17 ガーネット、思い悩む
――「だから、鬱陶しいと言ったんだ。一体いつまで、このくだらない婚約者ごっこを続けるつもりなんだ」
――「はっきり言って、君のお節介は迷惑でしかない。第一王子に婚約破棄されたのも納得だな」
あの時ラズリスから向けられた言葉が、頭の中でこだましている。
あれから数日。離宮から侯爵邸へと戻ってきたガーネットは、何故か原因不明の食欲不振と頭痛と胸の痛みに襲われ、自室にて静かに静養していた。
――いったい、どうしてしまったのかしら……。
ガーネットは王太子妃候補として、幼い頃から教育を受けてきた。
もちろん体調管理の大切さも、存分に理解している。
今までこんな風に、体調を崩したことなどなかったというのに……。
あれこれ考えるのも億劫になって、ぎゅっと毛布を手繰り寄せ目を閉じた。
それでも、頭に浮かんでくるのはラズリスのことばかりだ。
――ずっと、私のことを嫌ってたのかしら……。
ガーネットは決して、自分が万人に好かれる人間だとは思ってはいない。
侯爵令嬢として、第一王子の婚約者として……公の場で動揺した姿を見せてはいけないと、人前では感情を押し殺してきた。
「鉄仮面の女」「氷の令嬢」「可愛げがない」など、口さがない悪口を言われているのも知っている。
それでも、こんな風に落ち込むことはなかった。
いつの間にか婚約破棄された自分と、誰にも顧みられることなく生きてきたラズリスを重ね合わせてしまったのだろうか。
自分でも気づかないうちに、彼に仲間意識のようなものを抱いていたのかもしれない。
だから……彼に拒絶されて、こんなに動揺してしまっているのだろうか。
――少し近づけたと思っていたのは、私だけだったのかしら……。
最初はそっけなかったラズリスが、少しずつ心を開いてくれていた……と、思っていた。
だがそれは、ガーネットの勘違いだったのかもしれない。
そう思うとたまらなく恥ずかしくて、惨めで……悲しくなってしまう。
どうして、こんなに心が揺れ動いてしまうのだろう。
起死回生の切り札として、篭絡しようとしたラズリスに拒絶された。
自分の考えた策が、崩れてしまったからなのだろうか。
――でも、ナルシス殿下に婚約破棄された時は、こんな風にはならなかったのに……。
あの時は、悲しみよりも先に怒りが湧いてきた。
ナルシスにとっては罰ゲームの意味合いを持っていたであろう「第二王子ラズリスとの婚約」を、最大限に有効活用してやろうとやる気に満ち溢れていたのだ。
それなのに今は……何もする気が起こらない。
ベッドから起き上がるのも億劫だ。いったいいつから自分は、こんなに怠惰な人間になってしまったのだろう。
――ラズリス殿下との婚約を解消すれば、私は自由。きっと皆が、ふさわしい相手を見繕ってくれるはず……。
ラズリスは、ガーネットには咎が及ばないように婚約を解消すると言っていた。
フレジエ侯爵家の令嬢という手札があれば、高い地位や影響力を持つ立派な婚約者を見つけられるかもしれない。
そうすれば、少しはナルシスやエリアーヌ妃の圧政に釘を刺すことができるだろう。
華々しく社交界に返り咲き、フレジエ侯爵家の娘として恥ずかしくないような働きを――。
「…………はぁ」
本当にどうしてしまったのだろう。
輝かしい未来のことを考えても、少しも心が浮き立たないのだ。
やっぱり、頭をよぎるのは小さな王子のことばかり。
「ラズリス殿下……」
そっけない言葉に少しだけ混じった、優しさが懐かしい。
酔って抱き着いた時の、暖かなぬくもりが恋しい。
無性に寂しくて、切なくて、ガーネットはそんな変化に戸惑いながらもごろんと寝返りを打つ。
その時、コンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「お嬢様、サラでございます」
入室を許可すると、侍女のサラが少し慌てた様子で部屋の中へとやって来る。
「お加減はいかがでしょうか」
「……相変わらずよ」
「実は今、お嬢様にお客様がお見えになっておりまして……」
「……気分がすぐれないの。申し訳ないけどお帰り頂いて――」
「それが、お越しになったのはラズリス殿下がお住いの離宮の、執事の方なんです」
聞こえてきた思わぬ言葉に、ガーネットはがばりと起き上がった。




