26 ガーネット、音楽の可能性を模索する
それからもガーネットは、イザベルの妨害工作に細心の注意を払いつつ、音楽会に向けての練習を重ねていた。
今日は王宮に著名な演奏家が訪れているというので、わずかな時間だけでもと、教えを請いに来たのだ。
「……なるほど、さすがはフレジエ侯爵令嬢。見事な腕前ですね!」
「お褒めにあずかり光栄ですわ」
「侯爵令嬢の演奏技術には問題ないでしょう。十分、優勝も狙える腕前でいらっしゃいます。ですが……」
そこで演奏家はいったん言葉を切った。
ガーネットは穏やかな笑みを浮かべたまま、こっそりと息を飲む。
「『あまりにも正確に譜面をなぞりすぎている』……ような印象を受けたのも事実です」
「正確に譜面をなぞりすぎている……ですか」
「はい、フレジエ侯爵令嬢。音楽とは芸術の一種。芸術とは人の心を動かすものです。曲を奏でる者の想いが、魂が、旋律に現れ聴衆の心を動かすのです」
その言葉に、ガーネットはきゅっと指先を握り締めた。
確かにガーネットにとっての演奏は、譜面を正確になぞることを最も重要視していた。
音程、強弱……最適化された譜面通りに、曲を奏でる。今までずっとそうしてきたのだ。
――私の奏でる曲には、強い想いが感じられないのね……。
「……何か、コツはございますでしょうか」
おそるおそるそう尋ねると、演奏家はふむ、と顎に手を当てる。
「喜び、怒り、悲しみ、愛情……何でもいいのです。強い想いを旋律に乗せるのです。例えば……セレナーデのように、恋い慕う相手のことを想って奏でてみてはどうでしょうか」
「恋い慕う相手……ですか」
「他には……あえて譜面を無視して弾いてみるのも一つの方法でしょうね。今までは気づけなかった新たな面に気づけるかもしれません。優勝を狙うのならば観客の心を掴むために、強い印象を与えることも必須です」
その他にもいくつかアドバイスを受け、ガーネットは丁寧に礼を言って、次の予定があるという演奏家を見送った。
「難しいわね……」
イザベル陣営の暴走を阻止するためにも、ガーネットは何としてでもイザベルよりも上位の入賞……できれば優勝を狙わなければならない。
だが先ほどのアドバイスを聞く限り、ガーネットの演奏には大事な何かが欠けているのかもしれない。
――強い印象を与え、観客の心を掴む……か。
きっと、譜面通りに演奏するだけでは駄目なのだろう。
強い印象を与える……観客が、あっと驚くような――。
「そうだわ、前に読んだ本に面白いことが書いてあったの」
部屋の隅に控える侍女のサラにそう言うと、彼女はぱちくりと目を瞬かせた。
「面白いこと、ですか?」
「えぇ、なんでも世界の音楽家の中には、演奏が終わった後に自分の楽器を破壊する方たちがいらっしゃるのですって」
「破壊!?」
「そうよ。私も演奏が終わった後に、バイオリンを派手に破壊してみてはどうかしら。きっと皆驚くわ」
「そりゃあ驚きますよ! でも……それはちょっと音楽のジャンルが違うのでは」
「そうかしら?」
「はい、その方法は少々審査員や聴衆の方々には刺激が強すぎますね。下手したら失格のうえ以降の音楽会に出禁になちゃいますよ!」
「そう……いい方法だと思ったのだけれど」
しかし、愛用する楽器を破壊するとなると心も痛む。新しい楽器を買うとなると懐も痛む。
やはり、この方法はやめておいた方がよさそうだ。
「あえて譜面を無視する……ともおっしゃっていたわね」
ガーネットはバイオリンを手に取り、少し強弱を変えたりと普段とは違う弾き方をしてみた。
なるほど、確かにこれは新鮮な気分を味わえる。
あと少しで、何かが掴めそうな――。
その時、ノックもなしに突然部屋の扉が開いた。
反射的にそちらを振り返ったガーネットは、その向こうの人物を見て硬直した。
「……驚いたな。今のは君が弾いていたのか?」
そこにいたのは、ガーネットの元婚約者――第一王子ナルシスだったのだ。




