29 ガーネット、罠をかいくぐる
メイドはときおり後ろを歩くガーネットの様子を確認しながら、城内を進んでいく。
ガーネットは背筋を伸ばして、その後に続いた。
思った通り、彼女は何かと理由をつけて遠回りしながら、だんだんと人気の無い方へと進んでいく。
ガーネットを目的の場所へ誘おうとしているのだろう。
……この辺りが潮時だろう。
自分たち以外には誰もいない、あまり使われることのない廊下の一角にて。
ガーネットはぴたりと足を止める。
「失礼、通用口の方向はこちらではありませんわ」
ガーネットがそう声をかけると、メイドの体がびくりと跳ねた。
「いえ、大丈夫です……侯爵令嬢。私が、きちんとご案内を――」
「あら、あなた随分と顔色が悪いわ。よく見せてもらえるかしら」
そう口にしてガーネットはメイドの顔を覗き込み、彼女にしか聞こえないように小声で囁いた。
「あなたの目的はわかっています」
「!?」
「命令されているのでしょう? 大丈夫、怯えないで」
もしかしたら、今も誰かに見張られているのかもしれない。
だったら、ガーネットがここから連れ出してやらなければ。
「少しだけ協力してくれれば、私があなたを守ります」
メイドは泣きそうな顔で、こちらを見つめている。
イザベルへ心酔している駒……ではないようだ。
これは好都合、付け入る隙がありそうだ。
「教えて、あなたが指示された内容を」
彼女の体調を確かめるふりをしながら、ガーネットは根気強く囁いた。
「ごめんなさい、ごめんなさい侯爵令嬢……」
「いいのよ、あなたはあなたの指示を遂行すればいい。その前に、少し私に教えてくれればいいの」
この様子を見る限り、強引に上に脅されて、無理やり従わされているのだろう。
だったら、やり方次第ではこちらの味方につけさせるのも可能だ。
「侯爵令嬢を、このあたりの空き部屋に閉じ込めるようにと……」
なるほど、それでサラと分断されたわけか。
ただ閉じ込めるだけなのか、それとも閉じ込めた後に痛めつけるつもりなのかはわからないが、勝算はある。
「分かったわ。あなたが言われた通りにして」
「えっ?」
「その代わり、閉じ込める部屋は私が指定した場所にしてほしいの。そうね……あの曲がり角を過ぎた3つ目の部屋……鷲の意匠が彫られた扉の部屋よ」
「ですが……」
「私なら大丈夫。奴らの監視が外れたら、これを持って侯爵家を訪ねて」
そっと自身の手首からブレスレットを抜き取り、メイドに握らせる。
このブレスレットは特注品だ。
これを持っていれば、侯爵家に門前払いされることもないだろう。
「遠慮はせずに、思いっきり私を突き飛ばして。演技だと分からないように」
そう言い含め、ガーネットはメイドから体を離す。
「もう大丈夫そうね、さあ先を急ぎましょう」
わざと大きな声でそう言って、ガーネットはメイドを促し歩みを再開させる。
彼女がガーネットの思うように動いてくれるかは賭けだった。
そして、指定した部屋の前にさしかかった途端――。
「っ!」
事前に伝えた通り、メイドがいきなりガーネットの腕を掴むと、部屋の扉を開け中へと突き飛ばしたのだ。
「何をするの!? 開けて!」
迫真の演技で扉を叩くガーネットの目の前で、ガチャリと鍵のかかる音がした。
どうやら、作戦の第一段階はうまくいったらしい。
「開けて! 開けなさい! こんなのひどいわ……」
わざと心細そうな声を出して、ガーネットは扉から離れた。
無防備なお嬢様が、ショックで動けなくなっているように思われればよいのだが。
――私をここに閉じ込めて、朝まで放っておけば……自動的に衰弱するという寸法かしら。
季節は真冬。おまけにガーネットはドレスに申し訳程度の防寒具を羽織っているだけだ。
これで朝まで放っておかれては、体を壊さずにはいられないだろう。最悪、凍えて死んでしまう。
もちろん、音楽会などに出られるわけがない。
……なんて、やつらの思い通りになってやるつもりなどないのだが。
「燭台が置いてあるのは……ここね」
未来の妃候補として、ガーネットは王宮内の多くの部屋を、そこに備え付けられた備品についても把握していた。
燭台を灯すと、ぼんやりと部屋が照らされる。
壁に掛けられた風景画……これこそが、ガーネットが閉じ込められるのにこの部屋を選んだ最大の理由だ。
「よいしょ……と」
苦心しながら風景画を外し、その向こうの壁を観察する。
一見ただの壁だが、ガーネットはそこが隠し扉になっているのを知っていた。
この城内には、いざという時に王族が脱出できるようにいくつもの隠し通路が存在するのだ。
「確かここの辺りに……あったわ」
かつて妃教育の一環として教えられた通りに、仕掛けを作動させる。
想定通りに隠し扉が開いたので、ガーネットは早々と閉じ込められた部屋から脱出したのだった。




