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19 冷たい言葉に隠された意味

「もちろん、中にはラズリス殿下を憐れんで、そんな境遇から救い出そうとする者もおりました。だがその試みは全て……エリアーヌ妃に握りつぶされてきたのです」


 執事ベルナールの言葉に、ガーネットはきゅっと唇を噛んだ。

 ガーネットがナルシスの妃――王太子妃候補としての教育に明け暮れていた間、あの片隅の離宮でラズリスはずっと苦しんでいたのだ。

 そう思うと、たまらなくなる。


「あの離宮の中には、エリアーヌ妃の息のかかった使用人もおります。ラズリス殿下のことを特別に気にかける使用人もおりましたが……皆、すぐにエリアーヌ妃の手によって排除されました。殿下がエリアーヌ妃の意に添わぬ行動をしようとした際には、警告のように食事に軽い毒を盛られたこともございます」

「っ……!」

「殿下が気にかけるもの、大切にしようとしたものはすべて奪い取られ、踏みにじられました。そうして殿下は……いつしか望むのをやめたのです」


 ガーネットは気づいてしまった。

 彼が手の込んだ料理ではなくあまり手のかかってないものばかりを食べるのは、毒を摂取する可能性を減らすため。

 少しずつしか食べないのは、もし食事に毒を盛られてもすぐに気づけるように、なおかつ毒を摂取してしまっても手遅れにならないようにするため。

 単なる偏食ではない。……ちゃんと、意味があったのだ。


 ラズリスが世捨て人のような生活をしているのは、決して彼がそう望んだからではない。

 きっとあれが、彼なりの生存戦略だったのだろう。


 離宮に閉じこもり、公の場には姿を現さず、ただ静かに読書だけを嗜む生活……。

 それが、ラズリスにとって一番自分や周りの者を傷つけないために、行きついた方法だったのかもしれない。

 そう考えた途端、ひどく胸が痛んだ。


「ガーネット様、殿下のガーネット様への態度が変化したのに、何かお心当たりは……」

「殿下に拒絶される直前に、庭園でエリアーヌ妃とお会いしました」

「……そういうことでしたか。きっと、殿下は怖くなったのでしょう。殿下がガーネット様を大切に思うことによって、あなたがエリアーヌ妃のターゲットになってしまうのが。あなたを、傷つけられるのが。だから、あえて拒絶されたのです」

「っ……!」


 じわり、と胸の奥から熱いものがこみ上げる。


 ――「もう君に振り回されるのは我慢ならない。機を見て婚約は解消させてもらう。……もう二度とここへは来るな。これは命令だ」


 冷たい言葉の裏側に、隠された真意。

 彼はガーネットを拒絶し、遠ざけることで……ガーネットを守ろうとしたのかもしれない。


 俯いて黙り込んだガーネットに、ベルナールはそっと声を掛ける。


「ガーネット様が来られるようになってから、ラズリス殿下は変わりました。あなたがいないときは、いつもそわそわ外の様子を気にして……きっと、いつあなたが来るか気が気ではなかったのでしょう。それだけ、あなたの存在はラズリス殿下の中で大きくなりつつあります。私のような者が差し出がましいとは承知しておりますが……ガーネット様、どうかラズリス殿下を見捨てないでいただきたい」


 それだけ言うと、ベルナールは人目につかないようにこっそりと侯爵邸を辞した。

 きっと、彼がここに来たのもひどく勇気がいったことだろう。

 この行動がエリアーヌ妃の耳に入れば、きっと彼も無事では済まない。

 それでも彼はラズリスの身を案じて、危険を承知でガーネットの元まで来てくれたのだ。


 ――そういう、ことだったのね……。


 自室に戻ったガーネットは、ゆっくりと先ほどの執事の言葉を反芻していた。

 いつ毒を盛られるかもわからないような状況で、ラズリスはずっと気を張って過ごしていたのだろう。

 でも、それでも……彼は、ガーネットが作った焼き菓子を毒見もなしで食べてくれた。


 ――「まぁ……見た目ほど味は悪くなかった」


 自分は、信頼されていたのだ。

 ガーネットなら毒など盛るはずがないと、ラズリスは信じてくれていたのだ。

 そう思うと、じわりと胸が熱くなる。


 ……ラズリスは、ガーネットを嫌いになったわけではなかった。

 そう考えただけで、ここ数日の胸のつかえがとれたような気がした。

 気が付けば、あれだけ身を蝕んでいた頭痛や倦怠感までもが、いつの間にか綺麗に消えていた。

 その途端、忘れていた空腹感が蘇り、ガーネットは首をかしげる。


「……なんだか、お腹が空いてきちゃったわ」

「本当ですか!? 今すぐ用意いたします!」


 嬉しそうに用意を始めるサラの背中を見送り、ガーネットはくすりと笑う。


 ――よくわからないけど……不調が治ったみたいね。


 大丈夫、これでまた戦える。

 用意された食事を口にしながら、ガーネットは決意した。


 ――まずは、お父様の協力を仰がないと。


 そして、またあの小さな婚約者に会いに行こう。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 真実がどうあれ、殿下の言葉でガーネットが傷ついた点を気遣わないところはマジでクソ野郎ですね執事さん。 「見捨てないでほしい」「見捨てたのは殿下の方でしょう」ってやり取りのときも謝罪しな…
2023/04/06 01:38 退会済み
管理
[一言] 多分ガーネットが真意に気付けなかったのは、 純粋に「その手の類に精通していなかった」 というだけですね。 逆にこの手の展開を見せる作品に多く触れてきた読者は、わりとすぐ勘づいてたと思います(…
[一言] 『冷たい言葉に隠された意味』!?あれって、暗号的ななにかだったの!?とか思ってしまった私は頭が弱いというか、何というか……。 それはともかく、まだ仲直りはしてないけど良かったです!
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