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16 ガーネット、婚約者の勝利を願う

 あっという間に、ラズリスとフィリップの模擬試合の日がやって来てしまった。


「殿下、こちらのハンカチをお持ちください。必ずや殿下の勝利に貢献するはずです」


 ガーネットはそっと、刺繍を施したハンカチを差し出す。

 溢れ出る熱意を籠めたために思ったよりも時間がかかってしまい、何とか徹夜で仕上げた一品だ。

 女神が人々を導き、戦を勝利へと導く様を描いた力作なのである。


「なんていうか……もはや絵画レベルだな。君はこちらの道でも生きていけるんじゃないか?」

「殿下、これも淑女の嗜みなのです」

「嗜みの領域を超えてるような気がするんだが……まぁいい。有難く使わせてもらう」


 ラズリスがハンカチを懐に仕舞いこんだのを確認して、ガーネットは頷く。

 これで準備は完了だ。できることはやった。あとは、勝利の女神がラズリスに微笑むのを祈るばかり。

 ラズリスもいよいよ出発するかと思いきや……何故か彼は、ちらちらとガーネットの方を伺っている。


「殿下、何かございましたか?」

「いや、その……」

「あぁ、用を足すのならば、わたくしのことはお気になさらずに行ってらっしゃいませ」

「そうじゃない!」


 てっきり試合前のトイレタイムかと思いきや、そうではないようだ。

 ラズリスは一歩ガーネットに近づくと、ぽそりと呟いた。


「何か……君の身につけている物をくれないか」


 その言葉に、ガーネットはピンと来た。


 ――これは……騎士の願掛けね!


 古来の騎士は、戦いに赴く前に愛を捧げる女性の身に着けている物を貰い、勝利を捧げると誓う慣習があったそうだ。

 今では半ば失われかけている風習だが、博識なラズリスはどこかからその知識を得たのだろう。


 ――きっと私を選んだのに深い理由はないのでしょうけど……嬉しいわ。


 昔の騎士のように愛を捧げる相手だと、うぬぼれるつもりは無い。

 だがラズリスは、大事な場で贈り物を貰う相手に、ガーネットを選んでくれたのだ。

 これは、きちんと応えなければならないだろう。


 ――えっと確か、こういった時の贈り物にはリボンが最適だと本で読んだけど……はっ!


 髪に手をやると、硬質な髪飾りの感触が。

 慌ててドレスを確認したが、今日に限ってうまく外せそうなリボンがない。


 ――まずい……このままではリボンが渡せないわ。


 ガーネットはこうなることを予知できなかった自身の浅慮を悔いた。

 この事態を予測していれば、ラズリスに渡すためのリボンを用意できたものを。

 だが、今は後悔ばかりしている時間はない。

 ラズリスの申し出を無駄になどできるはずがない。

 フレジエ家の娘として、何としてでもこの状況を乗り切らなければ。


 ――何か、殿下にお渡しできそうなものは……。


 そう考えた時、一つ思い浮かぶ案があった。


「殿下、少々お待ちいただけますか。すぐに済ませますので」

「わ、わかった……」


 ガーネットは侍女たちを引き連れて別室へ向かい、数分後……無事にラズリスへ自らのリボンを手渡すことに成功したのであった。



 ◇◇◇



 ラズリスと共に試合会場に赴くと、そこには既に人が集まっていた。


「思ったよりも……人がたくさんいらっしゃいますね」

「大方フィリップの奴が触れ回ったんだろう。まったく……余計なことしかしないな」


 フィリップが宣伝して回ったのか、立ち合いを依頼したもののほかに、若い貴族たちが集まっている。

 人の輪に囲まれて談笑していたフィリップが、ガーネットとラズリスへ気づいた途端に駆け寄ってくる。


「お待ちしておりました、ラズリス殿下、ガーネット嬢」

「……こいつらは君が呼んだんだろう。随分と大仰だな」

「是非我々の雄姿を多くの者に見ていただきたかったもので」


 言葉尻は丁寧だが、ラズリスとフィリップの間にはピリピリとした空気が漂っている。

 まぁ、これから剣を交える二人なので、おかしなことではないのだが。


「ガーネット嬢も、よくご覧になってください。……勝利の女神と共に歩むのにふさわしいのが、いったいどちらなのかをね」


 自然な動きでガーネットの手を取ったフィリップが、唇を落とそうとする。

 だが寸前で、彼の手はラズリスによって叩き落されていた。


「……他に婚約者のいる女性に、許しも得ずに触れるのはマナー違反だ」


 押し殺したような声でそう言うラズリスに、フィリップは意味深な笑みを向けた。


「おっと、これは失礼。そうでしたね。……今は、まだ」


 フィリップの言葉に、ラズリスが軽く舌打ちしたのが分かった。

 よくわからないままに彼らのやり取りを見守っていたガーネットは、これ以上空気が悪化する前に……と二人を急かす。


「お二人とも、皆さまがお待ちです。そろそろ準備を始めなくては」

「ご心配ありがとうございます、ガーネット嬢。是非俺の雄姿を目に焼き付けてください」


 嫌味なほど爽やかに手を振って、フィリップはラズリスに先んじて歩みを進めていく。


「……ガーネット。絶対に勝つから、見ていて欲しい」


 フィリップに比べると飾らない実直な言葉で。

 それでも真剣に、ラズリスはガーネットを見つめてそう告げた。

 そんな彼に微笑み、ガーネットはそっと囁く。


「えぇ、ご武運を、ラズリス殿下。わたくしは殿下の勝利をお待ちしております」


 いよいよ、模擬試合が始まる。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ラズリスとガーネットのやり取りが尊い。 [一言] なんなんですかこの甘酸っぱさは!? 私もやりたい……。けど相手がいない…(涙)
[良い点] 更新キターーーーー!!!!! ありがとうございます…!ありがとうございます…!!! [一言] 殿下頑張ってーーー!!!!
[気になる点] ガーネット!そこは深読みして!! [一言] ガーネットのリボン一体どこから? ドレスのリボンとかドレスの1部を切ってリボンにしたのだったらラズリスがすぐ気がつきそうだけど ラズリスが気…
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