【特別編】恋人の誕生日を盛大に全力の全身全霊で祝ってみたい。
「――郁弥さんのお誕生日をお祝いしようと思うの」
告げたあたしに、集まった二人は顔を見合わせる。
片や長く艶のある黒髪を首の後ろでひとまとめにした美人さん。顔立ちの整い具合が相変わらずすごい。一時期短くしていた髪も再び伸びて、今では腰上まで届くほどになった。名前は青美知宵。もう八、九年近くの付き合いになる親友兼同業者。
もう一方は以前からずっと変わらないセミロングヘアスタイルな女性。もう女の"子"なんて年齢じゃなくなり、それに比例してお仕事への貫禄みたいな何かが出てきた気がする。名前は比島胡桃。友達歴は三年か四年くらい。知り合いとしてだったらもう少し長くなるとは思うけど、ちゃんと仲良くしてるのはそれくらいだと思う。
二人ともなんとも言えない顔であたしを見てくる。何かしら。言いたいことならなんでも言ってちょうだい。
「日結花、今さら誕生日を祝いたくて私たちを呼んだの?」
「え?うん」
ため息をつく知宵と、苦笑する胡桃。
今日は四月一日。揃ってお仕事はなく――訂正、知宵は午後からあるらしい。時刻は朝の九時、場所は知宵の家の近くのカフェ。朝からやっているお店で、平日だからか人も少ない。窓際の席は日差しが当たってずいぶんと心地よかった。相談するにはとっても良い環境だと思う。
ゆるっと考え事にうつつを抜かしていたら、胡桃から質問が飛んでくる。
「ねえ日結花ちゃん。今日何日?」
「四月一日」
「そうだよね、うん。郁弥さんのお誕生日は?」
「四月一日?」
「……うん。なんで当日に私たちに相談するかなぁ」
「それはほら、忙しかったのとどうしようか考えてたらつい?」
「はぁ……それで当日になっていたら世話がないでしょう?」
それは、まあ、ごもっとも?
「でもしょうがないのよ。どうしようかなーって考えてたら時間経っちゃったんだもん」
「そう……。過ぎたことを言うのも無駄だからさっさと話して決めてしまいましょう?そもそも今日彼はどうしているの?」
「え?お仕事だけど」
「あぁ……そういえば郁弥さんは普通の人だったわね」
「うん……私も普通に忘れちゃってた」
"あの人エイシィか声者かと思っていたわ""私も私も"とか話している。
あたしも同じこと思ったりするから 否定はできない。
「とりあえず郁弥さんには帰り家に来てって言ってあるから、十九時とかには来ると思う。だからお祝いするのは夜になってからね」
「ふむ……それ、出来ることあまりないわね」
「うーん、夜からって普通に誕生日パーティーとかかな?」
「誕生日パーティーなら盛大とは言えないでしょう?」
「そうだよねー。サプライズで何かするとかは?」
「サプライズはあたしが去年とか一昨年とかにやったからだめ」
「あー、うん。そりゃ日結花ちゃんたち付き合ってそこそこだし、もうそういうのやってるよね」
「うん」
「ならプレゼントでもあげるのはどうかしら?日結花が全身にリボンでも巻いてプレゼントになればあの人も喜ぶでしょう?」
ごく自然な顔と声でおかしなことを言ってくれる。
隣の胡桃を見なさい。信じられないような顔してるわよ。愕然としてる感じ。あたしはそこまでじゃないけど、軽く引いた。あと、意外に悪くないかなとも思った。……だめね、知宵と同じ思考回路は絶対よくない。
「その頭の中ピンク色な考え方はやめてちょうだい。あたしと郁弥さんはとってもプラトニックに恋人やっているの」
「そう。別にいいけれど、プレゼントの用意はできているの?」
「うん。それはね?」
さすがにそれくらいは用意してる。
「え、そうなんだーっ。日結花ちゃん何あげるの?」
こういうとき、知宵はあんまり深く聞いてこないからいいのよね。胡桃は遠慮せずがんがん聞いてくるからたまに秘密にしたくなる。今回は話の都合上伝えるけど。ていうか別に隠すことでもないから。
「ゲームよ。ほら、あの家の中で運動するやつ」
わかっていない顔の胡桃と、冷静に頷く知宵。
「あれね。筋トレからジョギングにランニング、果てはダンスまでできるスポーツゲームでしょう?」
「ん、それ」
「へー。私も聞いたことはある、かも?CMで見たやつかな」
「ええ、きっとそれよ。ただ日結花。あのゲーム、郁弥さん持っていなかったかしら?」
「うん。持ってるわよ。だからゲーム機本体とソフトをもう一つプレゼントするの」
「……ちょっと意味がわからないのだけれど」
「郁弥さん一つしか持ってないし、二人でできないでしょ?運動も一緒にできたらいいなーって思って」
「あぁ、そういう……」
何とも言えない顔。納得しつつも共感を全然得られていない感じね、これ。
「ねえ日結花ちゃん」
「ん、なに?」
「それ、日結花ちゃんが一緒にやりたいだけじゃない?」
真っ当な意見をいただいてしまった。
たしかにその通りなので反論はできない。でも、ゲーム機ならあたしの家にもあるし、郁弥さんのところで二人で遊ぶ用での追加購入だからプレゼントって言い方は間違ってないとも思う。
あたしは郁弥さんといちゃつきながら遊べてハッピー。郁弥さんもあたしといちゃつきながら遊べてハッピー。ほら名案。
そんな旨を伝えたら、諦めの眼差しを向けられた。不服だわ。
「――話を戻すけれど、日結花のしたいお祝いはどんなものなの?」
「えっと、盛大で」
「うんうん」
「全力で」
「……全力ね」
「全身全霊な」
「ぜ、全身全霊……」
「お誕生日?」
「……言葉だけなら立派なものね」
「あ、あはは。言うだけなら簡単だからね、うん」
できたらいいなぁって。できなかったときはそれはそれで、郁弥さんが喜んでくれるようなのにできたらいいから……。
「まず、盛大から行きましょう」
「うん」
「そうだね」
進行役となってくれる年長の知宵に頷き返す。
「時間的な話として、今から日結花が着物やドレスを着てアレコレするのは無理だと思うわ」
「そうだねー。でも簡単なドレスなら日結花ちゃんも持ってるから、それくらいならできるんじゃない?」
二人から目を向けられて、こくりと頷く。
「持ってるわよ。ウエディングドレスとかは持ってないけど」
「そんなもの期待していないわ。そもそも日結花、あなたウエディングドレスを着たいの?」
「え、着たいけど」
「私も着たい!すっごく着たい!!」
「知宵は着たくないの?」
「……私、以前仕事の縁で着たことがあるのよ」
「「え?」」
「だからあなたたち二人よりも欲がないと思うわ。もちろん結婚はしたいけれど」
びっくり発言だった。
ウエディングドレス着たことあるんだ、この子。
胡桃と見合わせて、二人で疑問をぐっと堪えた。話の脱線を続けるわけにはいかない。お話なんていつでもできるけど、今日の予定は今決めないといけないから。知宵自身忙しくてそこまで時間ないし、早々と話せることは話してしまいたい。
「ええと、知宵のドレス話は気になるけど置いておいて……。服装はどんなのがいいかな」
「えっと、うーん……さっきの知宵ちゃんの話じゃないけど、男の人ってエッチなのが好きなんだよね?」
「……それ何情報?」
「え!?それはほら……ね?」
顔を赤くする胡桃にじと目を送る。耳年魔なむっつりの話は聞くに値しないわ。
それに郁弥さんがそういった服装好きだったとしても、着るなら二人っきりで着るから。わざわざ誕生日のお祝いでそんな服着ないわよ。
「胡桃の意見は却下として、知宵はどう思う?」
「服装、ね。……郁弥さんの好みなら日結花が一番知っているのではないの?」
「あー……うん。そっか。お祝いされる側が一番喜ぶやつでいいんだ」
「ええ。彼の好きなものに合わせてあげるのが、してもらって一番嬉しいことでしょう?」
「言われてみれば」
「そうだね。私もお誕生日で出される料理なら大好きなものがいいもん」
「料理と服は少し違うけれど……言いたいことは胡桃の言う通り。そういう話よ」
そう、そうね。お祝いするなら郁弥さんが笑顔でふわっふわに喜んでくれるのがいい。
「日結花ちゃん。郁弥さんってどんな服装が好きなの?」
「んー、割とフリフリな可愛い系?色も明るめで袖もフリルついてるのとかの方が好きよ」
「あぁ……日結花ちゃんに似合う服だね、それ」
「ええ。……やはりあの人はあの人ね。日結花が好きだから日結花に似合う服が好きと。本当、どれだけ愛されているのよ、あなた」
「え?う、ううーん。嬉しいけど嬉しくない。あたし、大人っぽい格好の方が好きだし」
知宵にも胡桃にも見せ慣れているけど、あたしは割と落ち着いた色合いで大人っぽい服装をすることが多い。いくつになっても着れて似合う、みたいな。そんな服装。
背伸びしてるとかじゃなくて、その方が着ていて落ち着くから。
「……日結花の好みはさておき。服はフリル多めの春服で決まりね」
「うん。決まりだね」
「えー……」
「文句はなしよ。そういう服も結構持っているでしょう?」
「……うん、持ってる」
ちょっぴり気合入れたいときとかおしゃれ着とかデートの気分変えとか。
郁弥さんが褒めてくれるからついつい買っちゃって付き合う前よりかなり増えた。
「ならそれでいいわね。次、どのような祝い方をするかよ」
「どのような?」
祝い方ってなに?
「先のサプライズもそうだけれど、パーティー形式にするかあなたとあなたの恋人の二人で過ごすのか。盛大と言えば友人も呼んで、となるわね。今日はもう無理でしょうけど」
「そういうやつかー」
「盛大ならパーティーだよね。日結花ちゃんのお父さんお母さんと一緒に祝うのが定番なんじゃない?」
「そうね。私の場合、実家が遠いから簡単に決められはしないけれど、日結花は違うでしょう?」
「うん。そこは大丈夫だと思う」
皆で祝うか、あたしがしんみり祝ってあげるか。わいわいするのといちゃいちゃするので違いが出てくる感じかな。
「……二人だったらどっちの方がいい?」
どっちがいいかあんまりわからなかったから聞いてみた。
さっと答えてくれたのは知宵で、胡桃は少し悩んでいる様子。
「私は……特に大きなお祝いはいらないわね。ただ家に帰ったとき"おかえり"と言って迎えてくれればそれで。普段より少し手間のかかる料理や豪華な料理に、"誕生日おめでとう"の言葉があればそれでいいわ。少し労わりや優しさを増やしてくれていたらなお嬉しいかしら……」
「……そう」
内容が具体的すぎてあんまり上手く言葉を返せなかった。
言い終えて我に返って顔赤くしてるところを見るに、自分の言動が心の願望的なあれだってことはわかっているみたい。深くは言わないわ。
「私はねー。朝からお祝いの言葉で起こしてほしいかなぁ。おはよう、お誕生日だねって。そのままゆっくり二人で準備して、デート行くんだ。のんびりゆったり散歩して遊んで、ご飯食べて。そんな一日がいい。プレゼントは何でもいいけど、お花とかくれたらとってもいいなぁって思う。良い香りのお花が……えへへ」
トリップしてる子は無視しましょう。
なんか、あたしの友達ってこんなのばっかりね。妄想癖がひどいわ。あたしもそう人のことは言えないけど。
とりあえず、あんまり参考にはならなかった。
郁弥さんはたぶん祝ってあげるだけで普通に喜んでくれちゃうから、普通に家で出迎えてパパとママと三人で彼のお祝いをして、その後あたしと一緒に遊べばいいと思う。明日はお休みだし、プレゼントは手元だから一緒にゲームもできるし。うん、我ながらナイスアイデア。
「ねえ二人とも」
「なに?」
「え、なにー?」
「全力の全身全霊でするお祝いってなんだと思う?」
意外とぱぱっと話決まったし、あとはこれだけ。
全身全霊とか、もうお金めちゃくちゃかけるくらいしか思いつかない。あとは、どこかの会場貸切ってあたしが彼のためだけにライブでも歌劇でもやるとか。時間内から無理だけど。あーほんと、そう考えると時間ないのが悔やまれる。なんであたし、こんなぎりぎりになってこんなこと考えてるのよ。
「全力の全身全霊ねぇ……声者としてやり切るしかないと思うわ。彼、郁弥さんには日結花の力が効きにくいのよね?」
「うん。全然効かない」
「そこを乗り越えてこその愛よ」
「現実的な壁ってやつがあるから無理」
「壁とか乗り越えるとか云々より、まず私たちの"力"全力でやったら絶対近所迷惑だからね。日結花ちゃんやっちゃだめだよ」
「それ、フリかしら?」
「確実にフリね」
「違うよ!今の流れだと絶対私のせいになるじゃん!やめてね!?」
「冗談よ冗談。やらないから安心しなさい」
「大丈夫よ、責任は日結花が取るから」
知宵の発言が適当過ぎる。一切自分の言葉に責任もってないところとか、ほんとオフモードの知宵って感じ。
「責任あれこれはともかく、"力"を使う方向はなしで。普通に何かない?こう、なんか楽しいの」
「漠然としているわね……日結花がやりたいこと、やってあげたいことはないの?」
「あ、それだね。知宵ちゃんナイス。日結花ちゃんのやりたいことがいいような気がする。だってあの郁弥さんだし」
「むぅ……あたしのか」
やりたいこと、やってあげたいことね。
郁弥さんがお仕事して帰ってきて疲れてって考えたら……お昼寝?
「寝たいかも。お仕事帰りで疲れてるならご飯食べて寝たい」
「「……」」
呆れと理解の表情が二つ並ぶ。
人間、疲れたら誰だってご飯食べて寝たいものね。しょうがないわよ。疲れてたら寝たいし、お腹減ってたらご飯食べたいに決まってるわ。
「……もう、それでいいのではないの?」
「それって?」
「日結花の家で夕食を食べて、お風呂に入ってベッドで寝て。それで終わり」
「……まあ、うん」
「それなら、お風呂でマッサージしてあげたり、ベッドで肩揉んであげたりしたらどうかな。疲れてるときは嬉しいと思うんだけど」
「そうね……そうしようかな」
恋人同士だし、混浴はもう今さら極端に恥ずかしがるものでもないから。
盛大とか言ったけど、郁弥さん、お仕事帰りだもん。疲れを癒す方向でゆったりさせてあげた方がいいかもしれないわ。
「決まりね。普通で行きましょう普通で。誕生日なんて普通でいいのよ」
「うん。だね。普通でいいよね、普通で」
「ん、普通ね。わかった。ありがと二人とも。特に知宵はこれからお仕事なのにごめんね」
「いえ、気にしないで。どうせ家で寝ているだけだったもの。あなたの相談に乗るのも悪くなかったわ」
「そ。ならよかった。あと胡桃、これからどうする?適当に辺りお花見しながら歩いて、十一時くらいになったらケーキでも買いに行こうかなって思ってたんだけど」
「えー!行く行く!一緒にお花見しよう?私一昨日まで忙しくてまだお花見できてないんだよねー……仕事でちょこっと見たりはしたけど」
「お仕事は……お仕事だから。うん、気持ちはわかる」
席を立つ。お会計はささっと済ませてお店を出た。
外は春の陽気で、日差しがずいぶんと暖かかった。優しい風が髪を撫でて流れていく。
話しながら知宵と別れ、あたしと胡桃は近場の花見散歩と歩いていく。公園から川沿いまで、大きな桜が包む広場と、川沿いの桜並木。どちらも綺麗で、薄い桜色の花弁が風に舞って空を踊っていた。
もう冬は終わり。柔らかな風が心地いい、一面青空な絶好の桜日和だった。
夜。十九時。
予定通りというのもおかしな話だけれど、恋人からもう着くとの連絡があった。最初は駅に迎えに行くつもりだったけど、その役割はパパに奪われた。最近の家のパパは郁弥さんとお喋りするのを地味に楽しみにしていて困る。まだ結婚もしてないのに娘の恋人にお父さんとか呼ばせようとするのはやめてほしい。郁弥さんも素直に呼んじゃうからまたパパを喜ばせちゃうし……。
考え事をしているうちに車が到着する音が聞こえた。すぐに足音が聞こえ、玄関前まで人がくる。カチャリ、と弱めに扉を引くのは小心者な恋人さんの癖。ひょこりと顔を覗かせ、玄関に立つあたしと目が合うと花開くように微笑んだ。
「おかえり!郁弥さん、お誕生日おめでとう!!」
ただいまと、ありがとうと。
聞こえた二つの言葉に頬を緩めながら、続いて入ってくるパパにもおかえりを伝えた。振り返ればママがいて、ニコニコとあたしたちの様子を見ていた。
わざわざ着替えた服を褒めてくれたりとか、改めてありがとうとか、色々話しながら今日が終わっていく。
四月一日に。郁弥さんの誕生日に、彼が幸せそうに笑って過ごしてくれてよかった。
盛大じゃないけど、たぶん全力でも全身全霊でもないけれど、郁弥さんが幸せならそれでいい。彼が幸せで、あたしも幸せで、パパもママも幸せで。幸せな誕生日にできたから、それでいい。
来年の誕生日も、同じように過ごせたらって思う。来年も再来年も。色々考えて、結局今日みたいに普通なお誕生日になって。それでも十分に幸せって思えるような、そんなお誕生日。
ふと、郁弥さんの髪に桜の花びらがついているのが見えた。恋人に声をかけ、髪に手を伸ばし桜を取る。白と薄い桃の色彩が綺麗だった。
二人で見つめ合って笑い合って、緩く手を繋いだ。
今年もまた、桜の季節が終わる。
「ねえ郁弥さん――」
"明日どこか、桜を見に行かない"と声をかけた。
今年の桜を、舞い散る前にもう一度二人で見てみるのも悪くないと、そう思った。




