番外編 ラズリス殿下、13歳の誕生日(4)
「…………は?」
ラズリスはぽかんとした表情で、ガーネットの方を見つめている。
そんなラズリスに微笑みかけ、ガーネットはそっと彼の手を取る。
そして、そっとドレスの腰元のリボンの端を握らせ、優しく囁いた。
「さぁ、あなたの手でこのリボンを解いてくださいな」
「…………どうしてそうなった!!?」
途端に真っ赤な顔で叫ぶラズリスに、ガーネットは「あれ?」と内心首を傾げた。
教本では「これで彼も大喜び間違いなし!」と太鼓判を押されていたのに、何故ラズリスはリボンを解かないのだろう。
――おかしいわ……。何か手順を間違えたのかしら……。
ガーネットは内心の焦りを表に出さないように微笑み続けながら、慌てて教本の内容を反芻する。
二人の記念日。二人っきりの時間。魅惑のリボンを身に着け「プレゼントは私」……。
――いいえ、すべて問題なく実践できたはずよ。だったら、多少強引にでも進めなくては……。
ここで躓いてしまっては、計画が台無しだ。
必ずや、ラズリスにとって最高の誕生日にしてみせると誓ったではないか……!
潔く、ガーネットは覚悟を決めた。
「ふふ、いけない御方。そうやってわたくしを焦らしているのでしょう?」
「何か変なモノでも食べたのか!? 正気に戻れ!」
真っ赤な顔であわあわするラズリスをよそに、ガーネットは見せつけるように自ら腰元のリボンを解いてみせた。
途端にドレスが緩み、ラズリスは悲鳴を上げた。
「わかった! わかったから落ち着け! 話は聞く!!」
必死に目を逸らすラズリスの抵抗をあざ笑うかのように、ガーネットはドレスを脱ぎ始める。
ラズリスがここまで必死に抵抗する理由は不明だが、ガーネットとてここで退くわけにはいかないのだ。
「殿下、お楽しみはここからですわ。二人で情熱的な夜を過ごしましょう」
「いやいや待て待て! 僕たちにはまだ早――!」
言葉の途中で、ガーネットは勢いよくドレスを脱ぎ去った。
その下に現れた光景に、ラズリスの視線は釘付けになる。
……しっかりとドレスの下に、フリフリのナイトウェアを着込んでいたガーネットの姿に。
「………………は?」
「さぁ殿下、今夜は寝かせませんわ! まずは何をしましょう。チェス? トランプ?」
「……ちょっと待て」
ウキウキと持参したチェスやトランプを持ち出すガーネットに、ラズリスは呆然と問いかける。
「……君の、プレゼントというのは?」
「先ほども申し上げた通り、プレゼントはわたくしです。ラズリス殿下が13歳の誕生日を迎えられる記念すべき今夜、わたくしの時間をすべてラズリス殿下に捧げますわ」
これこそが、ガーネットがラズリスの為に練りに練った完璧な作戦だった。
二人の記念日。二人っきりの時間。魅惑のリボンを身に着け「プレゼントは私」……。
こうすれば「二人で情熱的な最高の夜を過ごせること間違いなし!」と本にも書いてあった。
――「プレゼントは私」というのは、私と過ごす時間ということね。情熱的な……というからには、白熱するようなゲームを選択するべきかしら。わざわざ夜を指定するということは、日付が変わる瞬間に真っ先に祝うのが効果的ということね。
教本の内容を自分なりにそう解釈したガーネットは、こうしてラズリスと共に夜通し楽しくゲームをしにやって来たのだった。
だが喜ぶはずのラズリスは、何故か脱力したようにその場に崩れ落ちてしまった。
「殿下!? どうなさいました!!?」
「いや、安心したと言うかなんと言うか……。別に、期待なんてしてなかったからな!?」
何故か急に半ギレ状態のラズリスに、ガーネットは少し不安になってしまった。
……もしかしたら、自分は何か大事なことを間違えてしまったのだろうか。
「……ラズリス殿下、何か……お気に召しませんでしたでしょうか」
しゅんと気落ちしたガーネットに、今度はラズリスの方が慌ててしまう。
「別にっ……嫌だった、わけじゃない。ただ、君という人間の性質を再確認しただけだ」
「哲学的なお言葉、さすがはラズリス殿下ですわ」
「あぁ、受けて立とうじゃないか! チェスでもトランプでも、君に勝ちを譲るつもりは無いからな!」
「まぁ、なんて頼もしいお言葉なのでしょう。ふふ、それではチェスの勝負といきましょう」
嬉しそうにチェス盤を広げるガーネットに、ラズリスは「まぁこれも悪くないか……」と苦笑するのだった。




