21 ガーネット、売られた喧嘩を買う
煌々としたシャンデリアの明かりに照らされて、色とりどりのドレスが翻る。
貴族たちの社交場にして戦場――舞踏会。
宮中にて開かれた舞踏会に、ガーネットはラズリスをパートナーとして参加していた。
そして今、ガーネットは非常に厄介な展開に直面していた。
「ラズリス、ガーネット、君たちの話は聞いている。噂通り仲睦まじそうじゃないか」
「えぇ殿下。まるで姉弟のように仲がよろしくていらっしゃるようですね、うふふ」
元婚約者である第一王子ナルシスと、彼の現婚約者である子爵令嬢イザベル。
その二人に、何故かガーネットとラズリスは真正面から絡まれているのだった。
――……いったい何なのかしら。
いつものように穏やかな笑みを浮かべながら、ガーネットは内心でげんなりしてしまった。
今までも、ナルシスやイザベルと公の場で顔を合わせる機会がなかったわけではない。
だがこのように、衆人環視の中真正面から絡まれるのは初めてのことだったのである。
「……兄上とシュセット子爵令嬢も、お変わりがないようで」
平坦な声でそう挨拶を述べるラズリスに、ナルシスは余裕の笑みを浮かべる。
その瞳に浮かぶ嘲りの色に、ガーネットは思わず身構えた。
「ラズリス! 相変わらずお前は成長しないな! イザベルの言うとおり、ガーネットと並ぶとまるで姉と弟のようじゃないか!」
「殿下、そんなことおっしゃってはラズリス殿下に失礼でしょう?」
……なるほど、どうやら自分たちは攻撃されているらしい。
今までは良くも悪くも、存在自体をほとんど無視されているような状態だった。
だが、何が契機になったのかはわからないが、ナルシスとイザベルはこちらを攻撃する作戦に切り替えたようだ。
――そういうことなら、こちらも応戦して差し上げなければ。
喧嘩上等。売られた喧嘩は買ってやるのが礼儀なのだから。
小さく息を吸うと、ガーネットは渾身の淑女の笑みを浮かべて見せた。
「ナルシス殿下、イザベル様、実はラズリス殿下は日々すくすくと成長していらっしゃいますわ。最近は皆さまにお会いするたびに、殿下の成長を口にされますもの」
言外に「お前たちの目は節穴だ」と滲ませて、ガーネットは微笑む。
さすがに嫌味は通じたのか、その途端ナルシスは不快そうに眉を寄せ、イザベルの笑みは引きつった。
「どうせただの社交辞令だろう。そんな誤差程度の成長をいちいち指摘するほど、俺は暇じゃないんだ」
「塵も積もれば山になると言いますでしょう? わたくし、毎日殿下の成長記録をつけておりますの。今までに得られた情報から推察するに……あと2年もすれば、殿下の身長はこのくらいにまで伸びるはずですわ」
「このくらい」と頭上に手を掲げ、ガーネットは誇らしげにそう言って見せる。
ガーネットのしなやかな手が指し示す高さは、現在のナルシスの背丈の上だ。
もちろんすべてでたらめだが、ナルシスを怯ませる効果はあったようだ。
「……戯言を。まぁいい、二人とも、良い夜を」
ナルシスは不快そうな表情を隠そうともせず、くるりとガーネットたちに背を向けて去っていく。
その後ろを、慌ててイザベルが追いかけていく。
二人の姿が人ごみに紛れてしまうと、ガーネットはほっと安堵に胸をなでおろした。
「…………ふぅ、疲れますね」
「いったい何だったんだ……?」
そう呟くラズリスの表情は硬い。
やはり彼も、ライバルとなる兄とその婚約者の前では緊張するのだろう。
「わかりませんが、わたくしたちを貶めるように方向転換し始めたのかもしれませんね。殿下、くれぐれも気を抜くようなことが無いようにお願い申し上げます」
小声でそう囁くと、ラズリスは小さく頷いた。
そして、少し逡巡した様子を見せた後……そっとガーネットに問いかけてくる。
「ちなみに、僕の身長があそこまで伸びるというのは本当なのか?」
「口からの出まかせですわ」
「なっ!?」
「あぁ、どうしましょう。もしも殿下があそこまで成長しなかった場合は、わたくしはこんな大勢の人の前で嘘をついたことになってしまいます。あぁどうしましょう……」
「……つまり、嘘を本当にするためにもっと食べろと言いたいのか」
「えぇ、その通りです。ラズリス殿下は察しが良くて助かりますわ」
にっこりと微笑むと、ラズリスが呆れたようにため息をつく。
……どうやら、少しは緊張をほぐせたようだ。
――私が、守らなければ……。
ラズリスを表舞台へと連れ出したのは他でもないガーネット自身なのだ。
だから、ガーネットには彼を守る義務がある。
「ラズリス殿下、御機嫌よう」
「こちらにいらしていたのですね!」
近頃は、社交界でもラズリスに声を掛ける者が増えてきた。
ラズリスと共に彼らに応対しながら、ガーネットはぼんやりと先ほど会ったナルシスのことを考えていた。
彼はラズリスの異母兄になる。
それなのに……。
――性格は、全然違うのね。年月で言えば、私はラズリス殿下よりもナルシス殿下の婚約者でいた期間の方が長かった。それなのに……あまり親しみが湧かないわ。
ナルシスに婚約破棄され、ガーネットは誇りを傷つけられ、屈辱を味わった。
だが、今考えると……あのままナルシスの形だけの妻となるよりも、今の方がよほど幸福だとしか思えない。
――だから、私は絶対にラズリス殿下を守らなければ。
あらためてそう決意し、ガーネットはそっとラズリスに寄り添うのだった。




