11 元婚約者との再会
ガーネットは決して、「格下の子爵令嬢に負け、第一王子に婚約破棄された哀れな令嬢」という立場に甘んじるつもりは無かった。
ナルシスの望むように、しおらしく落ち込んでなどやるつもりはない。
憐みの目を向けられ、腫れ物のように扱われるなど我慢がならない。
これは、ガーネットの侯爵令嬢としてのプライドだ。
だから今日も、ナルシスの名で主催された夜会に堂々と出席することにしたのだ。
兄にエスコートされるようにしてガーネットが姿を現すと、会場に集まっていた者たちがざわめいた。
四方八方から突き刺さる好奇の視線にも負けずに、ガーネットは毅然と顔を上げる。
「……予想はしていたが、注目の的だな。大丈夫か、ネティ?」
「ご心配は無用です、お兄様。だって私、皆さまに恥じるような行いはしていませんもの」
表面上は穏やかな笑みを浮かべ、ガーネットはそう口にする。
だが、内心はなかなか穏やかではいられなかった。
憐れむような、蔑むような、好奇の視線がちくちくと突き刺さる。
気にするなと自分に言い聞かせても、どうしても気になってしまうのだ。
――……やっぱり、近づいてくる人が減ってるわ……。
以前はガーネットが姿を現すと、我先にとでもいうような勢いで貴族たちが近づいてきたものだ。
だが今は、以前から親しい知人などを除いて、遠巻きにこちらを窺う者たちが明らかに増えている。
まるで王太子妃候補ではない自分には近づく価値すらないと言われているような気がして、ガーネットの胃がずん、と重くなった。
――「……本当の愛というものを、知ってしまったんだ。イザベルがそれを教えてくれた。イザベルのひたむきな愛に報いるためにも、君との婚約を続けることはできない」
かつて突きつけられた言葉が蘇る。
ガーネットは別に、ナルシスを愛していたわけではない。
だが、ストレートに「お前など愛する価値もなかった」というようなことを言われると、多少は傷つくものなのだ。
……もちろん、態度に出したりはしなかったが。
――私は、ずっと王太子妃候補として努力してきた。ナルシス殿下を支えるためにも……。
ナルシスは努力嫌いの享楽主義者で、母親であるエリアーヌ妃でさえも息子可愛さに強くは諫められなかった。
その代わりに、人々はガーネットをナルシスの欠点を補うような優秀な妃に育て上げようとしていた。
政治、地理、経済、歴史、外国語……知識だけでなく上に立つ者の振る舞いや作法など、厳しい教育を受けてきたのだ。
時には辛くて逃げ出したくなることも、泣きだしたくなることもあった。
だが家族や周りの者は「王妃になれば、今教わっていることが何よりも身を守る手段になる」とガーネットを慰めた。
その言葉を信じて、今まで頑張って来たのに……。
――「王妃になれば」か……。
考えれば考えるほど、むなしくなりそうだった。
ナルシスの妃になるという道は、当のナルシスによって閉ざされてしまったのだから。
きっと彼は、口うるさいガーネットのことを嫌っていたのだろう。
必要があれば婚約者として、ナルシスを諫めるようなことも口にした。
だがそれはナルシスが憎いからではなく、彼の立場を思ってのことだ。
彼が道を誤って転落することのないように、ガーネットは心を砕いてきたつもりだったのに……。
――何も、通じていなかったのね……。
例えイザベルを愛し、ガーネットとの婚約を解消しようとしたとしても、もっと穏便な手段だってあったはずだ。
それなのにあんな風に……衆人環視の中だまし討ちのような形で、婚約破棄を宣言するなんて。
――私が傷ついて、惨めな思いをするのを楽しんでいたとしか考えられないわ。私、そこまで嫌われてたのね……。
あの時は侯爵令嬢としてのプライドで何とか取り繕うことができたが、ガーネットだってあんなことをされて傷つかないわけじゃない。
ひたすらラズリスに構うのも、何もしていないと気が滅入ってしまうという面があるのを否定はできないのだ。
――大丈夫、今度は失敗しないわ。絶対に……!
同じ轍は踏まない。
必ずやラズリスを懐柔し、ナルシス以上の理想の王子に育て上げて見せなければ……!
あらためて決意を固めた時、ナルシスと彼の婚約者となったイザベルの入場が告げられる。
――……私はガーネット・フレジエ。フレジエ侯爵家の者として、無様な姿は見せられないわ。
ガーネットは顔を上げ、第一王子と新たな婚約者の入場を見つめた。




