番外編 ラズリス殿下、13歳の誕生日(3)
「今日はラズリス殿下の生誕前夜祭です。晩餐のメニューは殿下の好物ばかりを用意しましたの」
「生誕前夜祭って、大げさな……」
大げさだという割には、テーブルに並ぶ食事を見るラズリスは、満更でもない表情を浮かべている。
珍しく年相応な婚約者の表情に、ガーネットも知らず知らずのうちに頬を緩ませた。
ガーネットが根強く食生活の改善に働きかけた結果、ラズリスは少しずつ食事の楽しみを覚え始めているようだった。
草食動物のようなちまちまとした食事しかとってなかった彼も、今やステーキに舌鼓を打っているのだ。
――殿方はお肉が好きって本当だったのね。もっとたくさんたべて大きくなってもらわなければ……。
少しづつ成長している婚約者だが、背丈はまだまだガーネットには及ばない。
「たくさん召し上がってくださいね。よろしければわたくしの分もどうぞ」
「おい、僕はそこまで意地汚くはないぞ」
「ですが、小さな殿下が大きく育つにはまだまだ足りませんわ」
「小さいって言うな!」
もう慣れたやり取りを繰り返しながら、ガーネットはくすりと笑う。
最初はただ単に第一王子ナルシスを引きずり落とすために、彼を利用しようと思っていた。
だが今は、彼に対してまるで弟のような親しみを覚えている。
――私にも、母性本能があったのね……。
「氷の令嬢」「鉄仮面の女」などと影口を叩かれても、表ではガーネットは何も気にしていない振りをしていた。
だが心の奥底では、自分は冷血な人間なのかと少なからず悩んでいたのである。
ラズリスの存在は、そんなガーネットの長年の悩みを吹き飛ばしてくれるようだった。
彼の傍に居ると、暖かな感情が胸にあふれてくる。
「……食事中に何にやにやしてるんだ」
「いえ、殿下が子リスのようにお食事を小さな口に運ぶ姿は大変愛らしいと思いまして」
「リスっ……!? もう少し他の例えはなかったのか!?」
ぷりぷりと可愛らしく憤慨する小さな婚約者の様子に、ガーネットはデレデレと眦を緩ませるのだった。
◇◇◇
「……まだ帰らないのか?」
夕食を食べ終わり、食後のティータイムに興じていた時だった。
いつまでも侯爵邸へ帰る様子のないガーネットに、並んでソファに腰掛けていたラズリスは不思議そうに首をかしげる。
相手は婚約者といえど、ガーネットは未婚の淑女。軽率に殿方の邸に泊まるべきではないと強く教えられている。
ラズリスもそのことを知っているからこそ、ガーネットがいつまでも帰る気配がないのを不思議に思ったのだろう。
「ご安心ください。今夜はお父様に宿泊許可を貰ってきましたの」
「えっ?」
「だって、明日は記念すべきラズリス殿下の13歳の誕生日なんですもの。できれば、わたくしが真っ先に祝って差し上げたいのです」
「いや、でも……」
「ラズリス殿下」
戸惑うラズリスに、ガーネットはそっと彼の手を取った。
「ガーネット……?」
「殿下、わたくし……殿下の誕生日を最高の日にしたくて、色々と贈り物を考えましたの」
「いや、別に僕は何でも――」
「喜んでいただけるとよいのですが……ねぇ、ラズリス殿下」
そっとラズリスの手を握り、ガーネットは真正面から彼の顔を覗き込む。
少し顔を近づけると、驚いたようなラズリスの頬がさっと紅潮した。
「あの、ガーネット……さっきから近――」
「ラズリス殿下、殿下の13歳のプレゼントは……このわたくしです」
囁くようにガーネットがそう告げた途端、ラズリスは驚いたように目を見開き、ごくりと唾をのんだ。




