7 近づく距離、遠ざかる心
「そうそう……そこでターンです」
ダンスの教師である伯爵夫人の掛け声に合わせて、ガーネットとラズリスはステップを踏んでいく。
しかし、些細な違和感が拭えない。
――なんていうか……遠い、ような……。
ダンスのパートナーであるのに、以前より物理的に距離を取られているような気がするのだ。
動きもぎこちなく、ガーネットの背に回されたラズリスの手さえも、どこか心もとなさを感じてしまう。
「ラズリス殿下、集中してくださいませ」
至近距離でそう声を掛けると、ラズリスはどこか気まずそうに目をそらしてしまう。
その反応に、またもやガーネットの心の中の不安が頭をもたげた。
――殿下は、私を遠ざけようとしていらっしゃるのかしら……。
そう思うとたまらなくなって、ガーネットはつい俯いてしまった。
すると、ぽつりとラズリスの呟きが耳に入る。
「いや、その……君の、背中が……」
「背中?」
何のことかわからず首をかしげると、ラズリスはちらちらとガーネットの方に視線を遣りながら、言いにくそうにぽつぽつと呟く。
「背中が、開きすぎていて……寒そうだなと、思って……」
普段の彼らしからぬ、はっきりしない物言いだが、やっとガーネットはラズリスの意図を察した。
――最近の流行りのデザインだって聞いて仕立てたのだけど……心配をかけてしまったようね。
今ガーネットが身に着けているのは、少々大胆に背中が開いたデザインのドレスだ。
ナルシスと婚約していた頃のガーネットだったら、「はしたない」と決して身につけなかったような代物なのである。
最初は身につけるのに抵抗があったが、頼れるアドバイザーである従姉妹のコレットに「もっと大人の色気を身に着けるべきよ!」と力説されて仕立ててしまったのである。
ラズリスがガーネットの背中に腕を回せば、自然とむき出しになった部分にも触れるようになる。
それで、気を遣わせてしまったのかもしれない。
「そうですね。レッスンでは多少なりとも汗をかきますし、体調を崩されては大変です。差し支えなければ、一枚上着を羽織られてはいかがでしょうか」
教師である伯爵夫人にもそう言われ、ガーネットは素直にその言葉に従った。
「お気を使わせてしまい申し訳ございません、ラズリス殿下」
「いや……別にいい」
侍女に運んできてもらった薄手のショールを羽織ると、ラズリスはあからさまにほっとしたような表情を浮かべた。
やはり、風邪を引くのではないかと心配をかけてしまったようだ。
――ふふ、ラズリス殿下に「大人の色気」は通用しないのね。身長は伸びてもまだまだ子どもっぽい所も残っているのかしら。
少し微笑ましい気分になりながら、ガーネットは再びラズリスの手を取った。
まだ少しぎこちなさは残っているが、先ほどよりはしっかりと、ラズリスもガーネットの背を支えてくれる。
「……心、平常心……」
「あら、何かおっしゃいました?」
「いや……なんでも、ない」
ラズリスは口の中でぶつぶつと何かを呟いている。
それを不思議に思いながら、ガーネットはレッスンを再開した。
やはり、ラズリスのリードは的確だ。
身長が抜かされた今では、足を踏むようなこともなく、スムーズに踊ることができる。
あと問題なのは……。
「殿下、表情が少し硬いです」
「そ、そんなことまでケチをつけるのか……!?」
「いいえ、殿下。これは重要なポイントですわ。ダンスとは大事な社交。仏頂面では効果が半減してしまいます」
――淑女たるもの、常に笑顔を忘れてはならない。
ガーネットは幼い頃から、そう躾けられてきた。
そのおかげで、私生活では「常に真顔で感情が分かりにくい」と称されるガーネットも、公の場では穏やかな淑女スマイルを取り繕うことができるようになったのである。
ナルシスや彼の取り巻きには「作り笑いが気に障る」「鉄仮面の女」などと馬鹿にされているが、意外と年配層には受けがいいのだ。
たとえ内心で何を考えていようとも、笑顔を忘れてはならない。
ガーネットはその大切さを、身に持って知っていた。
「殿下、わたくしを見てください。こうです」
こうなったら自分がお手本になろうと、ガーネットは真っすぐにラズリスを見つめて、穏やかな淑女の微笑みを浮かべて見せる。
ラズリスはぽかんとガーネットの顔を数秒見つめた後……いきなり視線を逸らしてしまう。
「ラズリス殿下?」
「き、今日はこの辺にしないか!? 少し疲れた」
「そうですね。では本日のレッスンはここまでといたしましょう。ラズリス殿下、ガーネット様のおっしゃるように、表情もダンスにおいて重要な要素の一つです。もう少し、リラックスをして笑顔を心がけましょう」
教師のアドバイスにおざなりに頷くと、ラズリスはくるりと背を向けてボールルームを出て行ってしまう。
去り際に見えた首元が少し赤く染まっていたのが気になるが……彼も風邪気味なのだろうか。
――笑顔の練習と、滋養に良いものを作ってもらうように頼もうかしら。
ぼんやりとそんなことを考えていたガーネットの元に、教師が近づいてくる。
「ふふ、ラズリス殿下も大人になりましたね。良い傾向です」
「そうでしょうか……。わたくし……少々殿下に距離を置かれ始めているのではないかと心配で……」
思わずそう吐露すると、伯爵夫人は優しく笑った。
「今は、そういう時期なのですわ、ガーネット様。ラズリス殿下はガーネット様のことを大切に思っていらっしゃいます。少し待てば、時間が解決してくれることでしょう」
そう言われると少し心が慰められる。
ガーネットは丁重に伯爵夫人に礼を述べた。




