4 ツンデレ王子の攻略法
「おはようございます、ラズリス殿下。ご機嫌はいかがですか?」
数日後――懲りずに朝からやって来たガーネットを見て、ラズリスは苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
「……何でまた来たんだ」
「わたくしはラズリス殿下の婚約者ですもの。お傍にいるのは当然かと」
「知らない、帰ってくれ」
「朝食のご用意が出来ております。食堂へどうぞ」
「……いらない」
「殿下は少々小柄ですので、きちんと召し上がっていただかなくては……」
「余計なお世話だ!」
ラズリスはガーネットを追いかえそうとしたが、ガーネットも必死に踏ん張った。
これは練り直した作戦の第一段階なのである。ここでつまずくわけにはいかないのだ。
――「ドキッと来るシチュエーションのひとつ……『朝起こしに来る幼馴染』です! お嬢様は幼馴染ではなく婚約者ですが、まぁ流用可能でしょう。『おはよう、朝ご飯出来てるよ♡』でどんな殿方もイチコロです!」
恋愛ものに詳しいサラに言わせると、親しい間柄の女性が朝から起こしに来てくれることで男性ぐっとくるようなのだ。
ラズリスの様子を見る限りそこまで効果があるとは実感できないが……ここで退くわけにはいかない。
ガーネットとラズリスの不毛なにらみ合いが続き……先に折れたのはラズリスの方だった。
「わかった、食堂に行けばいいんだろ行けば!」
ずんずんと大股で歩く婚約者の姿にほっと胸をなでおろし、ガーネットは彼の後を追う。
ガーネットは何としてでもラズリスに接近し、彼を玉座にふさわしい立派な王子へと育て上げなければならないのである。
そして、妃として彼を隣で支え続けるのだ。
だがいい感じに育ったところで、イザベルのような者にそそのかされ道を誤らないとも限らない。
……元婚約者、ナルシスがそうであったように。
今度こそは、そんな可能性を潰すために……ガーネットはラズリスを篭絡しようと決めたのである。
浮気など思いつかないほどに、ガーネットに夢中になってもらわなければならない。
しかし幼い頃からナルシスと婚約していたガーネットは、色恋沙汰に関してはまったくの初心者だ。
まずは恋愛のいろはについて学ばねばならない。
ガーネットが新しいことを学ぶときはまず関連する本を読み漁り、知識を頭に叩き込むことから始まる。
王太子妃として必要な教養も色恋沙汰も、その点においては変わらないだろうと、同じように学ぶことにしたのだ。
顔を合わせて早々に追い払われた日に、ガーネットは侍女のサラと街に出て、恋愛関連の本を大量に大人買いした。
そして研究を重ね、小さな婚約者をメロメロにするための様々な策を練ったのだ。
――「ラズリス殿下はきっとツンデレタイプです!」ってサラが言ってたわね。ツンデレの攻略法はとにかく押して押して押すことって本にもあったし、少し拒絶されたくらいで諦めるわけにはいかないわ。
そして篭絡するだけでなく、彼の教育の方も進めていかなければならない。
まずは……もっと身体的に成長してもらわねば。
――目測でも平均身長より拳一つ分ほど小さいわ。もうすぐ成長期に差し掛かるころでしょうし、今からもっと食べて背を伸ばしていかないと……。
ずんずんと先に進んでいく婚約者の小さな後頭部を眺めながら、ガーネットは静かにこれからの計画を思い描いていた。