18 第一王子と第二王子
ガーネットが応接間に足を踏み入れると、待っていた執事はすぐに立ち上がり、深く頭を下げた。
「突然お伺いして申し訳ございません、ガーネット様」
「いいえ、わたくしの方こそ、こんな格好で失礼いたします」
今のガーネットは、ワンピースタイプの寝間着の上に軽くカーディガンを羽織っただけの姿だ。
今までのガーネットなら、「こんな格好でお客様に対応するなんて言語道断!」と決して譲らなかっただろう。
だが今は、ラズリスの関係者が来たと聞いて、いてもたってもいられずこうして来てしまったのだ。
ラズリスの邸の執事は、訪問の伺いも立てずに、人目を忍ぶようにこそりとやって来たそうだ。
ここで応じなくてもガーネットに非はないだろうが、どうしてもガーネットは彼の話を聞きたかった。
――彼がここにやって来た理由……間違いなく、ラズリス殿下に関することね。
心を落ち着け話を促すと、髪や髭に白いものが混じり始めた執事は、ぽつぽつと話し始める。
「あらためまして、ラズリス殿下にお仕えするベルナールと申します」
ガーネットも彼のことは知っていた。
ガーネットが離宮を訪れると、いつも彼がラズリスへと取り次いでくれたものだ。
「ラズリス殿下の母君……ミレイユ妃がご存命の頃より、殿下にお仕えしてまいりました」
その言葉に、ガーネットははっと息を飲む。
――この方は、ずっとラズリス殿下を見てこられたのね……。
ミレイユ妃が亡くなったのは、もう10年近くも前になる。
彼はラズリスが幼い頃より、彼の下で仕えてきたというのだ。
「ラズリス殿下が置かれた状況につきましても、よく存じております。……今から申し上げることは、ラズリス殿下の本意ではないのかもしれません。ですが、それでもガーネット様にお願い申し上げます」
そこまで言うと、ベルナールはガーネットが驚くほど深く頭を下げ、はっきりと口にした。
「どうか、ラズリス殿下を見捨てないでいただきたいのです」
その言葉に、ガーネットの鼓動がどくりと跳ねる。
……ガーネットが、ラズリスを見捨てた?
いや、それは違う。むしろ、見捨てたのは……。
「ラズリス殿下の方でしょう。私を、拒絶されたのは……!」
お節介、鬱陶しい、二度とここへは来るな……。
そんな言葉でガーネットを突き放したのは、ラズリスの方ではないか……!
抑えきれない憤りを滲ませながら告げると、ベルナールが頭を上げる。
「……少し、昔話をよろしいでしょうか」
……熱くなりすぎてはいけない。こちらも、頭を冷やした方がいい。
そう自分に言い聞かせ、ガーネットは頷いて見せた。
「ラズリス殿下はもともと、快活な御方でした。よちよち歩けるようになったかと思うと、すぐに走るようになって……皆で慌てて殿下を追いかけたものです」
メガネの奥で懐かしそうに執事が目を細める。
ガーネットもよちよち歩きのラズリスを想像して、自然と笑みがこぼれてしまった。
「ですが、ミレイユ妃がお亡くなりになって状況は一変しました。国王陛下は深く絶望され、すべてにおいて投げやりになってしまわれたのです。……ラズリス殿下に関しても、今までのように会いに来られることがなくなりました。そして自然と殿下の養育に関しての決定権は……エリアーヌ妃に委ねられるようになりました」
膝に置いた手をきゅっと握り締め、ガーネットは緊張を紛らわすように息を吸った。
執事ベルナールも一呼吸置いた後、意を決したように口を開く。
「エリアーヌ妃の目的は、ラズリス殿下を飼い殺しにすることです。決して殺さず、かといって自由にもさせず、あの離宮に閉じ込めたのです」
「……何故、そんなことを」
「おそらく、エリアーヌ妃は自身の御子息であるナルシス殿下の将来に不安を覚えていたのでしょう。そこで、ラズリス殿下を『比較対象』として利用しようとしたのではないかと」
「そう……そういうことね」
以前から疑問だった、「エリアーヌ妃がラズリスをどう思っているのか」ということについて、ガーネットの中で推測が繋がっていく。
ナルシスは努力嫌いで自己中心的。未来の王として見れば、不安しかない人物なのである。
エリアーヌ妃は考えたのだろう。やがてナルシスが表舞台に出るようになれば、彼の奔放さが人々に知れ渡ってしまう。
不安を覚えた者たちが、別の王位継承権者を担ぎ出さないとも限らない。
そこで、ラズリスを利用しようとしたのだろう。
ナルシスには欠けている部分が多いが、それでも「引きこもって表舞台に出てこない第二王子よりはまし」だ。
……そう、世論を誘導したかったのだろう。
ラズリスの株を下げることで、相対的にナルシスの株を上げる。
いわば、踏み台にしようとしたのだ。




