3 難攻不落の王子様
あの婚約破棄の夜から数日――今日はいよいよ、新たな婚約者となる第二王子ラズリスとの初の顔合わせだ。
ガーネットと侍女たちは、いつも以上に気合を入れてドレスアップに励んでいた。
「なんだか……落ち着かないわ」
少しそわそわしながら、ガーネットは鏡を覗きこむ。
豊かなチェリーブロンドの髪を軽くハーフアップにして、巷で流行のデザインの淡いクリーム色のドレスを身に纏う自分の姿は、どこか見慣れなかった。
普段のガーネットは、きっちりと伝統に則った――ある意味堅苦しいドレスを身に着けることが多い。
慣れないスタイルに、名前の通り柘榴石を溶かしたような紅の瞳は、どこか不安そうな色を宿している。
だが、そんなガーネットの心配とは裏腹に、侍女たちは口々に今のスタイルを褒めてくれる。
「とてもよくお似合いです、お嬢様!」
「ラズリス殿下はお若いですからね、こういった装いの方が好印象を与えられるかと」
「今までみたいな制限もありませんし、これからはもっと冒険しちゃいましょう!」
これまでのガーネットは第一王子の婚約者――未来の王妃候補として、年配の貴族たちにも好印象を与えられるように、古式ゆかしいスタイルを心がけていた。
だが新たな婚約者であるラズリス王子は、16歳のガーネットよりも4つも年下なのである。
時代錯誤だと思われるようなことは避けたいのだ。
――まずは、ラズリス殿下に近づかなければ何も始まらない。少しでも親しみを感じてもらえるようにしないと……。
「……ありがとう、行ってくるわ」
「頑張ってください、お嬢様!」
気を落ち着けるように息を吸い、ガーネットはいよいよ新たな婚約者の元へ向かった。
◇◇◇
「初めまして、ラズリス殿下。フレジエ侯爵家長女、ガーネットと申します」
優雅に挨拶を述べ、ガーネットはそっと目の前の第二王子を観察した。
亡くなった先代王妃の息子――第二王子ラズリス。
夜空のような色合いのアッシュブルーの髪に、澄んだ瑠璃色の瞳が印象的な、利発そうな少年だ。
確か年齢は12歳になるはずなのだが……。
――年齢の割には体が小さいわ。10歳くらいにしか見えない……。
病弱、との噂もあながち嘘ではないのだろうか。
第二王子ラズリスは年齢の割には小柄で、衣服の裾から見える手足も随分と細い。
ちゃんと食べているのか心配になってしまうほどだ。
まぁ、まだこれから成長の余地はあるから問題ないと、ガーネットは自分を納得させる。
――それに、この離宮もなんだか変ね……。
ラズリスの居住する小さな離宮は、本宮から随分と離れた場所に位置している。
初めてこの離宮に足を踏み入れて、ガーネットは驚いた。
ひっそりと隠れるようなこの建物自体から、あまり人が棲んでいる気配がしないのだ。
まるで不気味な場所に迷い込んでしまったような気がして、気が重くなるような気すらした。
そんな動揺を押し隠しつつ、ガーネット穏やかに微笑んで見せる。
「既にお聞きおよびのことと存じますが、わたくしがラズリス殿下の婚約者として――」
「あぁ、第一王子に婚約破棄されたんだって?」
そこで初めて、ラズリスは口を開いた。
だが、出てきたのはまるでガーネットを小馬鹿にするような言葉だった。
「君も災難だな。僕みたいなのを押し付けられて」
「いいえ、わたくしは――」
「どうせ婚約なんて形だけのものだろう。別に僕に構う必要はないし、もうここには来なくていい。他に恋人でも作ってもらっても問題ない。その時は君に咎がないように、僕の方から婚約を解消しよう」
一息でそう告げると、ラズリスは唖然とするガーネットから目を逸らした。
「……疲れた。僕はもう休む。君も帰るといい」
それだけ言うと、ラズリスは引き止める間もなく奥へと引っ込んでしまった。
――な、なんなの……?
しばらく呆然としていたガーネットだったが、次第に湧き上がって来たのは焦燥感だ。
――まさか、初対面からこんな風に拒絶されるなんて……。いえ、このままでは引けないわ。
どうやら自分は、第二王子を甘く見すぎていたようだ。
ここは一時撤退して、作戦を練り直さなければ。
穏やかな態度を取り繕い、ガーネットは優雅に離宮を後にする。
そしてしばらく歩いたのちに、ぴたりと足を止めた。
「お嬢様……?」
お付きの侍女のサラに声を掛けられて、ガーネットはくるりと振り返る。
「サラ、急で申し訳ないのだけど、これから街に出たいの」
「街、ですか?」
「えぇ、そうね……できるだけ大きな書店を見たいわ。参考資料が必要なの」
「参考資料……?」
首をかしげるサラに、ガーネットは小声で告げた。
「ラズリス殿下のような方の攻略法が載っている、本を探しに行くのよ」
大真面目にそう告げた主人に、サラは一瞬固まった。
「王子殿下の、攻略法ですか……!?」
「えぇ、昨日屋敷の書庫をまわってみたのだけれど、求めているような本はなかったわ。だから、街まで探しに行こうと思うのよ」
攻略法――もしやガーネットの求めているジャンルとは……恋愛関係の本なのだろうか。
そう閃いた侍女サラは、いつになく燃え上がった。
「お任せください、お嬢様! このサラが必ずやお嬢様の求める本を探して見せます!」
今まで恋愛事に興味を示したことなどなかったガーネットが、きっかけはどうあれ初めて年頃の少女らしい反応を見せたのだ。
選りすぐりの恋愛小説や恋愛指南書を紹介せねば!……と、いつになく浮き立つ気分でサラは大切な主人を案内するのだった。