5 婚約者篭絡計画、開始
人は見た目が9割――という言葉がある。それが真実なのかはさておき、見た目のイメージというのは侮れないものなのだ。
将来ラズリスが王位争奪戦に名乗りを上げた時に、あまり小柄だとそれだけで舐められてしまう上に、貴族たちの支持も得づらくなってしまうだろう。
――それに……いつまでも私の方が背が高いと、格好がつかないわ。殿下もへそを曲げて、もっと小柄な女性を求める可能性だって高くなってしまうかもしれないし……。
ガーネットはそれほど長身ではないが、ただでさえ4歳という年齢の差があるのだ。
現在のラズリスの身長は、ガーネットの肩ほどの高さしかない。
今のガーネットとラズリスが隣に並んでも、多くの者はこの二人が婚約者同士だとは思わないだろう。
――その為には、ちゃんと食事を召し上がっていただかなくては。
ぶつくさ文句を言うラズリスを食堂の席に座らせ、ガーネットは穏やかに微笑んで見せた。
――でもいつか、立派に成長すれば……。
ラズリスの顔立ちは幼いながらも整っている。きちんと成長すれば、誰もが振り返るような美青年へと変わるだろう。
……きちんと成長さえ、してくれれば。
「さぁ、大地の恵みに感謝して朝食を頂きましょう」
ラズリスの席には、とうてい一人では食べきれないほどの様々な朝食が並べられている。
彼の食の好みがわからなかったので、離宮のシェフに命じて多くのメニューを作らせたのだ。
――それにしても、ここのシェフですらラズリス殿下の好みを把握してないなんて……。それでたびたび食事を抜いてしまうようなら、職務怠慢ではないかしら。
どうやら彼はとんでもない偏食で、料理を作ってもほとんど食べないことが多いそうだ。
ここに勤めるシェフですら、彼の好きな料理を知らないという。
とにかく栄養価の高い食事を取らせなければ……と、ガーネットは朝早くから張り切ったのだ。
ラズリスはテーブルいっぱいに並べられた皿を目にして、明らかにうげっと顔をしかめた。
「……こんなに食べられるわけがない」
「もちろん、すべてを平らげろと言うつもりはございません。ですが、朝食を抜くなど言語道断です。一日の計は早朝にありとも言いますし、きちんと必要な栄養は摂取しなければなりません」
ガーネットがそう説くと、ラズリスは大きくため息をつく。
「……構わなくていいって、この前言ったじゃないか」
「もちろん存じております。ですが、私は私の意思でラズリス殿下にお会いしたくてここに来たのです」
そう告げると、ラズリスは驚いたように目を見開いた。
数秒ガーネットを見つめた後、彼はぱっと気まずそうに視線を逸らす。
だがすぐに、ガーネットの視線に負けたのか……彼はばつが悪そうに視線を彷徨わせた後、仕方ないといった様子でフォークを手に取った。
サラダをほんの少しと、パンを数欠片だけ。
それが、山ほど皿を並べた中でラズリスが食べた朝食だった。
「もっと召し上がったらどうでしょう」と言いたいのをぐっと我慢して、まずガーネットはラズリスを褒めることにした。
「さすがはラズリス殿下。ちゃんと朝食を食べてえら~い」
「……僕を馬鹿にしているのか?」
「いいえ、殿下の雄姿に感嘆しているだけですわ」
――「お嬢様、殿方をその気にさせるにはとにかく褒めて褒めて褒めまくるのが有効なようです! ラズリス殿下が何かを成し遂げた時は、『〇〇できてえら~い!』と褒め称えましょう!」
サラと共に読んだ恋愛指南書の記述を思い出し、ガーネットはラズリスを褒め称えてみた。
だがラズリスは、ガーネットの言葉を聞くとぷい、とそっぽを向いてしまう。
「……はぁ、もう用は済んだだろ。君もさっさと帰って――」
「いいえ、まだまだ足りませんわ。もっと婚約者としてラズリス殿下と共に時間を過ごしたいのです」
「は?」
「そうですね……まずはお庭を一緒に散策しましょう。殿下、案内していただけますか?」
「僕は部屋に戻る。誰でも好きな使用人を連れて行ってくれ」
「そうと決まれば早速参りましょう」
「話を聞け! 君は暇なのか!?」
――「共に時間を過ごすことで愛情が深まるようです。特にロマンチックな場所へ一緒に行けば気分が盛り上がること間違いなし! あの離宮の傍だと……綺麗な庭園がありましたね!」
庭園の散策は軽い運動にもなる。
ロマンチックな場所で共に時間を過ごし愛を深めながら、体力作りにもなりまさに一石二鳥。
ガーネットは上機嫌で、渋るラズリスを離宮の外へと連れ出すのだった。