5 ガーネット、婚約者の態度を不思議に思う
「ふふ、フィリップ様は面白い方ですのね」
所用があると言って立ち去ったフィリップを見送り、ガーネットとラズリスは離宮へと戻って来ていた。
ガーネットは名門公爵家の令息と繋がりができたことを喜んでいたが、何故かラズリスは不機嫌そうに黙り込んでいる。
「殿下、どうなさいました? お腹でも痛いのですか?」
「子ども扱いするな! そんなんじゃない……」
ラズリスは何故かばつが悪そうな表情をした後、ちらりとガーネットに視線を遣った。
「フィリップのことだが……」
「フィリップ様ですか?」
「君は、彼の態度に何も思わなかったのか?」
…………?
今日の出来事を思い返してみたが、特におかしなことはなかったはずだ。
ガーネットに思い当る節がないことに気が付いたのだろう、ラズリスは少し苛立ったように、トントンと指先でテーブルを叩いている。
「彼は、その……少し、君に対する距離感が近すぎるというか……」
「そうでしょうか。生来の性格では?」
「いや、そうじゃない。彼は、おそらく……」
何故か口ごもるラズリスを見て、ガーネットはやっとピンときた。
そうだ、ラズリスが言いたいのはきっとあの時のことだろう。
「わかりましたわ、殿下」
「っ! わかったのか!」
「えぇ、やはりラズリス殿下もこの小説を読むべきです」
「…………は?」
ガーネットが静かに差し出した本を見て、ラズリスは「何だこれは」とでも言いたげに顔をしかめた。
そんな彼に、ガーネットは丁寧に解説を付け加える。
「こちらの本の話題で私とフィリップ様が深く話し込んでいたので、きっとラズリス殿下は距離が近いと感じられたのでしょう。こちらの本は巷でも人気の作品であり、貴族の中にも愛好者がたくさんいらっしゃると考えられます。教養として、読んでおいて損はないかと」
「…………そうか。君が何もわかっていないことがわかった」
哲学的なラズリスの返事に、ガーネットは「違ったのかしら?」と首を傾げた。
本日のお茶会で、ガーネットは件の小説を読破済みだったフィリップと内容について語り合ったのだ。
できるだけラズリスにも話を振るようにはしていたが、彼としては疎外感を覚えていたのかもしれない。
――ラズリス殿下は恋愛小説を読まないのよね。私が内容をかいつまんでお伝えするべきかしら……。
ラズリスは読書好きだが、好みのジャンルは歴史、経済、地理、統計などの学術書であり、あまり小説は嗜まないようなのだ。
ラズリスが本を借りる書庫に、そういった本が少ないのもあるのだろうが。
特に恋愛小説などは何度か勧めたこともあるが、パラパラと数ページ読んだだけで「こんなものの何が面白いんだ」と突き返されてしまった。
――でも、今日のように話題に上ることもあるのだから、やはりラズリス殿下も目を通しておくにこしたことはないはずよ。
何とか彼を説得しようと、ガーネットは言葉を重ねる。
「ただ物語として飲み込むだけではなく、登場人物が何故こういった行動を取るのか、といった点から分析してみるのも面白いかもしれませんね。中には恋愛小説の内容を現実の恋愛に生かそうとする方もいらっしゃるようですし」
恋愛指南書を手本に四苦八苦している自分のことを思い出しながらそう告げると、ラズリスの肩がぴくりと跳ねた。
「……君は、この本を楽しめたのか」
「えぇ、深く感銘を受けましたわ」
「だーれだ♡」のように理解できない点も多々あったが、全体的な流れや伏線の張り方、庶民にもわかりやすい飾り立て過ぎない文章など、感銘を受ける点は多かった。
深く頷いて見せると、ラズリスがそっとガーネットが差し出した本に手を伸ばす。
「……わかった。しばらくこの本を借りる」
「まぁ、本当ですか? さすがはラズリス殿下、ちゃんと流行りの本を読んでえら~い」
ぱちぱちと手を叩いて賞賛すると、ラズリスは呆れたように笑った。
「君のその褒め方は、褒めているのか馬鹿にしているのかわかりにくいな」
「向上心を忘れないラズリス殿下を称賛しているのです。あっ、そうだわ。よろしければ私が寝物語として読み上げて差し上げますが――」
何気なくそう口にした途端、ラズリスは弾かれたように顔を上げた。
「寝物語!? 何を言っている!!? あまり僕を子ども扱いするのはやめろと言っているだろう!」
別に子ども扱いしたつもりは無かったのだが、怒りからか顔を真っ赤に染めたラズリスは足早に部屋を出て行ってしまった。
……きちんと本は手にしていたので、後は読んでくれることを祈ろう。
――読み聞かせをきっかけに、また膝枕ができればと思ったのだけれど……。
やはりラズリスは、以前よりもガーネットとの接触を避けているようだ。
少しだけ不安を感じながら、残されたガーネットは小さくため息をついた。
次回からは2~3日に一度の更新になる予定です!




