13 ラズリス、勝負に出る
ラズリスにとって、ガーネットは自分を苦境から救い出してくれた光そのものだ。
生来の性格もあり、素直に想いを伝えるのは難しいが……彼女と一緒に居られる時間は楽しい。
最近では今までよりも彼女のことを女性として強く意識してしまい、特に体が密着するダンスなどでは平常心でいられず避けてしまっているが……ラズリスは誰よりも彼女のことを大切に想い、幸福を願っている。
そんなガーネットは平気な振りをしているが、第一王子ナルシスに婚約を破棄され、深く傷ついているのをラズリスは知っている。
もしも、ガーネットがラズリス以外の相手を選び、幸せになれるというのなら……。
ラズリスは心に深い傷を抱えながらも、ガーネットの選択を祝福するだろう。
だが、それはあくまで相手がラズリスも認めざるを得ない「まともな人間」だった場合だ。
ガーネットはおそらく彼女自身が思うよりも鈍感で、警戒心が薄い傾向がある。
だから、下手につつかれて傷つけられるようなことは我慢がならない。
目の前のフィリップは、残念ながらラズリスの目から見て、ガーネットを任せるに足りる「まともな人間」だとは思えなかった。
彼に振り回されて、ナルシスの時のようにガーネットが傷つけられて終わる可能性すらある。
だから、「はいそうですか」とガーネットの手を離すわけにはいかないのである。
冷たくフィリップを睨みつけると、彼は動じた様子もなくやれやれと肩をすくめた。
「さすがに一筋縄ではいきませんね。氷が解け始めた淑女を守る小さなナイト様は」
「黙れ、その不愉快な物言いをやめろ」
ガーネットに「小さい」とからかわれる時とは違う、不快感がこみ上げる。
反射的に眉をひそめると、フィリップは愉快そうにくつくつと笑う。
「ラズリス殿下、俺は王位継承順位ではあなたには及びませんが、強固な後ろ盾を持っています。容姿も、頭脳も、実力も人よりも優れていると自負しています」
「……だから何だ」
「ガーネット嬢には、あなたよりも俺の方がふさわしい」
不遜にも、フィリップはそう告げた。
ラズリスは黙って唇を噛む。
世が世なら、現国王の嫡子たるラズリスにこの物言い。その場で処刑になっていてもおかしくはない。
だが、フィリップはわかっているのだ。
ラズリスはれっきとした王族でありながら、その立場は並みの貴族よりもよほど低いのだと。
後ろ盾といえるのはガーネットの生家である、フレジエ侯爵家のみ。
そのフレジエ侯爵家といえども、ブランシール公爵家よりも地位は下だ。公爵家の嫡子たるフィリップに罰を下すようなことはできない。
何よりラズリスは、惨めにガーネットに泣きつくつもりは毛頭なかった。
周りから見下されるのには慣れている。
このくらい、昔を思えばなんということはない。
「それで、何が望みなんだ。言っておくが、お前が何を言おうと僕の方から婚約解消を申し出るつもりは無い」
動じることなく視線を返したラズリスに、フィリップは愉快そうに口角を上げる。
「噂以上に肝の据わった御方ですね、ラズリス殿下。いいでしょう、ここは男らしく、意中のレディをかけて勝負といきませんか」
フィリップの提案に、ラズリスはすっと目を細める。
ここで断れば、フィリップはラズリスが怖気づいたと思い、ますますガーネットを手中に収めようと大胆な行動に出ることだろう。
それは避けなければ。
……誰も頼ることはできない。
フィリップの言う勝負とやらで、ラズリスが一人で彼を打ち負かし、ラズリスの存在を認めさせガーネットを諦めさせなければ。
「……いいだろう、勝負の方法は」
「古来より騎士たちは、麗しの乙女を奪い合い剣を振るったそうです。我々も、それに倣ってはみませんか?」
フィリップは余裕の笑みを浮かべている。
何事もそつなくこなす彼のことだ。剣の腕にも自信があり、ラズリスなど脅威だとも思ってはいないのだろう。
……本当に、腹が立つ。
「わかった。ただ……ガーネットには、この勝負の真の目的は黙っていて欲しい」
「何故です?」
「ガーネットなら、必ず止めようとするだろうから」
そう口にすると、フィリップはにやりと口元に笑みを浮かべる。
「いいでしょう。それでは、楽しみにしていますよ、ラズリス殿下」
フィリップは余裕の笑みを浮かべて、ラズリスに背を向け去っていく。
その姿を見送り、ラズリスは小さく息をつく。
……これは、少し策を練った方がいいだろう。
ラズリスが負ければ、ガーネットがあの軽薄男の手に堕ちてしまうかもしれない。
その光景を想像し、ラズリスは奥歯を噛みしめた。




