23 第二王子、到着する
王族らしく立派な礼装を纏ったラズリスは、心なしかいつもよりも大きく見えるような気がした。
公の場に姿を現すことのない、幽霊同然の第二王子。
そんな人物の突然の登場に、会場の者たちは皆呆気にとられたような顔をしてラズリスに視線を注いでいる。
だが、ラズリスは会場中から突き刺さる視線をものともせず、堂々とした足取りで会場を進んでいく。
そんな彼と、壁際に佇んでいたガーネットと視線が合う。
その途端、ラズリスは進路を変更して真っすぐにガーネットの方へとやって来たのだ。
「遅くなって済まなかった。久方ぶりなので支度に手間取ってしまってな」
ガーネットの前までやって来たラズリスは、何でもないことのようにそう言って笑った。
その途端、ガーネットの胸はじぃんと熱くなる。
――来て、くれた……。
あれだけ、エリアーヌ妃を恐れていたのに。
離宮から出ることもほとんどない彼が、こんな敵だらけの場所にやって来るのは、どれほど勇気がいることだろう。
それでも……彼は来てくれたのだ。きっと、ガーネットの為に。
「ブランシール公子。僕の婚約者、ガーネットの相手をしてくれたようで礼を言おう。今から二人で陛下に謁見したいので、ガーネットを連れて行っても?」
「は、はい……」
フィリップも突然現れたラズリスに驚き戸惑っているのか、さっと身を退いた。
そんな彼に軽く礼の言葉を述べると、ラズリスはガーネットの方へ手を差し出した。
「エスコートはお任せを。どうぞ、婚約者殿」
ガーネットは迷わず、彼の手を取った。
「はい、ラズリス殿下」
不思議なことにラズリスの手を取った途端……先ほどまでの不安が、悲しみが消えていく。
どこか満ち足りた気分で、ガーネットはそっとラズリスに寄り添った。
二人が共に進んでいくと、会場中から視線が突き刺さる、
だがガーネットは、先ほどまでとは打って変わってその視線を心地よく感じていた。
通り過ぎる際にちらりと目を遣ると、ナルシスと彼の隣にいるイザベルは揃って鳩が豆鉄砲を喰ったような顔をしていた。
その間抜けな表情に胸がすっとするのを感じながら、二人は国王と王妃――エリアーヌ妃の前へと進み出る。
ラズリスが堂々と挨拶の言葉を述べるのを、ガーネットは隣で誇らしい思いで聞いていた。
ふと、そんなガーネットと王妃エリアーヌの視線が合う。
彼女は優雅な微笑みを崩さないが、きっと腹の底ではこの状況に憤っていることだろう。
――ちょうどいいわ、これは……宣戦布告よ。
ラズリスが来てくれた以上、もう何も恐れることはない。
ガーネットはエリアーヌ妃へ向かって、不敵な笑みを浮かべて見せた。
その途端、微笑みを浮かべるエリアーヌ妃の眉が、ぴくりと動いたのをガーネットは見逃さない。
「そうか……そなたらの未来に、幸があらんことを」
ラズリスの挨拶を受けた国王は、しばし目を瞑った後……静かにそう告げた。
その言葉が心からものだったのか、ただ儀礼的にそう言っただけなのかはわからない。
だが、これでラズリスの存在を社交界に知らしめることができるだろう。
確かな手ごたえに、ガーネットは自然と口元に笑みを浮かべていた。
御前から退くと、ラズリスはガーネットの手を取ってとんでもないことを告げた。
「それでは婚約者殿……僕と踊っていただけますか」
「えっ!?」
まさか彼の方からそんなことを言い出すとは思わなかったので、ガーネットは驚いてしまう。
ラズリスはその反応が不満だったのか、むっと口をとがらせる。
「なんだ。僕が相手じゃ不満なのか?」
「いえ、そうではなく……ラズリス殿下は、何となくそういったものがお嫌いなイメージがあったので……」
小声でそう囁くと、ラズリスはくすりと笑う。
「好きではないが、必要性は理解している。……それに、君を放っておくとまたブランシール公子みたいな奴が寄ってこないとも限らないからな」
「フィリップ様が何か?」
後半がよく聞こえなかったので聞き返すと、ラズリスは照れたようにぷい、とそっぽを向いてしまった。
「……別に!」
その子供じみた仕草に、ガーネットの頬は自然と緩んでいた。
今日現れたラズリスはいつになく大人びた雰囲気を纏っているが、どうやら中身の方はガーネットのよく知るラズリスのままのようだ。
ガーネットはそっと身をかがめて、小さな婚約者の耳元に囁いた。
「喜んでお相手いたしますわ、殿下。しっかりとリードしてくださいね?」
「……あまり期待するなよ」
二人は手を取り合って、ダンスを踊る人々の輪に加わった。
元々ガーネットの方がラズリスよりも頭一つ分ほど背が高い。
どうしても不格好になってしまうのは避けられなかった。
「痛っ、今足踏んだだろ!」
「殿下だって私の足を蹴ってます!」
ラズリスとガーネットがこうして踊るのは初めてのことだった。
残念ながら婚約者同士、息がぴったり……とはいかなかった。
ガーネットはダンスに関しても、幼い頃からきっちりと仕込まれている。
だがラズリスのような体格の相手と踊るのは初めてで、どうにも調子が狂ってしまうのだ。
互いに足を踏んで、軽口を叩き合い……きっと周囲から見れば、さぞかし不格好なダンスに見えたことだろう。
だがガーネットは、いつになく心が浮き上がるのを感じていた。
自然と笑顔が浮かび、そんなガーネットに周囲の者たちも驚く。
「あれは……本当にフレジエ侯爵令嬢か?」
「あんなに楽しそうなガーネット様……初めて見ました」
「ラズリス王子も、年の割に堂々として立派な方じゃないか」
「ご病気がよくなったのなら、これからは公的な場にも出てこられるのかしら」
そんな囁きの中、第一王子に婚約破棄された侯爵令嬢と元・ひきこもりの第二王子は、確かに人々に存在感をアピールすることに成功したのだった。
次回で12歳編完結です!




