表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/78

3 難攻不落の王子様

 あの婚約破棄の夜から数日――今日はいよいよ、新たな婚約者となる第二王子ラズリスとの初の顔合わせだ。

 ガーネットと侍女たちは、いつも以上に気合を入れてドレスアップに励んでいた。


「なんだか……落ち着かないわ」


 少しそわそわしながら、ガーネットは鏡を覗きこむ。

 豊かなチェリーブロンドの髪を軽くハーフアップにして、巷で流行のデザインの淡いクリーム色のドレスを身に纏う自分の姿は、どこか見慣れなかった。

 普段のガーネットは、きっちりと伝統に則った――ある意味堅苦しいドレスを身に着けることが多い。

 慣れないスタイルに、名前の通り柘榴石(ガーネット)を溶かしたような紅の瞳は、どこか不安そうな色を宿している。


 だが、そんなガーネットの心配とは裏腹に、侍女たちは口々に今のスタイルを褒めてくれる。


「とてもよくお似合いです、お嬢様!」

「ラズリス殿下はお若いですからね、こういった装いの方が好印象を与えられるかと」

「今までみたいな制限もありませんし、これからはもっと冒険しちゃいましょう!」


 これまでのガーネットは第一王子の婚約者――未来の王妃候補として、年配の貴族たちにも好印象を与えられるように、古式ゆかしいスタイルを心がけていた。

 だが新たな婚約者であるラズリス王子は、16歳のガーネットよりも4つも年下なのである。

 時代錯誤だと思われるようなことは避けたいのだ。


 ――まずは、ラズリス殿下に近づかなければ何も始まらない。少しでも親しみを感じてもらえるようにしないと……。


「……ありがとう、行ってくるわ」

「頑張ってください、お嬢様!」


 気を落ち着けるように息を吸い、ガーネットはいよいよ新たな婚約者の元へ向かった。



 ◇◇◇



「初めまして、ラズリス殿下。フレジエ侯爵家長女、ガーネットと申します」


 優雅に挨拶を述べ、ガーネットはそっと目の前の第二王子を観察した。

 亡くなった先代王妃の息子――第二王子ラズリス。

 夜空のような色合いのアッシュブルーの髪に、澄んだ瑠璃色の瞳が印象的な、利発そうな少年だ。

 確か年齢は12歳になるはずなのだが……。


 ――年齢の割には体が小さいわ。10歳くらいにしか見えない……。


 病弱、との噂もあながち嘘ではないのだろうか。

 第二王子ラズリスは年齢の割には小柄で、衣服の裾から見える手足も随分と細い。

 ちゃんと食べているのか心配になってしまうほどだ。

 まぁ、まだこれから成長の余地はあるから問題ないと、ガーネットは自分を納得させる。


 ――それに、この離宮もなんだか変ね……。


 ラズリスの居住する小さな離宮は、本宮から随分と離れた場所に位置している。

 初めてこの離宮に足を踏み入れて、ガーネットは驚いた。

 ひっそりと隠れるようなこの建物自体から、あまり人が棲んでいる気配がしないのだ。

 まるで不気味な場所に迷い込んでしまったような気がして、気が重くなるような気すらした。


 そんな動揺を押し隠しつつ、ガーネット穏やかに微笑んで見せる。


「既にお聞きおよびのことと存じますが、わたくしがラズリス殿下の婚約者として――」

「あぁ、第一王子に婚約破棄されたんだって?」


 そこで初めて、ラズリスは口を開いた。

 だが、出てきたのはまるでガーネットを小馬鹿にするような言葉だった。


「君も災難だな。僕みたいなのを押し付けられて」

「いいえ、わたくしは――」

「どうせ婚約なんて形だけのものだろう。別に僕に構う必要はないし、もうここには来なくていい。他に恋人でも作ってもらっても問題ない。その時は君に(とが)がないように、僕の方から婚約を解消しよう」


 一息でそう告げると、ラズリスは唖然とするガーネットから目を逸らした。


「……疲れた。僕はもう休む。君も帰るといい」


 それだけ言うと、ラズリスは引き止める間もなく奥へと引っ込んでしまった。


 ――な、なんなの……?


 しばらく呆然としていたガーネットだったが、次第に湧き上がって来たのは焦燥感だ。


 ――まさか、初対面からこんな風に拒絶されるなんて……。いえ、このままでは引けないわ。


 どうやら自分は、第二王子を甘く見すぎていたようだ。

 ここは一時撤退して、作戦を練り直さなければ。


 穏やかな態度を取り繕い、ガーネットは優雅に離宮を後にする。

 そしてしばらく歩いたのちに、ぴたりと足を止めた。


「お嬢様……?」


 お付きの侍女のサラに声を掛けられて、ガーネットはくるりと振り返る。


「サラ、急で申し訳ないのだけど、これから街に出たいの」

「街、ですか?」

「えぇ、そうね……できるだけ大きな書店を見たいわ。参考資料が必要なの」

「参考資料……?」


 首をかしげるサラに、ガーネットは小声で告げた。


「ラズリス殿下のような方の攻略法が載っている、本を探しに行くのよ」


 大真面目にそう告げた主人に、サラは一瞬固まった。


「王子殿下の、攻略法ですか……!?」

「えぇ、昨日屋敷の書庫をまわってみたのだけれど、求めているような本はなかったわ。だから、街まで探しに行こうと思うのよ」


 攻略法――もしやガーネットの求めているジャンルとは……恋愛関係の本なのだろうか。

 そう閃いた侍女サラは、いつになく燃え上がった。


「お任せください、お嬢様! このサラが必ずやお嬢様の求める本を探して見せます!」


 今まで恋愛事に興味を示したことなどなかったガーネットが、きっかけはどうあれ初めて年頃の少女らしい反応を見せたのだ。

 選りすぐりの恋愛小説や恋愛指南書を紹介せねば!……と、いつになく浮き立つ気分でサラは大切な主人を案内するのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] な、難攻不落!そう言われると逆に燃えてくるのは、私だけなんでしょうか。 攻略法……そう言ってガーネットが変な知識ばっかり覚えてしまうような気がするのですが……まあ、がんばれ!(雑な応援の仕方…
[良い点] わあ!ラズリス登場しましたね! 病弱な怜悧美少年って感じですが、なかなか気難しそう…! でも、気を許したらどんな風に変わるのか今から楽しみです。 ガーネットはどんな本に攻略法を見出すのでし…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ