84. 帰り途中小話2
『次は天童、天童です。お降りの際は――』
電車内でアナウンスが聞こえる。代わり映えしない、というと少し語弊があるかもしれないけれど、雪国らしい景色が窓の外を流れ続けていた。
アナウンスもこれで何度目か。携帯でちらと時間を見れば、時刻は十一時前。山形駅への到着時刻は十一時二十分過ぎだったはずだから、まだかかる。
「あ、今天童って言ったよね?」
「ん?ええ、言ってたわね」
繋いだ手を握り直し、こてりと首を傾けてそれがどうかしたの?と問いかける。
「いやさ。僕天童行ったんだよ」
「……旅行のお話?」
「そうそう」
そのお話、今日はしないんじゃなかったの……。
あたしの思いが顔に出ていたのか、郁弥さんは苦笑して言う。
「まあそうなんだけど。通り過ぎて何も言わないのもなんだし。ちょこっとくらい話してもいいかなと思って」
「……たしかに?」
それはそうかもしれない。もうすぐ停車するのに、何も言われないのはそれはそれでちょっと寂しいかも。ピンポイントで天童駅?まで来ることなんてそうそうないものね。
「でしょ?だからちょこっとだけお話しようと思って」
「ふふ、いいわよ。聞いてあげる。話して話して?」
照れ気味な恋人さんに話を促す。不思議な話だけど、好きな人のお話を聞くのってだいたいいつも楽しいのよね。ほんと不思議。
「じゃあそうだなぁ……天童で僕が何したか話そうか」
「うん」
「まずは、天童市って将棋の駒で有名なんだよね」
「ふんふん」
「日結花ちゃんも将棋は知ってるでしょ?」
「……ばかにしてる?」
「してないしてない!」
慌てる恋人の耳に吐息をプレゼントしてあげた。震える郁弥さんが可愛い。
「ふふ、それで?」
「……はぁ。ええと、将棋の駒にも色々あるよね。歩とか、香車とか飛車とか」
頬を薄く染めて、じと目であたしを見てからため息をついた。これは諦めの息ね。あたしも郁弥さんとの付き合い長いからわかるのよ。ほっぺた赤いのが好ポイントだわ。
「今挙げたやつ全部真っ直ぐ進むやつでしょ?あたしも駒の種類とルールくらいなら知ってるわ。全然できないけど」
「そっか。ふふ、僕も全然できないよ。そんな将棋だけどさ、王将が一番上でしょ――いや、上って言い方はおかしいか」
「ううん、言いたいことはわかるから大丈夫。続けて?」
「うん。ありがとう。天童市ってそんな王将の名前が付くホテルがあるんだよ」
「へー。"王将ホテル"?」
「うん、その通り」
「あ、ほんとにあるんだ」
ちょっと驚いたかも。本当にそのままなのね。
「郁弥さん、そのホテル泊まったの?」
「……そこなんだよ」
苦味たっぷりの顔で昔を振り返っている。むーってしてて可愛い。この人、あんまりこういう顔見せないから新鮮で好き。……あたし、郁弥さんの表情ならほとんどなんでも好きかも。すっごい今さらだけど。
「泊まらなかったの?」
「うん。王将のことを完全に食べ物のお店の方だと思っててさー。食べ物系のホテル?おかしいな。怖いしやめとこってなって泊まらなかった」
「ふふ、うふふ。もう、おばかな郁弥さん」
「ほんとおばかだった。あれは僕が馬鹿だったなぁ」
さすがにそれは擁護できないかなー。はーおかしいっ。ドジっちゃったわね。
「郁弥さんが天童市に行った理由って、そのホテルだったの?」
「いやさすがに違うから。将棋はちょっとしたついでかな。目的は別にあってね」
「うん」
「天童ってさ、大きな公園があるんだよ」
「ふーん?」
「紅葉が綺麗で、ちょっとした山登りってくらい大きい公園なんだよね」
「え、紅葉って、郁弥さんが行ったのって秋なの?」
「うん」
「じゃあ紅葉狩り目的だったってこと?」
「うん。紅葉目当てで東北散歩ってね」
「ふーん……いい旅してるわね」
郁弥さんと行きたいって気持ちもあるけど、単純に羨ましいって気持ちもある。普通に綺麗そうだし、見に行く価値ありそうだもん。
「ふふ、ありがとう。そんな公園、天童公園って名前だったはずなんだけど、たくさん写真も撮ったんだ」
「え!見せて見せて?」
「残念だけど、僕の携帯には入ってないんだ、これが」
「……むうー」
ぺしぺしと肩をぶつける。ゆらゆら揺れて、ぽんぽん当たって――あ、捕まっちゃった。ぎゅってするのは反則。ずるいわ、ずる。
「家のパソコンの中にデータはあるから、今度見せるね」
「……ん、それで勘弁してあげる」
「ふふ、抱きしめるのもやめていい?」
「ばかばか……言わせないでよばか」
「うん。わかってるよ。からかっただけ」
ぎゅーって。肩を抱いて抱き寄せてくれる。頬と頬がぺたりと触れ合うような抱きしめ方が、またずいぶんと心地いい。あとドキドキもする。
そうこう話して、いつものようにドキドキさせられている間に天童駅はするりと通り過ぎた。その後も短い間隔で停車を続けて、あまり乗客の乗り降りがないまま電車は進んでいく。
暖かな電車内は気持ちよくて、郁弥さんの腕の中だと安心できて、心音もいつの間にか落ち着いていて。ゆっくり、ゆっくりと時間が過ぎていく。
「……――」
ふと、気づけば。気づけば?……うん。気づけば、なのかな。あたし、眠っちゃってたみたい。
身体はたぶん、郁弥さんに寄りかかってる感じ、かな。電車で座って、頭とか首とか体重も肩で支えてもらってるんだと思う。
目を開けたら、電車の窓が見える。外の景色も変わって――変わってる?
「――ん、日結花ちゃん起きた?」
「あ……おはよ」
隣から熱がなくなって、斜め前から顔を覗き込まれる。かっこいい。恥ずかしい。すき。
「ふふ、おはよう」
「んぅ……えと、えっと……」
あーやばい。久しぶりにやばいかも。顔熱い。めちゃくちゃ恥ずかしい。こんなに照れくさいの久しぶり。なんでだろ。全然わかんないけど、いったん落ち着かないとまともに郁弥さんの顔見れないかも。
「ちょ、ちょっと胸貸してっ」
「うん?うん、いいよ」
急いで許可をもらって恋人の胸に顔を埋める。視界が真っ黒になって、目を閉じると電車の音に混じって自分の心臓の音がよく聞こえる。とくとくとくとく。鼓動がずいぶんと速い。まだ顔も熱くて、のぼせちゃいそうな気分で深呼吸してたら頭をさらさらと撫でてくれた。
手つきが優しい。コート越しでもかすかに香る恋人の匂いが甘くて落ち着く。
「すぅ……はぁぁ……」
はぁ……。ほんとに。やっと気持ち楽になってきた。びっくりするくらいドキドキしちゃった。郁弥さんがかっこよくて好きで、寝起きなんて何度も見られてるはずなのに今回はなんか違った。……たぶん、表情かな。ちょっぴり口元緩んだ笑顔が優しすぎて、あたしのこと見守ってくれてたんだなって、包み込んでくれてた感が全部伝わってきちゃったから。安心して、冷静になってそれが恥ずかしくってたまらなかった。
自分が赤ちゃんみたいに身も心も委ねちゃってたって自覚したから、みたいな。うん、そんな感じ。
「……ん、郁弥さん。ありがと」
「うん、どういたしまして」
たっぷり時間をかけて落ち着かせてもらった。体調は万全。気分も悪くない。むしろ元気いっぱいって言えるくらいに良い気分。
話を蒸し返すのもなんなので、郁弥さんにはお礼だけ言ってそそくさと元の位置に戻らせてもらった。抱きしめられて撫でてもらっている体勢はものすごく後ろ髪引かれるものがあったけど、そこは我慢。手を繋ぐことで耐えた。
それから、改めて窓越しの外へと目を向ける。
遠くまで一面の雪だった世界はなくなって、たくさんの家が立ち並んでいる。どれもこれも屋根に雪を被っていることには違いないから、雪景色というのは変わらないけど。
昨日今日と、よく考えればこんな風に雪化粧された街の風景を見ることはなかった。銀山温泉は温泉街で景観も特別だし、あとはほとんど田畑だったから。地味に感動。
「郁弥さん郁弥さん」
「うん、うん。なに?」
「ここどこ?」
「もうすぐ北山形駅だよ」
微笑んで頭を撫でてくれた。嬉しい。照れる。好き。
恋人の手をぎゅーっと握って、握り返してくる感触に頬が緩む。場所としては、もうすぐ北山形駅らしい。よくわからないけれど、駅名から行くとたぶん山形駅の近く。ということはもうすぐ着くのかな。
あたしの表情を見て察したのか、尋ねる前に先に教えてくれた。
「北山形駅の次が山形駅だね。今は十一時十七分?もうすぐ十八分かな」
と聞いている間に車内にアナウンスが入る。さっき聞き逃していたもの。北山形駅に到着とかなんとか。
郁弥さんは、ね?と言いながら笑った。彼に頷き返して、なんとも言えない感慨に浸る。あたし、割と寝てばっかりいたかもしれないわ。気のせいかしら。気のせいじゃないわね。
それだけ郁弥さんの傍にいるのが居心地良いっていうことなのかもしれない。この人、本当に安心感すごいんだもの。一緒にいて安らぐって相当よ?お布団みたいなものよね。幸せいっぱいに包み込んでくれるの。
「日結花ちゃん」
「んー」
「山形駅着いたらさ。どうしようか」
「……むー」
どうしようかな。
駅に着いて、それから新幹線の時間まで結構あったはずだから。お昼ご飯食べて、お土産見て……。
「……わかんないー。郁弥さん考えてー」
お隣にぽすりと身体をぶつけた。そのまま頬を押し付ける。"しょうがないなぁ"なんて笑いながらの声が降ってきた。あとなでなでも一緒に。ほんわかする。
「ふ、いいぜ。任せなっ」
「んふふ、どんなキャラよ」
楽しそう、かつ自信満々な恋人さんからはすぐに案をもらえると思ったら、普通に時間を取られた。結局は特に何も決まることなく普通に山形駅に着いてしまった。
もともと数分しかなかったとはいえ、着いちゃったものは仕方ない。時刻は十一時二十一分。電車の到着予定時刻ぴったりに山形駅に降り立った。
思えば、山形駅は初めて来る。
駅のホームに吹く雪混じりの風を浴びながら、旅行帰りなのに思ったよりも楽しみにしている自分に驚く。少しだけ笑って、どうしたの?と尋ねてくる恋人に首を振り、繋いだ手の隙間を埋めるように指を絡めた。




