2 ガーネット、婚約者の成長に感服する
「次のご公務の予定は……来週ですね。先日の長雨で土砂崩れが起こった村への、見舞いと支援物資の輸送です」
「わかった。支援物資のリストを見せてくれるか?」
「はい、こちらに」
14歳を迎えたラズリスは、少しずつ王族としての公務もこなすようになっていた。
ナルシスは公務を選り好みし、目立たない地味な仕事を厭う傾向が強い。
ラズリスに回ってくるのは、そんな……ナルシスが嫌がった地味なものばかりだ。
だがラズリスは、文句の一つも言わずに地道に公務をこなしている。
その姿に、ガーネットはどこか感銘と誇らしさを感じていた。
――やはり、ラズリス殿下はこの国の民のことを思ってくださる御方なのだわ……。
まだまだ周囲から侮られることが多い彼だが、その心根は真っすぐだ。
それこそが王の器として最も重要な要素であると、ガーネットは確信していた。
「……先日、王宮書庫の本の一部を処分する為に抜き出しただろう。積み荷に余裕があれば、持っていきたい」
「処分予定の本を、ですか?」
「土砂崩れで家財を失った民も多いと聞く。処分目録を見る限り、絵本などの平民にも親しめそうな本もあった。多少の娯楽にはなるだろうし、不要になったら薪の代わりに燃やして暖を取ればいい」
何でもないことのようにそう告げるラズリスに、ガーネットは驚いてしまった。
――確かに回覧文書にはあったけど、処分目録の細かい部分にまで目を通しているなんて……。それに、私は娯楽品にまで考えが至らなかった。でも、ラズリス殿下は……。
そう考えた時、ガーネットははっと気が付いた。
――ラズリス殿下も、この離宮でずっと不自由な生活を強いられていたのだし……きっと、人一倍他者の苦しみを理解されているのね……。
ラズリスの隠された優しさに触れて、ガーネットは知らず知らずのうちに口元に笑みを浮かべていた。
そんなガーネットに、ラズリスはどこか気恥しそうに噛みついてくる。
「おい、なにニヤニヤしてるんだ……!」
「いえ、ラズリス殿下の小さなお体の半分は優しさでできているのではと思いまして……」
「小さいって言うな! もう君よりは大きいんだからな……!?」
拗ねたようにふてくされる喚く婚約者を眺めながら、ガーネットはつい頬を緩ませるのだった。
「殿下、そうカリカリなさらずに。そうだわ、膝枕はいかがでしょう?」
「くっ……子ども扱いするな!」
そう言うと、ラズリスはガーネットから視線を逸らしてしまった。
最近のラズリスは、以前よりもガーネットとの直接的な接触を避ける傾向が出始めた。
まさかイザベル2号の存在が!? ……とガーネットは静かに慌てたが、どうもその気配はない。
サラと二人で頭を捻り、何気なくベルナールに相談すると、微笑ましげに「ラズリス殿下も成長なさっているのでしょう」とはぐらかされてしまった。
――少し寂しい……なんて思うのは、おこがましいのかしら……。
彼のあたたかなぬくもりを懐かしく思いながら、ガーネットは静かに微笑んだ。
◇◇◇
ガーネットはラズリスを、いずれこの国の王として即位させるつもりである。
その為には、多くの人々の支持を集めなければならない。
ラズリスの地盤を固めるために、忘れてはならないのが人脈づくりだ。
今はまだ、国内貴族の多くが「次の王位継承者は第一王子のナルシスである」と信じており、彼の支持者が最も多い状況となっている。
だが、ナルシスの王としての素質に密かに疑問を持つ者も少なくない……と、ガーネットは睨んでいる。
未だに次期王位継承者に誰を支持しているのか、表にしない中立派――そんな者たちを、ガーネットとラズリスは支持基盤として取り込まなければならない。
その為には、多方面への人脈作りが何よりも大切となる。
夫の為に有力者と顔を繋いでおくのも、王侯貴族の妻としては大事な仕事だ。
ガーネットは今まで以上に、社交の場に顔を出すように精力的に動いていた。
「えっと、今のシーズンの流行色は……」
「ブルーアイリスね。アクセサリーでもドレスでもメイクでも、どこかに取り入れておかないと流行遅れ扱いされるわよ」
「むむむ……」
ナルシスの婚約者だった時に比べて、ガーネットの在り方は随分と変わった。
以前は王太子妃候補として、どちらかというと国の重鎮――年配の保守派の者に好印象を与えられるような、伝統と格式を重んじたスタイルや行動を心がけていた。
だが、今は違う。
変革を厭う保守派の多くは、第一王子であるナルシスを支持している状況にある。
その地盤を切り崩すために、まずは新興貴族や有力商人などを中心とした派閥を取り込む必要がある。
時代遅れな格好で乗り込んでは、相手にする価値もなしとただ笑われて終わるだけだろう。
その為ガーネットは、今までになく流行のスタイルや旬な話題などの研究に追われていた。
――難しいわ……。過去の歴史は変わることはないけど、流行はどんどん変わっていくんだもの……。
普段と変わらず取り澄ました顔で……だがわずかに眉を下げ頭を悩ませるガーネットに、傍らの少女がくすくすと笑う。
「もう、ガーネットは難しく考えすぎよ! でも驚いたわ。私が何度言っても聞かなかった石頭のあなたが、こんな風に変わるなんて!」
どこか愉快そうな、からかうような視線に、ガーネットは毅然とした表情を保ちながらも少し気恥しさを感じていた。
彼女はミュリエ伯爵家の令嬢コレット。
ガーネットの母方の従姉妹にあたる。
華やかな場を好み常に流行の最先端追う彼女は、いつも伝統を重んじるガーネットに「まだ若いんだからもっとお洒落しなきゃ!」と世話を焼いてきていた。
今まではそんな彼女を少々お節介にも思っていたが、今は頼みの綱の一人である。
コレットは情報通だ。有力者に近づくためには、相手の好みをリサーチしておく必要がある。
彼女のもたらす情報はガーネットにとってはなくてはならないものだった。
「今度ゼスト侯爵夫人のお茶会に出席するんでしょ? 夫人は最近巷で流行りのロマンス小説の愛読者だって話よ。読んでおけばいい話のタネになるわ」
他にもコレットから情報提供を受けながら、ガーネットは至極真面目に彼女の話をメモしていく。
そんなガーネットを見て、コレットはおかしそうに笑う。
「本当に変わったわね、ガーネット。うふふ、これもラズリス殿下の影響なのかしら?」
「……私はただ、ラズリス殿下の婚約者として、殿下に有利になるように動いているだけで――」
「はいはい、そういうことにしといてあげる。……ふふ、でもまさかあのガーネットがねぇ」
いたずらっぽく微笑むコレットに、ガーネットはまたしても気恥ずかしさが押し寄せ視線を逸らしてしまった。




