20 ガーネットの提案
「……何しに来た」
数日ぶりに相まみえた小さな婚約者は、開口一番にそう言って凄んできた。
だが、ガーネットは怯まない。
今日は彼に言いたいことがあって、「二度と来るな」と言われていた離宮へとやって来たのだ。
力づくで追い出されることも想定していた。だがラズリスは冷めた表情を崩さないが、こうしてガーネットと向かい合ってくれた。
……このチャンスを、無駄にしてはならない。
臆することなく真っすぐにラズリスを見据えると、ガーネットは口を開く。
「今日は、ラズリス殿下にお伝えしたいことがあって参りました」
「……手短に話せ。話したらすぐに出ていけ」
「そうやって、私を侮るのはやめていただきたいのです」
「…………は?」
虚を衝かれたように目を見開くラズリスに、ガーネットは堂々と告げる。
「ラズリス殿下、私はフレジエ侯爵家が長女、ガーネット・フレジエなのです」
「……知ってる」
「ですから……たとえ相手が王妃であろうとも、やすやすと潰されたりはしません」
そう告げた途端、ラズリスははっとしたように息を飲む。
その反応に、ガーネットは確かな手ごたえを感じていた。
――やっぱり、ベルナールの言ったことは本当だったのね……!
実は少しだけ、心の片隅で「本当はラズリス殿下も、私を心から鬱陶しく思い追い出したのでは……?」と疑念を抱いていた。
だが、そうではなかった。ラズリスはガーネットの身を案じて、わざと冷たい振りをして遠ざけようとしたのだ。
……だったら、何も恐れる必要はない。
「私は、生贄に捧げられた哀れな子羊のように怯えたりはしません。どんな向かい風にも立ち向かって見せましょう」
堂々とそう言ってみせると、ラズリスは明らかに狼狽した様相を見せる。
「わかってるのか? 相手はあのエリアーヌ妃だぞ! 目を付けられたらどんな目に遭うか――」
「それが何か? 敵にとって不足なし。むしろ、腕の見せ所ですね」
絶句するラズリスに、ガーネットは畳みかけるように続ける。
「ラズリス殿下が私の身を案じてくださるのなら、遠ざけるのではなく、共に戦ってくださいませ」
「戦うって……」
「私は、ナルシス殿下のような暴君が治める国などごめんです。ですから、ナルシス殿下の地盤を切り崩すためのパートナーが必要なのです」
ガーネットの意を理解したのか、ラズリスの顔がさっと青ざめる。
「僕に……王になれというのか!?」
「えぇ、その通りです。私は、ナルシス殿下よりもあなたの方が次の王にふさわしいと信じております」
ラズリスはガーネットから視線を外し、何やら逡巡しているようだった。
……真正面から拒否されることも想定していたが、少なくとも考慮の余地はあるようだ。
だが、ガーネットの目的を達するには、まずはラズリスに奮起してもらわねば困るのである。
もしも、彼がいつまでもエリアーヌ妃に怯えたままなら……玉座を奪い取るなど夢のまた夢でしかない。
また、一から策を練り直さねばならないだろう。
「ラズリス殿下が、これからも私との婚約を続け、共に歩んでくださるというのなら……二週間後に催される宮廷舞踏会にて、私のパートナーを務めていただけますか」
ラズリスは何も答えなかった。
即答を迫っても逆効果だろうと判断したガーネットは、一時的に退くことを決めた。
「私がお伝えしたかったのは以上です。それでは、良い返事をお待ちしております」
優雅に淑女の礼をとって、ガーネットは離宮を後にする。
エントランスまで見送ってくれたのは、ガーネットの元へ訪ねてきた執事――ベルナールだ。
「……後は、ラズリス殿下次第です」
そう告げると、ベルナールは深く頷く。
何もかも、ラズリスが立ち上がってくれなければ始まらないのだ。
――どうか、殿下が来てくださいますように……。
天に祈るのなんて、いったいいつ以来だろうか。
そんな不安の渦巻く内心を悟られないように表情を引き締めながら、ガーネットは颯爽と離宮を後にした。




