24 ラズリスの決意
「……疲れた、足が痛い」
「普段の運動不足がたたりましたね。やはりもっと筋肉をつけるべきですわ」
無事に舞踏会を終え、離宮へと戻ってきたラズリスはさっそくダウンしていた。
最近はガーネットと共に散歩をするようになったといっても、まだまだ体力面ではスタミナ不足のようだ。
ガーネットは早速、今後の特訓と食事のメニューを頭の中で組み立て始めた。
「今湯あみと寝所の準備を手配しました。もう少し持ちこたえてくださいませ」
「…………君は、平気そうだな」
「まぁ、慣れておりますから」
少しの優越感を込めてそう告げると、途端にラズリスは拗ねたように頬を膨らませた。
「殿下はまだお若いのですから、これからですわ」
「……もちろんだ。すぐに、君の身長だって体力だって追い抜いて見せる」
先ほどの舞踏会での堂々とした態度との違いに、ガーネットは思わずくすりと笑ってしまう。
「そういえば、殿下はブランシール家のフィリップ様のことをご存じだったのですか?」
「昔、見たことがあるだけだ。公爵家の人間の顔くらい、頭に入ってて当然だろ」
何でもないことのようにそう言ったラズリスに、ガーネットは驚いてしまった。
ナルシスはちっとも要人の顔と名前を覚えず、ガーネットは散々苦労したものだ。
だというのに、こちらの弟ときたら……ラズリスの思わぬ優秀さに、ガーネットは舌を巻いた。
まぁ、婚約者が優秀であれば言うことはない。特に、これからガーネットが歩んでいく道においては。
「それはそうと、殿下……今回の舞踏会で私の元へと来てくださったということは、私と共に戦うことを決めたと考えてもよろしいですか?」
そう問いかけると、ラズリスは一瞬動きを止めた。
だがすぐに顔を上げ、真っすぐにガーネットを見据えて告げる。
「あぁ、そう思ってもらって構わない。……どうせ君は、僕が行かなくても別の手を使ってエリアーヌ妃にたてつくつもりだったんだろう」
「えっ?」
「君の思う以上に、エリアーヌ妃は狡猾で厄介だ。それに、君は君が思う以上に危なっかしい。僕が傍で見ていてやった方が安全だと思ったまでだ!」
一息にそう告げて、ラズリスはぷい、とガーネットから顔をそむけた。
だがよくよく見ると、彼の柔らかそうな頬がわずかに赤らんでいる。
それに気づいて、ガーネットの胸はじんわりと暖かくなる。
――私のこと、心配してくださったのかしら……。
「ありがとうございます、殿下。では私たちは一蓮托生、死なばもろともというわけですね」
「嫌なことを言うな……まぁ、そうなんだろうけど」
「それでは、すぐにでも私の父に殿下の後見人になっていただきます」
「えっ?」
「この離宮の人事権も、我がフレジエ家のものになります。大規模な使用人の入れ替えを予定しておりますので、殿下が残したい方がいらっしゃいましたらリストアップをお願いいたします」
「急な話だな……」
「ふふ、だって……どこにネズミが潜んでいるかわからないんですもの」
声をひそめてそう告げると、ラズリスはすっと目を細めた。
「……本気で、第一王子や王妃と戦うつもりなのか」
「えぇ、もちろん。今更降りるなんておっしゃりませんよね?」
「君の決意が変わらないのなら。君一人残して、僕だけ逃げるなんて格好悪いだろ……」
どこか照れたようにそんなことを言うラズリスに、ガーネットは思わずきゅんとしてしまった。
――か、かわいい……前みたいに抱きしめたい……! いえ、酔ってもないのにそんなことをするのははしたないわ。いっそ、酔ったふりをしてみたら――。
などと逡巡しているうちに、ふと肩に重みを感じた。
見れば、ラズリスがガーネットの肩にもたれかかるようにして目を閉じているではないか。
「……殿下?」
おそるおそる呼びかけたが、返事はない。
それどころか、すぅすぅと穏やかな寝息が聞こえてくる始末。
その子供らしい姿に、ガーネットの頬はゆるゆると緩んでしまう。
――ふふ、大人びたことを言っていてもまだまだ子どもね。
……そんなあどけない子どもを、ガーネットは過酷な道へ引きずり込もうとしているのだ。
少しも胸が痛まないと言えば嘘になるが、今更引くつもりは無い。
「……母さま…………」
ふとそんな寝言が聞こえ、ガーネットはどきりとしてしまった。
ラズリスは目覚めたわけではなく、眠ったままガーネットの方へとすり寄ってくる。
その仕草が小さな子どものようで、ガーネットの胸は締め付けられる。
――きっとラズリス殿下は、もうずっとこんな風に甘えることなんてなかったんでしょうね……。
もしかすると、彼は自分よりも年上の女性であるガーネットのことを、母や姉のように思っているのかもしれない。
……本人に聞けば、怒りながら否定するだろうが。
あどけない寝顔を見ていると、胸がじんわりと熱くなる。
もしや、これが……。
――母性をくすぐられる……とでもいうべき感情なのかしら。
すやすやと眠る婚約者を眺めながら、ガーネットはそっと決意した。
――……大丈夫、私が守ります。
ラズリスは純真で優しい心を持つ少年だ。
これから社交界へと踏み出すことになれば、人々の悪意や欲望に触れることが多くなるだろう。
そんな時は、ガーネットが年長者としてしっかり手を引いてやらなければ。
「……いつか、私とあなたで玉座を奪い取って見せましょう」
そっと呟いて、ガーネットは眠る婚約者の頭を撫でた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
これにて12歳編は完結して、14歳編へと続きます。
14歳を迎えたラズリスと18歳のガーネット。二人の関係(と身長)の変化をお楽しみください!
14歳編を投稿するまでに少し時間が空くと思いますので、その間に12歳編の番外編を書こうと思います。
のんびりお待ちいただければ幸いです。
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