表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/109

82. 山形線に乗って

 駅中のお土産屋さん、兼観光案内所、兼休憩室で過ごすことしばし。

 とりとめのない話を続けて、気づけば十時二十五分を過ぎていた。気分的には家にいるときと同じくらい。それくらいにはリラックスしている。さすがは巷で噂の恋人効果。

 他の観光客はまだこの暖かい場所から出るつもりがないのか、座ったまま談笑に勤しんでいる。あたしと郁弥さんは揃って顔を見合わせて、のろりのろりと身体を動かす。郁弥さんはともかく、あたしは立ち上がりつつも恋人の肩を借りて半分体重を持ち上げてもらった。

 荷物を持ち、無言で支えてくれる恋人に甘えながら部屋を出る。

 自動ドアを抜けた先の改札は寒かった。問答無用といった具合に冷気を押し付けてきて、ぬくぬくと温まっていた肌が急激に冷える。思わず入口(駅外への)を見ると、特に問題なく扉は閉まっていた。

 横にがらがらと引いて開け閉めをするちょっと年季の入ったドア。今度は反対側の駅ホーム側を見ると、そちらも同じくドアが閉まっていた。自動改札なんてものはないので、二つの入口が直接通じている。

 両方きちんとドアが閉まっているのにこの寒さは、そもそもの密閉構造が完全じゃないと考えられる。さむい。


「郁弥さん。手が冷たいわ」

「そうだねぇ……はい、これでどう?」


 駅のホームに立って。

 郁弥さんはあたしの手を取って自分のコートのポケットに入れた。一緒に自分の手も入れて、同じポケットの中でぴとりと手のひらが合わされる。指と指がくすぐられるように擦れて、少しだけこそばゆい。

 特に予兆もない行為だったので、一瞬理解が追い付かなかった。すぐにわかってすごいドキドキするはめになったけど。

 さりげなく、というか、自然と、というか。あまりにも当たり前にやってくるせいで、こっちがどれだけドキドキさせられることか。この人、本当にときどき少女漫画みたいなことを平然とやってくれる。恥ずかしいのも嬉しいのもあるけど、それよりなによりドキドキしすぎてだめ。ほんと、もう。だめだと思う。こういうのよくない。絶対よくないわ。


「……うん?日結花ちゃん顔赤いね。ふふ、照れてる?」

「う……ば、ばかね。あたしがこんなので照れたりなんかしな……しないんだからっ」

「そっか。うん。そうだねー」


 優しい目で見られた。顔見てられなくて逸らしちゃった。……うー、ポッケの中で手繋がれちゃった。うーもうドキドキするーっ!

 はぁぁ、もう早く電車来てくれないかしら。


「ねえ日結花ちゃん」

「ん、んぅ、なに?」

「ほら見て。すごい綺麗だ」


 顔が熱くてちらちらと隣をうかがっていたら、何にも気にしてないらしき恋人さんは今もふわふわと雪を降らせている空を眺めていた。

 線路の上だけを開けて他は大部分が雪に塗れ、駅のホームだって屋根の幅がそう大きくはないから、黄色い線の内側まで薄く積もった雪に覆われている。逆路線のホームとの間にぽっかりと空いた隙間から見える空は、灰白色一色で染まっていた。斜め上に寄せる視界には駅ホームの色越しにはっきりと雪が映る。

 彼の言う綺麗は、少しばかり物寂しい綺麗だった。


「……」


 電車の接近を知らせるアナウンスが聞こえるも、線路に近いわけでもないので気にせずそのままでいる。

 ただ、少しだけ。やっぱり少しだけ寂しさがあったから。だから、郁弥さんとの距離を縮めた。肩と肩がぶつかって、綺麗で寂しい景色を見ているのが一人だけじゃないことを伝える。

 さっきまでのドキドキが嘘みたいに気持ちが落ち着いていた。これが冬の、雪の、寒さの力だと思って少しだけ苦笑する。

 何も言わず、何も言われず。

 郁弥さんは一度あたしに視線を向けて、無言ですぐ空へと戻した。ただ繋いだ手に優しく力を込めて。

 そうして、きっと一分も経たない頃。電車の到着と共にガタゴトと、二人だけの冬の世界を壊すように大きな物音が聞こえてきた。

 ちょっぴりの名残惜しさを抱えながら、雪の空から視線を下げて隣へ持っていく。同じタイミングで郁弥さんが見つめ返してきたので、繋いだ手を解いてポケットから彼の頬に持っていってあげた。


「冷たい?」

「ううん、あったかい」


 あたしの手の上に自分の手のひらを重ね、柔らかく微笑む。あたしもさらりと薄く微笑んで、すぐに離して電車の到着を待つ。もうすぐそこまで電車がやってきていた。

 深緑色の帯を巻いた時間を感じる古びた電車。古いからぼろいというわけでもなく、整備はされて綺麗には見える。それでもやはり東京でよく見る電車とは違うので、それだけ長く使われているのだと思う。あと、二両編成で電車がすごく短い。

 そもそもの駅にいた人数が少ないので、この電車に乗る人も少ない。近場のドアは普通に開かなかったからボタンを押して開けさせてもらった。雪を踏んで、ついでにちょろっと雪を被りながら大石田駅を後にする。

 郁弥さんが閉じるボタンでドアを閉めるのを眺めつつ、窓ガラス越しに二日間の旅の窓口とも言える駅を見つめる。

 駅看板を見て、写真撮っておいてよかったと思う。いつか写真を見て、郁弥さんと一緒に過ごした時間のことを思い出して二人で笑い合いたいなぁ、なんて。まだまだ先のことになるかもしれないけれど、きっといくらでも話せちゃいそうな気がする。


「日結花ちゃん、座ろうか」

「ええ。座りましょうか」


 電車が動き出すのを感じながら、空席だらけの車内を見渡して人気の薄い適当な場所に二人で並んで座る。

 流れる景色はひたすらに真っ白で、雪、雪、雪と。雪しかない。どうせそのうち飽きるのだから見ているのも悪くはないのだけど、今は郁弥さんとイチャイチャしたい気分だった。よく暖房も効いていてあったかいし、これは二人でイチャつけというお達しなのかもしれない。

 あたしたち――あたしと郁弥さんは恋人なので、当然並んで座っている。ボックス席なんてものはなく、普通に横並び。正面に人はいないため景色がよく見える。距離感は割と普通、というか一人一席座っているような形なので、恋人だからといって()()そこまで近くはない。だから足がぶつかることもないし、手が触れ合うこともない。ただし、あたしは今、郁弥さんとイチャイチャしたい気分。そして神様からのお告げもあったような気がしないこともない。つまり、存分に恋人感を楽しめと言われているようなもの。


「郁弥さん」

「うん、なに?」

「もっと近くにいてほしいのだけど」

「いいよ、おいで」


 ぽんぽんと足元に置いたキャリーケースを叩いて呼んでくれた。すぐにそそそーっと距離を詰めて、郁弥さんの肩に自分の肩をぴとりと合わせる。服越しとはいえ、これだけ近いとやっぱり幸せ度が違う。


「えへへー」

「日結花ちゃんは可愛いなぁ」

「えへへ、そうでしょー?」

「うん、すごくすごく可愛い」

「えへ、えへへぇ」


 照れる。嬉しい。

 褒められて頭の中ぽわぽわで、郁弥さんになでなでされてしあわせになった。

 そのまま――そのまま、どれほどゆったりと撫でられ甘やかされ蜂蜜みたいなぬるま湯に浸かっていたか。携帯で時間を見れば、時刻は十一時近く。時間は流れても景色は変わらず、また人も変わらず。

 いくつかの駅を通り過ぎ、少ない人の乗り降りを終えて次へと進む。あたしたちの前横一列は対角線上に一人人が座っているだけ。どこで乗ってきたかは覚えていない。景色は雪のまま、停車した駅のホームも真っ白に染め上げられていた。

 ちらと、隣をうかがい見る。

 今はもう抱きしめてもらっていないし、撫でてもらってもいない。静かに手だけを繋いでいた。郁弥さんはじっと、窓を越えて雪を越えて、遠くの空を見つめるように真っ直ぐと視線を定めていた。


「……」


 恋人の、好きな人の横顔が綺麗で。不思議と安心させられるようで。ただただぼんやりと眺める。

 彼が何を考えているのか、思いを巡らせても予想はつかない。どれだけ時間を重ねても、どれだけ想いを通わせても。それでも人はそれぞれ"違う"人でしかないから。

 理解できないことが少し寂しくて、でも今はそれが嬉しくもあって。まだわからないことがある。まだ知らないことがある。まだ、この人のことを知っていける。まだ、この人のことを好きになれる。そう思うと、寂しさ以上に嬉しさを感じる。

 まるでココアみたい、なんて思う。温かくて、ほろ苦くて、甘くて。まあ、ココアは寒い季節じゃないとあんまり飲まないから人に当てはめるのはまた違うけどね。でも、これからも彼を、郁弥さんのことを好きになれるのはやっぱり嬉しいかな。


「郁弥さん」


 呼びかける。何か目的があるわけじゃない。何かしたいことがあるわけでも、何かしてほしいことがあるわけでもない。ただ、ただ。


「ね、何考えてたの?」


 明確な目的も理由もないけれど、あたしはただ、この人をもっと好きになるために言葉を交わす。きっと、人には想いを伝え合うために"言葉"なんてものがあるのだから。

 恋人が焦げ茶色の瞳を揺らめかせるのを見ながら、あたしは彼の横顔に向けて小さく微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ