85. 山形駅の観光地
冬の風に髪が揺れ、頬に触れた髪先がくすぐったい。ふわふわと風に乗って流れてきた雪が目に映る。手のひらに乗るかと思って目前に差し出してみたら、ちょうど落ちてきたところを指が触れ取って、すぐに体温で溶けていなくなった。冷たさを感じる暇もなく雪は溶け、冬の情緒をよく伝えてくる。
なんとなく視線を感じて、そろーっと隣を見たら恋人がにこにこと温かい笑顔でこちらを見つめていた。
「な、なに?」
「ううん、僕の恋人は可愛いなぁって思ってただけ」
「ふーん……」
いつも通りの郁弥さんだった。
ちょっぴり熱い気がする頬は無視して、山形線を降りた山形駅のホームを並んで歩いていく。
駅のホームは意外と広くて、横幅が結構ある。東京とそこまで変わらない。降りてすぐ向かいに停まっている電車はなく、奥にもまた別のホームが見えた。
自動販売機や電光掲示板は現代らしく、山形県にいるというのに不思議と帰ってきた感がある。それだけ銀山温泉が時代離れした、大正時代をしっかりと表現したものだったんだと改めて思う。
キャリーバッグを引き、恋人とは手を繋ぎながらエスカレーターを昇っていく。ホームは違えどここにはまた来ることになるので、いったんのお別れ。次は新幹線ね。
「それでダーリン、これからどうするか決めた?」
「うーん、ハニーちゃん。どうしようかと考えてるんだよ。お腹空いてる?」
ハニーちゃんって……なにげに新しいわね。嫌じゃないからいいけど。ていうか郁弥さんらしいから好きだけど。
でも、お腹、ねぇ……。
「……ちょびっと?」
うん。ちょびっと空いてるくらい。
「ふふ、そうだよね。僕もそうなんだよ。まだ十一時半前だし、さすがに今からお昼は早すぎるでしょ?」
「そうね」
「じゃあどうしようかと思って。新幹線の時間ってさ、十五時過ぎでしょ?」
「うん」
「今からざっと三時間半となると、結構色々できるなーって。遠出は無理でもちょろっと歩いて行けるところとかあるだろうし、最初はカフェでも入って二人で決めようかとも思ったんだけど……」
「けど?」
「駅に観光案内所あるんじゃないかなーって」
エスカレーターを上がり、人の流れに乗って改札を抜ける。自動改札機があることに変な感動を覚えたのは内緒。あたしたちはミナカじゃなくて切符なので普通に通過した。
県の名前を冠した駅なだけあって人もそれなりに多く、なかなかの賑わいの中を通ると、左右に広がる通路があった。そして改札からすぐ先の直線上にある"観光案内"の文字。
郁弥さんの反応が気になって隣を見たら。
「ね?あったでしょ?」
ニコッときらきらな笑みをあたしに向けてくれた。
眩しいっ。笑顔が眩しい。好きな人からのその笑顔は胸キュンしちゃう。今のはかなりポイント高かったわよ。あぶない。もうちょっとで数千回目の惚れ直しをしちゃうところだった。
「ん、んん。そうね。あったわね!じゃあ入りましょう?」
「うん」
誤魔化しながら彼の手を引いて、自動ドアを開けて観光案内所に入る。
駅そのものがホームよりも暖かく、観光案内所はそれにも増して暖かかった。暖房がよく効いている。
右に壁、左はいくつかの長椅子を置いて先にお土産屋さんが併設されていた。椅子に座っている人もいれば、右横の壁に座って何か書いていたり読んでいたりする人もいる。休憩スペースとしても結構使われているらしい。まあ、この部屋あったかいし新幹線来るまでの待ち時間として使っているのかもしれないわね。
幸い観光案内受付の人と話しているのは一人だけだったので、二つある受付の空いている側に寄る。
あたしが話すか郁弥さんが話すか。目配せして、お願いした。頷いてくれる恋人の察しの良さは、恋に落ちるのも仕方ないものがある。目と目で通じ合うなんて、もう結婚秒読みじゃない!
「――本日はどうされましたか?」
「はい。えっと、実はですね――」
郁弥さんがさらさらと現状説明をしてくれた。時間がどうとか、お昼がどうとか、行ける場所がどうとか。割と簡潔で和やかな話し方は聞いていてとっても気分が良かった。恋人として鼻が高い。
「そうですね……。失礼ながらお尋ねしますが、お二人はどのようなご関係でしょうか?」
ちょっぴり申し訳なさそうな顔で聞いてくる受付の人に、郁弥さんと二人で目を合わせて意思疎通を図る。ここは同じ答えを出さないと。
「恋人同士です」
「夫婦です!」
「「……」」
「?」
「いや、そんな疑問たっぷりの顔で僕のこと見られても困るから。すみません。夫婦ではないです。ほら日結花ちゃん」
「むぅ、もう。はい、まだ夫婦じゃないです」
お話してくれている案内所の人は、ふふふと笑ってわかりましたと言ってくれた。上品に仲が良いんですね、だって。そりゃ仲はいいわよ。あたしと郁弥さんだもの。
「でも、どうしてそんなことを聞いたんですか?」
「はい。今の時期に恋人同士や若いご夫婦の方におすすめの場所がございまして」
「なるほど。そうだったんですね。その場所というのは?」
「はい。駅から直接通じて行ける場所に"霞城セントラル"というビルがありまして。そちらの展望ロビーでクリスマスイルミネーションが行われているんです」
「「へー」」
「イルミネーションですか」
「はい。夕方以降が最も映える場所ではあるのですが、昼時でも楽しめるようになっていますので、ぜひ訪れてみてください」
そんな感じで、あたしもちょこちょこ交じりながらお話を聞いていった。
先の霞城セントラルとやらにはクリスマスツリーもあるらしく、そちらも綺麗ですよとか。山形市の見どころが載った地図を渡してくれて、それを見ながらここがいいとかこっちがいいとか。時間も十分十五分で行けるところに加えて、周遊バスも使えるとかなんとか。あと、駅直通のショッピングモールも色々あるからやっぱりおすすめだって。
教えてもらって、地図やパンフレットももらってお礼を言いながら観光案内所を後にする。
「……ふぅ、なかなかアグレッシブな人だったわね」
「あはは、途中からあの人も熱入っちゃってたみたいだね。でもまあ、これで辺りのことはおおよそわかったんじゃない?」
「ん、そうね」
どこに行くかはさておき、おおよその流れは決まったかも。
「郁弥さん」
「うん」
「とりあえず霞城セントラルまで行きましょう?」
「いいけど、先に荷物置いてからね」
「あ、うん。そうだったわね」
観光案内所から離れて、進む先は改札を出ての右側。それなりの人の流れに沿い、見慣れぬ通路を歩いていく。途中で左手にショッピングモールの入口があり、散策したい欲求を抑えて先に進んだ。下りのエスカレーターに乗り、降りてすぐの場所にあるコインロッカーに荷物をしまった。これもさっきの受付の人に教えてもらったので、観光案内所に寄ったのは正解だった。
「さ、ってと。じゃあ戻ろうか」
恋人の言葉に頷き、身軽になった足で来た道を戻る。
あたしは肩掛けの鞄一つにお財布と携帯を入れて、郁弥さんはポケットに携帯とお財布を入れて、カメラは首から下げた状態。三脚は専用のケースで斜め掛けで背中に回している。二人とも両手が空いているので、安心して手を繋げる。デートっぽい感じで楽しさ度が上がった。
ルンルンで歩き、そんなあたしを見て郁弥さんが朗らかに笑って、じゃれ合いながらと歩いていく。再度ショッピングモールの横を通り過ぎ、人の流れに逆らうかのように進む。やっぱり大きな駅だからか、人の数も多くて変な新鮮さを覚える。懐かしさ、とはちょっと違うような。ほんとに変な感じ。
改札の横を抜けて、駅の東口から西口へとずんずん進んでいく。こちらの通路はまた幅が広くて、途中に小さなクリスマスツリーが置かれていた。オレンジのリボンで飾られたミニツリーが可愛い。
「ね、ね。郁弥さん」
「うん、うん。言いたいことわかってるから言わなくていいよ」
「え、そう?じゃああたしが何言おうとしてたか当てて?」
「ミニツリーの前で写真撮ろうよーとか、でしょ?」
「んふふー、当たりー」
ご褒美代わりに腕を抱きしめてあげた。苦笑して頭を撫でてくれる。好き。
カメラ使う?って聞いてきたので、首を振って彼に携帯を見せた。微笑んで頷く恋人を隣に、並んで距離を近づけてぱしゃりと一枚。もう一枚。二、三枚撮って、また話しながら窓ガラスの多い通路を歩いていく。霞城セントラルはすぐそこ。たぶん。そう聞いたし地図もそうだったから。
そうこう考えていたら、すぐに左右へと道が分かれる場所にたどり着いた。看板的には左が西口駅前広場で、右が霞城セントラルや観光案内センター。ご丁寧に色とりどりに矢印付きの看板も取り付けられていて、右が霞城セントラルですよって教えてくれていた。
「霞城セントラルって観光名所なのかしら」
「どうだろうね。駅近くとしてはそうなんじゃない?色々あるらしいし」
曲がって真っ直ぐに進むと、もうそこは"霞城セントラル"だった。市役所とか文化センターみたいに、入口上に文字が飾られている。自動ドアを抜けて中に入り、入ってすぐにあったエスカレーターで二階から一階に降りる。一階に何があるのかというと。
「わぁぁっ」
「おおー」
エスカレーターからも見える場所、すぐ側に見上げるほどに高いクリスマスツリーが立っていた。
きらきらの電飾で作られた人工クリスマスツリーで、上がら下までやんわりぴかぴか光っている。ツリーの後ろは青の背景で横長の看板が作られ、MERRY CHRISTMASの文字が飾られていた。文字の横には緑の木でクリスマスツリーが作られ、その平面さが、さぁ写真を撮ってください、とでも言っているような雰囲気を醸し出していた。
結構な高さのツリーはいいとして、地味に入口の上にサンタクロース浮いてるのよね。それ意味あるのって言いたくなっちゃうのはあたしが子供心を無くしちゃったからかしら。郁弥さんに聞いたら、僕もだよって言ってくれた。一安心。
「これ、ツリーの内側入れるんだね」
「ね!二人で入りましょ?ね?」
「いいよ」
人工ツリーだからか、内側に入って写真を撮れるようになっている。そのための背景看板。ついでに、ツリーの中にはまたちっちゃなツリーがあって、それがもう完璧な写真スポットだった。
あたしたちはどこからどう見ても完全無欠なカップルなので、躊躇うことなく手を繋いでツリーの内側に入らせてもらった。恥じらいはない。この程度で恥ずかしむような時代はとっくに過ぎ去ったわ。
「んー、中から見上げるのも面白いわね」
「そうだねぇ。あんまりこういうの見かけないから割と新鮮かも」
ぼーっと天辺を見上げると、それはそれは結構な迫力だった。予想以上に上が高い。外が明るいからイルミネーションの綺麗さは半減だけれど、それでも十分に面白かった。
ツリーだけを写真に収めるのは簡単だけど、問題はあたしたちを含めた写真の撮り方だった。
「……とりあえず携帯で撮ってみる?」
「んー……うん。そうする」
下から上に向けて撮る形になるので、こう、床に向けてカメラを内カメにして撮る、みたいな。あたしたちは俯いて覗き込む感じで。
撮れた写真はというと。
「ぷふふ、あはっ」
「あはは!」
すっごく面白くて笑っちゃった。
だってもう、あたしの髪ゆらーって垂れて邪魔だし、ピントはずれてぼやけてるし、二人とも影になってるせいで顔色悪いし、なのに笑顔で変な感じ。後ろのクリスマスツリーなんてあるのかすらわかんないくらいおかしな写真だった。
「はぁぁー、おもしろ。郁弥さん、どうしよっか?」
「ふふ、どうしようかー。しゃがんで携帯斜めにしてやってみる?」
「うんうん、それでやってみましょ」
再挑戦。
結果はぼちぼち?まあまあ?さっきよりはマシってところ。ツリーが見切れちゃってるから中途半端で、でもカップル写真としては悪くないって感じで。うん、まあまあ。
色々角度を変えたりして試してみて、全部だめだったのでしょうがなく諦めた。
「しょうがないし、あとはカメラをツリーの外に置いて撮ろうか?」
「ん、いいわね。お願い」
「おっけー」
ということで、いそいそと準備してぱたぱたとカメラをツリーの外に置きに行く郁弥さん。セッティングからの撮影を何度も繰り返し、数枚の良い感じな写真が出来上がった。
背景はあまり変わらないので、変わったのは位置付けとか姿勢とか。ツリーの中にツリーがあるので、その左右に立ったり、ミニツリーの左右から顔を出すようにしたり、大きなツリーの前に立って手を繋いで二人して笑顔見せたり。
なかなか、というか結構――というよりめちゃくちゃ楽しい撮影タイムだった。
「ふー、結構撮ったかな」
「そうねー。十回くらい?」
「うん。それくらいだと思う」
「郁弥さんは満足した?」
「そりゃ満足したよ。日結花ちゃんは?」
「あたしも大満足!」
「ふふ、ならよかった」
写真撮影を終えて、ちょろっと歩いて館内の案内図を見ると、結構な広さを誇ることがわかった。何階建てかと思ったら実は二十四階まであったらしい。
観光案内所もあれば展示スペースも多く、文化センターのような役割を持っていて、コンビニや飲食店もあれば映画館まである。思っていた以上に観光地していた。
まあ、あたしたちは映画を見ている時間なんてないのでさらっと全部流してエレベーターに乗させてもらったけど。
他に幾人か乗ってきた観光客らしい人と一緒に二十四階まで一直線で昇り、開いた先は展望ロビー。エレベーターの出入口がある場所を離れ、飲食店があるらしい道も抜け、狭めの道を抜けた先、眼前に広がる街の景色は雪に包まれて綺麗だった。そしてそして、雪雲に包まれてちょっぴり薄暗い世界に反する形で部屋は青と白と紫で彩られていた。
「……ね、ねえ郁弥さん」
「うん?」
「……」
ここにもあるちっちゃなクリスマスツリーは電飾が巻かれて、今日一番のクリスマスツリー"らしさ"を持ち、天井には吊り橋みたいな電飾が何本も通されていて、白と水色とで光っていた。部屋全体は紫色で統一されて、なんていうか、うん。
「日結花ちゃん?」
「えと……ど、ドキドキするわね」
「あー……うん。ふふ、そうだね。少しだけね」
郁弥さんはくすっと笑って、余裕たっぷりにあたしの手を引いた。
この人、微塵もこの空間に動揺してないわね。
「空いてるところ座ろうか」
「う、うん」
だいたいいるのは女の子同士で、一人か二人写真撮ってる人がいて、あとカップルもちょこっといて。あたしたちはそのちょこっとの内の一組だった。
なんか、なんかね。あれなのよ。まだお昼なのに外が暗くて部屋も薄暗い感じで、"そういう"感じなのよ。恋人同士がいちゃつくためにあるような。内緒話でもできちゃいそうな。静かにちゅーしてても気づかれなくて目立たないような。そんな場所。これはね、あたし、あんまりよくないと思うの。
郁弥さんすごい平然としてるけど、ドキドキしてるのあたしだけなのかな。このまま座ってすごい距離近くて、気づいたら目閉じちゃって自然と唇を寄せちゃ――――だめだめだめ!冷静になりましょ。クールダウンよクールダウン。あぁもう顔が熱いっ。
「っと、空いてるしここでいいか」
「ん、んぅ」
「……日結花ちゃん顔赤くない?」
「き、気のせいよ。暗いからじゃない?」
「そうかな。ほら」
「にぁぅっ」
「はは、ほっぺた熱いね」
いきなり頬に手を当てるのはやめてもらえるかしら!?
冷たくてびっくりしたじゃない。それ以外に何も思わないけど!
「うぅ……ばか」
「ごめんごめん。ほら外見ようよ。綺麗だよ」
「ん……」
言われて、気分を誤魔化すためにも外へと目を向ける。
座った場所は部屋の角っこで、全面窓ガラスだから遠くまで街の景色がよく見える。雪に包まれた真っ白な街が、雪雲に覆われていて。一瞬で意識を引き込まれちゃうくらいに、頬の熱も忘れちゃうくらいに綺麗だった。




