12 ガーネット、無意識に落ち込む
ナルシスとイザベルが、手を取り合うようにして皆の前に現れる。
イザベルは最新の流行をふんだんに取り入れた、派手なドレスを身に纏っている。
ガーネットがナルシスの婚約者だった時には、伝統にそぐわないからと絶対に選ばなかったであろうデザインだ。
――それだけ、自信があるのかしら……。
それとも、公の場での装いの影響も理解していないのだろうか。
第一王子の婚約者といえば、一見盤石な地位のように感じられる。
だがその実、その地位が薄氷のように脆いことをガーネットは強く教えられてきた。
他に有力な王位継承権者が名乗りを上げ、貴族たちの支持を取り付ければ、あっという間に引きずり落とされる可能性だって十分に考えられる。
そのためガーネットは、公の場に出るときは細心の注意を払っていたものだ。
――それも、全部無駄だったのかな……。
一瞬落ち込みかけたが、ガーネットを陥れた張本人であるナルシスとイザベルの前で、しょんぼりした姿などは見せたくなかった。
何も気にしていない風を装って、ガーネットは現れた二人に拍手を送る。
二人はにこやかに出席者たちに挨拶をしていたが、目ざとくガーネットの存在に気づいたイザベルがナルシスの腕を引く。
その途端ナルシスの視線がこちらを向き、嫌な笑みを浮かべたのに気が付いた。
「ガーネット、よく来てくれたな!」
ナルシスがそう言ってこちらへ向かって歩き出した途端、人々はぱっと道を開けた。
……また公衆の面前でガーネットを辱めようとでもするつもりなのだろうか。
会場中の注目を浴びているのを感じながら、ガーネットは緊張を押し殺し、視線を逸らさずじっと元婚約者を見つめる。
そして彼が目の前までやってくると、優雅に礼をして見せた。
「ナルシス殿下、イザベル様、本日はお招きいただき感謝いたします」
「しばらく姿を見ないから心配していたんだ。おや……」
そこでナルシスはわざとらしく周囲を見回すと、にやにやと嫌な笑みを浮かべる。
「君の婚約者の姿が見えないな。一緒ではないのか?」
その言葉に、ガーネットは体が震えそうになるのを懸命に堪えた。
ラズリスは決して、公の場に姿を現そうとしない。
それは、ガーネットと婚約してからも変わらなかった。
今日も一応誘ってはみたのだが、「どうして僕がそんなところに行かなければならないんだ!」と頑なに拒否されてしまったのだ。
ナルシスはラズリスがこういった場に姿を見せないのを知った上で、ガーネットを晒し者にしようとしているのだろう。
――第一王子には婚約破棄され、第二王子にも袖にされる哀れな女。
口さがない貴族たちが、さぞや喜びそうな筋書きだ。
だがそんな逆境の中でも、ガーネットは淑やかな笑みを浮かべて見せる。
「ラズリス殿下はお加減がすぐれないようでして、本日は兄と共に出席いたしました」
ガーネットの言葉に応えるように、兄セルジュは丁重に頭を下げ、ナルシスとイザベルに挨拶の言葉を述べる。
ナルシスはガーネットが動揺していないことが気に入らなかったのか、つまらなそうな顔をしてその場から立ち去った。
彼とイザベルが他の者と話し始めたのが目に入って、ガーネットはやっと安堵に胸をなでおろす。
どうやら自分で思っていた以上に、彼らとの会話に気を張っていたようだ。
「……お疲れ、ネティ。少し外で休もうか」
「えぇ、そうさせていただきますわ」
兄に連れられるようにして、ガーネットは庭園へと続くテラスへと足を踏み入れた。
そこでやっと周囲の視線から解放されて、ガーネットは大きく息を吐いた。
ナルシスと対峙し、思った以上に緊張していたのかもしれない。
乾いた喉を潤すように、兄が手渡したグラスを常にないスピードであおった。
「はぁ…………」
思わず漏れたため息に、兄はくすりと笑ってガーネットの肩を叩いた。
「あまり無理するなよ、ネティ。嫌な時は欠席したっていいんだ。何を言われようと、言いたい奴には言わせておけばいい」
気遣わしげに兄にそう言われ、ガーネットはふるふると首を横に振る。
「フレジエ侯爵家の娘として、そんな情けない真似は許されません」
「お前は昔から強情だな……。ネティ、前から思ってたんだが、もう少し肩の力を抜いてもいいんじゃないのか?」
兄のその言葉に、ガーネットは曖昧に笑う。
以前のガーネットだったら「そんなの周りに隙を見せるようなものです!」と断固拒否しただろうが、心が弱っている今はその言葉に甘えたくもなるものだ。
――皆に好奇の目で見られるのって、結構きついのね……。
その時頭によぎったのは、小さな婚約者――ラズリスのことだった。
宮廷でのラズリスの評判は散々で、どんなことも言われ放題だ。
ラズリスもずっと、こんな気分を味わってきたのだろうか。ガーネットとは違い、後ろ盾も頼れる相手もいないような状況で……。
そう思うと、無性に彼のことが気になってたまらなくなる。
「お兄様、私……屋敷に戻る前に少し寄りたいところが出来ました」




