18 偽物の愛と本当の幸せ
「こんにちは、ガーネット嬢」
ラズリスとフィリップの勝負から一夜。
いつものようにラズリスの離宮へ向かっている途中に、ガーネットはフィリップに遭遇した。
彼はまるでガーネットの行く手を塞ぐように立ちはだかっている。
……軽くかわすことは難しいだろう。
観念して、ガーネットはにこりと微笑みかけた。
「御機嫌よう、フィリップ様」
◇◇◇
「話したいことがある」というフィリップに誘われ、ガーネットは彼と二人で庭園を散策していた。
「まったく、昨日は完敗でしたよ! 軽くいなして差し上げるつもりだったのに、まさか負けるとは思いませんでした。友人にも散々かっこわるいとからかわれる始末で――」
意外なことに、フィリップはガーネットが予想していたよりも落ち込んでいないようだった。
さすがはあらゆる分野に秀でた貴公子。自身のメンタルケアに関しても一流のようだ。
「……ガーネット嬢。一つ、お伝えしたいことがございます」
急に真面目な声色になったフィリップに、ガーネットは彼の方へと向き直る。
フィリップはまっすぐにガーネットを見つめて、口を開いた。
「俺は……あなたのことをお慕いしておりました。ラズリス殿下に勝利した暁には、正直にこの愛を伝えようと思っていたのです」
「……えっ?」
「正直なところ、俺はラズリス殿下を舐めてました。彼と婚約を続けることであなたは不幸になる。そんなあなたを俺が救って差し上げたい……そんな、傲慢な思いを抱いていたんです」
「…………そうなのですか」
「……ガーネット嬢? その、驚かないんですね……?」
恐る恐ると言った様子で問いかけてくるフィリップに、ガーネットは穏やかに微笑んで見せた。
「そうですね。驚くというよりも……わたくし、今、猛烈に怒っておりますの」
「え?」
「怒 っ て お り ま す の」
優しい笑みを浮かべながらも、ガーネットは怒りのオーラを発していた。
そのオーラを感じ取ったのか、フィリップの表情が強張る。
「ラズリス殿下と婚約を続けることでわたくしが不幸になる? いったいどうして、皆そのように勘違いをなさるのでしょう。わたくしはフィリップ様にお救いしていただく必要などございません。わたくしは、自分の意志でラズリス殿下と共に歩む道を選びましたので」
目をそらさずにフィリップを見据え、ガーネットは堂々とそう言い放った。
確かに最初は、ナルシスから命じられた罰ゲームのような婚約だった。
だが今もガーネットが彼の傍に居るのは、ガーネット自身の意志なのだ。
ラズリスはガーネットが見込んだ王の器。
彼の隣で歩むことこそが、今のガーネットにとってなによりの幸せだというのに。
「わたくしはラズリス殿下の婚約者。未来の夫を貶めるような発言は、妻として許容できません。……それに、あなたのわたくしへの想いは、果たして『本当の愛』なのでしょうか」
そう問いかけると、フィリップははっとしたような顔をした。
その表情に、ガーネットはやはりそうなのだと得心がいく。
「あなたはラズリス殿下を下に見ていて、殿下からわたくしを奪うことによって優越感を得ようとした。……違いますか?」
「……完敗です、ガーネット嬢。さすがは淑女の中の淑女と名高い御方だ」
そう言って笑うフィリップは、どこか晴れ晴れとした顔をしていた。
やはり、ガーネットに愛を囁くのもゲーム感覚だったのだろう。
だから、フィリップに必要以上に近づかれ、スキンシップを取られても、ガーネットが本気でどきどきしたりすることがなかったのだ。
彼の態度は情熱的なようで、いつもどこか冷めていたのだから。
「はぁ、もうちょっとで落とせると思ったんですけどねー。決して俺になびかないあなたは他のどんな女性よりも魅力的だ」
「……差し出がましいようですが、その捻じれた性格は直した方がよろしいかと」
「ははっ、これは手厳しい! ……いいですよ、気に入りました。あなたも、ラズリス殿下もね」
茶目っ気たっぷりに片目を瞑り、フィリップは何故か嬉しそうに告げる。
「俺を負かしたラズリス殿下に、俺になびかなかったガーネット嬢。あなた方には、必要であればいつでもお力添えをさせていただきましょう。あっ、もちろん浮気相手が必要であればいつでも呼んで――」
「ガーネット!」
ガーネットの手を握りながらフィリップがそう言いかけた途端、第三者の声が割って入ってくる。
「ラズリス殿下!?」
見れば、何故か焦ったような表情のラズリスがこちらへと駆けてくるところだった。
その光景を見てフィリップはにやりと笑う。
かと思うとガーネットを抱き寄せ、耳元でそっと囁いた。
「最後に俺から一つアドバイスを。ラズリス殿下はもう立派な一人の男ですよ」
それだけ言うと、フィリップは軽く手を振って去っていった。




