14 一晩のあやまち
「……昨晩は、大変な失礼をいたしました」
一晩たって、冷静になったガーネットは昨晩の醜態に青ざめた。
いくら婚約者といえど王族の邸に夜中に近い時間にいきなり押しかけて、ぬいぐるみのように抱きしめて満足して帰るなど……不敬にもほどがある。どれだけ罰せられても仕方のない行いだ。
いくら落ち込んで、酒に酔っていたといえど、どう考えても貞淑な淑女としてあり得ない振舞いだ。
……昨日の自分はいったい何を考えていたのだろう。自己嫌悪と恥ずかしさで、まさに穴があったら入りたい気分だ。
開口一番そう謝罪して跪いたガーネットに、ラズリスはどこか困ったように眉を寄せる。
「……頭を上げてくれ」
その言葉に従いおずおずと顔を上げると、どこかからかうような顔をしたラズリスと視線が合う。
「別に、そんなに気にしてない」
「ですが……」
「君は酒癖が悪いんだな。新発見だ」
「普段自制しております! 私も、あんな風になったのは初めてで……」
「…………そうか」
ガーネットの言葉に、ラズリスは何故か安堵したような顔をした。
だがすぐに咳ばらいをすると、じとりとした目でガーネットを見つめる。
「君も僕の婚約者だというのなら、悪酔いして他人に絡むような真似は控えるべきじゃないのか?」
「返す言葉もございません……」
「僕も……済まなかったとは思っている」
思わぬ言葉に目をぱちくりと瞬かせると、ラズリスはどこか気まずように口を開く。
「婚約者のいる女性が、婚約者にエスコートもされずにパーティーに出席するのは体裁が悪いというのを聞いたんだ。その……君に恥をかかせてしまったのなら、申し訳なかった」
ばつが悪そうにそう口にするラズリスに、ガーネットは驚いて目を見開いた。
――私のこと……気にかけてくださっていたのかしら。
ラズリスの立場を考えれば、公の場に出たくないという気持ちもわかる。
ガーネットも昨夜、十分すぎるほど居心地の悪さを味わった。彼の気持ちも、以前よりもよく理解できたものだ。
だがそれでも彼は、ガーネットのことを気遣ってくれたのだ。
「……次は、一緒に出席していただけますか」
「…………努力はする」
視線を逸らしながらそう呟いたラズリスに、ガーネットの胸に熱いものがこみ上げる。
気が付けば、昨晩のように強くラズリスに抱き着いていたのだ。
「あっこら! 反省したようなことを言ってまだ酔ってるな!? さっさと酒を抜いて来い!!」
きゃんきゃんと喚くラズリスが可愛らしくて、ガーネットは酔ったふりをして思う存分小さな婚約者をぎゅうぎゅうしてしまったのだった。
◇◇◇
この一件で、ラズリスなりに何か思う所があったのかもしれない。
ガーネットが教師をつけて本格的にいろいろなことを学ぶべきだと提案すると、素直に受け入れてくれたのだ。
ラズリスの頭脳は、やはり教師が舌を巻くほどの優秀さを秘めていた。
「まだ12歳だとは思えないほど聡明で……これは将来が楽しみですな」
よくも独学でこれだけの知識を得たものね……と、教師から報告を受けたガーネットは感心した。
どうやら頭脳の方は問題なさそうだ。
問題なのは……。
「殿下、もっと食べなければ大きくなれませんよ?」
ガーネットがどれだけ口酸っぱく注意しても、ラズリスの食事量は中々増えなかった。
さてどうしたものか……と頭を悩ませるガーネットに、侍女のサラがそっと教えてくれる。
「お嬢様、ラズリス殿下は読書中の間食はなさるんですよね?」
「えぇ、フルーツのようなものなら子リスのようによく食べてくれるわ」
「だったら、お嬢様が間食につまめるお菓子などを用意して、差し入れてみてはどうでしょう。お嬢様のお手製とあらば、殿下も無下に拒否はなさらないでしょう」
そうかしら……とガーネットは疑問に思ったが、やってみる価値はありそうだ。
そういえばラズリスは、きちんと食卓について食べるような食事はあまり食べないが、何か別のことに集中しているときなら案外よく食べてくれる。
太りすぎないかが心配だが、それはガーネットの方で運動量を調整すればいいだろう。
まずは、どんなものでも摂取量を増やさなければ。
――しかもこれは……あの指南書に書いてあった「胃袋をつかむ」というあれじゃないかしら?
最初は「胃袋を掴む」の意味が分からなくて、サラに「口から手を入れるのかしら」などと聞いてしまったものだ。
だが今のガーネットは、はっきりとその意味を理解している。
「サラ、私にお菓子づくりを教えてもらえるかしら」
「お任せください!」
――ラズリス殿下の胃袋を掴んで、腹の中から篭絡してみせるわ。
どこか浮き立つような気分で、ガーネットは早速レシピを調べ始めた。




