92. 待ち時間の熟考
じっと座っていると、山形駅の喧騒がよく耳に入ってくる。
椅子に座り会話をする人の声、通り過ぎる人の足音、観光客と話す受付の人の会話、電車の物音に、アナウンスの声と。色々な音が混じって少し騒がしくはある。それでもうるさいと感じるほどではなく、駅らしいなぁって、そう思う。山形駅みたいに駅ビルがくっついて新幹線も通る大きな駅のことを、ターミナル駅って言ったはず。だから、そんなターミナル駅らしさが感じられてちょっぴりほっとした。
木製の椅子に木製の壁。チェアークッションとも言えるちっちゃなマットが椅子に敷かれていたから、木の硬さもそこまで伝わってこない。
場所は観光案内所が併設された待合室兼お土産屋さん。最初にあたしたちも山形駅の観光場所について相談したところで、新幹線が来るまでの待ち時間として使わせてもらうことにした。部屋が暖かくて心地いい。お隣には恋人もいてあったかいし、郁弥さんがうとうとしちゃってるのもよくわかる。
「郁弥さん郁弥さん」
「……う、ん。なに?」
眠そうなお顔に眠そうな声。無防備な感じがとっても愛おしい。
ここ、あったかいものね。眠くなっちゃうわよ。あたしはバスでも電車でも結構お昼寝してきたからあんまり眠気がないけど、郁弥さんは全然寝てなかったから。
「眠いなら寝てもいいわよ。肩でも太ももでも貸してあげる」
「う……じゃあ肩で」
「太ももじゃなくていいの?」
「うん。……膝枕は二人切りのときがいいから」
それだけ言って、そっと身体を寄りかからせてきた。彼の頭があたしの肩に乗る。
心地良い重さ。ただの重みじゃない、全幅の信頼に満ちた重み。あたしがよくこの人に感じている安心感を、彼もまた同じように感じていてくれているって伝わってくる。それが、そのことがこの上ないほどに嬉しい。
なんともくすぐったくてあったかくて、寄りかかってくる恋人にあたしも身体を預けた。
目は閉じず、そのままの体勢でぼんやりとお土産屋さんを見つめる。
幾人かの観光客がお土産を見て回っていて、つい先ほどまではあたしたちも似たようなことをしていたと思い出す。
ずいぶんと、落ち着いた気分だった。
「……ふぁ……はふぅ……」
口元に手をやり、あくびを隠した。眠気はなくてもあくびは出る。仕方ない。
でも本当、今日はお昼寝ばっかりした。
昨日の夜はお話をしていたら遅くに、結局零時とかまでなっちゃった。正確に時間は覚えていないけれど、きっとそれくらいの時間だったはず。今朝起きたのが六時前だったから、睡眠時間は六時間もなかった。
初めての恋人として二人での旅行で、緊張とか喜びとかわくわくとか、色々思ってたのかな。あたしはそうだったから、たぶんこの人もそう。お泊まりすること自体もそうで、一緒にお風呂入る時間もそう。ドキドキし過ぎて疲れちゃった。
気を張ってたわけじゃあないと思う。精神的な疲労って、気を張ってストレスで溜まるのだけじゃないのよ。楽しくって嬉しくっても、それでも疲れるは疲れちゃう。どんな形でも、心の揺れ動きには変わりないから疲れちゃうわ。喜怒哀楽、怒るのも泣くのも笑うのも、度が過ぎれば何事もよくないって言うでしょう?
「……すぅ……」
かすかな吐息が聞こえる。お眠だった郁弥さんはほんとに眠っちゃったみたい。
好きな人が隣に居て、ぼんやりのんびりと取り留めのないことを考えていられる。こういう時間も大事なのかなーって、最近少し思うようになった。
本当はお家にいるときが一番いいんだけど、こういう場所はこういう場所で特別感があるから悪くはないとも思う。山形駅の待合室なんてそうそう来ることないもの。
…………。
「……」
考えられることは色々あって。ありすぎて少し困った。
昨日から今日にかけてのことを考えるのは今はいい。もっと前の、過去のことを考えるのもしなくていい。数年前とかのことはともかく、数日とか数週間とか、ちょっと前ぐらいのことはよく考えているから。
だから、今考えるのは未来のこと。
今と、今日と、明日と。具体的には新幹線乗ってから家に帰るまでのこととか、帰ってからのこととか、あとお土産のこととか。もう十二月も終わりだし、年末のお話とか新年に向けてのお話とか、そういうのもいいかもしれない。
まずは新幹線。新幹線ね。
新幹線が来るまでの時間は……あと三十分もない。今十四時四十分だった。思ったより時間なくてびっくり。意外ともうすぐだったみたい。まあアナウンス入るから気にしなくてもいいとは思うけど。
とりあえず新幹線乗って、三時間近くかけて東京に行って。東京駅着いたら電車乗り次いで家の近くまで行くでしょ。家に着いたら……着いたら?
「……むむ」
思わず声が漏れる。
どうしよう。お家に着くまでの話全然してなかった。してなかったわよね……してなかったと思う。うん。まだ新幹線乗る前だし、家に帰るとかずっと後の話だと思ってたから。
今日、帰るときどうするのかな。
あたしはもう郁弥さんと一緒に帰る気満々だったけど。その辺どうなのかしら。家に帰り着く時間って、東京駅からだいたい一時間前後と見たら十九時時前ってところよね。東京駅着くのは十八時前だもの。ていうか、そもそも途中で別れるのかな。昨日は東京駅集合だったわけで、なら普通に東京駅解散でもおかしくない。郁弥さんの家まで最短ルートだと道別れちゃうし。それは少し……かなり、寂しい…かな。寂しいかも。
でも、たぶん。たぶんだけど、郁弥さんのことだからあたしの家まで送ってくれると思う。送ってくれちゃう。……だって、郁弥さんだもん。あたしの恋人で、あたしの彼氏で、あたしの好きな人。この人の根底にあるものが、それだから。
そんな遅い時間から帰したら――そうでもないか。十九時ってお仕事からの帰宅時刻って考えたらそんなでもなかった。でも旅行とお仕事は違うから。旅行疲れは旅行で、からから重いの引いて帰るの大変でしょうし、遅い時間までお見送りありがとう、じゃあねばいばい、はさすがにだめだと思う。あたしはしたくない。
「……」
とりあえず、携帯でママとパパとの家族グループチャットに伝言を入れておく。
【今日郁弥さん連れて帰るけど、お泊まりしてもらってもいいでしょ?】
送信して、一分くらいか。待っていたらすぐ返事が来た。
【いいよ】
【いいわよー】
パパとママから順に返事が来る。タイミングはほぼ同時。お仕事は、今日は休みだったかな。覚えてない。平日だからパパもママも家にいなかったような気がするんだけど……。わかんない。とりあえずOKもらったからそれでいい。夕飯は外で食べてくる旨だけ伝えて携帯は閉じた。
郁弥さんに関しては明日お休み入れてたはずだし、用事云々は大丈夫なはず。起きたら伝えよう。
一緒に旅行に来て、帰り途中でお別れなんて寂しいもん。一緒に帰って、一緒にご飯食べて、お土産話もママとパパにして、一緒にお風呂は……保留かもだけど、一緒に寝るの。
今日は、そうしよう。一日ずっと、そうして隣にいてほしいから。




