ガーネットが慌てて弁解すると、少し体を離したラズリスがガーネットの姿を見て息を飲む。
それほどまでに、今の自分は酷い恰好なのだろうか。
ガーネットはこんな格好で婚約者の前に姿を現してしまったことが、猛烈に恥ずかしくなってしまった。
「お見苦しい姿を御見せして、誠に申し訳――」
「そんなことはどうでもいい」
えっ? と思ったのもつかの間、ラズリスは自身が着ていた上着を脱ぐと、ばさりとガーネットの頭上から被せたのだ。
まるで、ガーネットの姿を他者の視線から隠すように。
「こんなに冷えて……一度、離宮に戻るぞ」
「…………はい」
有無を言わせぬ言い方に、ガーネットは自然と頷いていた。
そのままラズリスに肩を抱かれるようにして、ガーネットは再び歩き出す。
――ラズリス殿下……また、少し大きくなられたのかしら。
肩に回される力強い腕に、ガーネットは存外どきりとしてしまう。
冷え切っていた体が、少しずつ熱を取り戻していくようだった。




