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77. 朝の雪街を巡る

 銀世界の雲間に伸びる陽光を眺めることしばし。

 実時間はおそらく数分程度だけれど、それがどうしてかとても長く感じた。

 荷物は旅館の方で送迎バスへ持って行ってくれるため、持っているのはお財布と携帯程度。あと傘。一応郁弥さんはカメラも持ってきていた。さすがに三脚はついてないけどね。


「あと三十分くらいね」

「そうだねぇ。適当に見回るだけ見回ろうか」

「ん」


 頷き、手と手を繋いだまま歩いていく。積もった雪を踏むとむぎゅりと沈んで、かすかに重みを含んだ音が聞こえてくる。顔や手など、外気に直接触れる肌がずいぶんと冷たく感じた。

 ゆっくりと歩きながら空を見上げ、曇天から降り注いでくる白雪に目を細める。綺麗で、綺麗過ぎて。今日の雪は寒気のような冷たさをよく感じさせてくる。

 あたしの心がそれを思わせるのか、本当に気温が低くなっているのか。たぶん答えは前者で――。


「日結花ちゃん」

「ん、なに?」


 続く思考を溶かすように温かな声が聞こえてくる。するりと耳から胸の奥まで入り込んで、見つめる瞳にぽかぽかと全身へ熱が回っていく。


「上を見るのもいいけどさ、ほら。こっち」


 恋人の手に誘われ、視線を地面へと落とす。そこには植物、があった。雪被ってるし凍ってるように見えるけど、たぶん植物。観葉植物か何か、だと思う。


「これ、観葉植物よね?」

「うん。たぶんね」


 微笑む郁弥さんに釣られて、あたしもちょっぴり頬が緩む。

 これだけ冷たい世界で、雪に降られて凍りまでしても。それでもしっかりと生きて育っている植物がいた。なんとも穏やかで温かい気持ちになる。


「ふふ、葉っぱから氷柱つららできてるわ」

「ね。綺麗だね。こんなにちっちゃいところにも冬の景色が見えるんだから、やっぱり雪ってすごいよ」


 二人で軽くしゃがんで見つめる観葉植物たち。雪の塊が乗っかり、氷柱もできてどことなく珊瑚さんごのようにも見える。不思議な綺麗さがあった。

 見つめ合って微笑み合って、くすぐったさを感じながらゆったりと足を進める。雪を踏みながら、銀色の街を目に焼き付けながら。

 時々立ち止まり、写真を撮って。三脚もないのでぎゅーっとくっついて頬を押し付け合いながら携帯でツーショットを撮ったりもして。郁弥さんが自然にカメラで写真を撮ってくるから、あたしも負けじとぱしゃぱしゃ撮ったりもして。ゆっくり、ゆっくりと短い街中を通り抜けていく。


「……あ」

「ん?――あら、お土産?」

「うん。そうお土産」


 先日、というか昨日。観光中にこんな話をした。


『郁弥さん。なに見てるの?』

『なにって、お酒?』

『お酒買うの?』

『うん。地酒とかよさげだし。日結花ちゃんも飲む?』

『ん、飲む。でもあたしたち二人ともお酒弱いから、帰ってから、ね?』

『……うん』


 なんか脚色されているような気もするけれど、だいたいこんな感じだったはず。別に変な部分はないわね。いやらしさなんて微塵もないわ。そう思う人の心がいやらしいのよ。


「日結花ちゃん?」

「んー、なぁに?」

「……ショーウィンドウ見て百面相してるからどうしたのかと」

「あら、うふふ。なんでもないわよ?」


 百面相だなんて。おかしなことを言う恋人さんだわ。


「それよりあなたが見てたのお酒でしょ?」

「うん。お酒」


 改めてショーウィンドウを見ると、どれもガラスの瓶に入ったおそらく日本酒なお酒が並んでいた。そーっと視線をずらして入口の前に置かれてある看板を見れば、"地酒とおみやげの店"と書かれていた。山形の地ビール、すいかのお酒、さくらんぼのお酒とよくわかんないけど県の特産品関連のお酒だと思う。少なくともさくらんぼはそうだったはず。


「すいかって山形で有名だったかしら?」


 首をこてりと傾げ、お隣の恋人に尋ねる。無言で目線だけ返され、そのまま無言で携帯を弄り始める。状況を察して言葉を待つ。あたしは出来る女なのよ。

 数十秒後、郁弥さんがにっこり笑って教えてくれた。


「有名みたいだね。山形というより、銀山温泉のある尾花沢市で栽培されているらしいよ。尾花沢スイカって名前があるんだって」

「へー」


 さらっと流しながら、ありがとうの意味を込めて手をぎゅっと一度握った。きゅっと返される感触に頬が緩む。ちらりと目線を合わせたら柔く微笑まれた。幸せ。


「お店、入りましょ?」

「そうだね」


 そんなこんなで、そそくさと入店の鈴を鳴らしながらお店に入った。あたしは見ているだけ。ほんのり店内に目を向けながら、郁弥さんについていく。お酒とお土産と、看板通り色々と置かれていた。

 そう長居することもなく、ささっと買ってささっと出る。今回は決断の早い恋人さんだった。


「――包んでくれてよかったわね」

「本当にね。助かったよ」


 結局郁弥さんが買ったのはさくらんぼのお酒。三つセットの箱入りで、お酒そのものは大きめのジャムの瓶に入っているような可愛らしいものだった。透き通ったはちみつ色をしていて、中に赤いさくらんぼが入っている。鞄は銀泉花さんに預けてしまっているので入れられるものもなく、お店の人が丁寧な包装に銀山温泉柄の手提げ袋まで付けてくれて助かった。

 三つセットを買った理由は言うまでもなく、あたしたちの分とママとパパの分で三つ。そんなお酒強くないし分け合えばいいよねって話で、あたしと郁弥さんで一つ。ママとパパで二つ。あたしたちは本当にちょろっとでよかったからこれでいい。どうせ飲むときは家族で飲むんだし、美味しかったらみんなで分け合えばいいもの。


「日結花ちゃん」

「ん」

「今何時?」

「んー……九時十五分」

「なるほど……もうちょっと時間あるね」

「そうね」

「カレーパン食べる?」

「お腹減ってないからいらない。郁弥さんは?」

「僕もいらない。けど、持ち帰りで買おうかなって。ちょうど入れられる袋も手に入ったし」

「あー、それならあたしも欲しいかも」


 いつも通りゆるっとした話かと思ったら予想以上に魅力的なお話だった。お持ち帰りカレーパン。ほしい。普通にちゃんと買いたい。


「おっけー。じゃあ買っていこうか」

「んー」


 返事は適当に。同意の意味を込めて繋いだ手の指を絡ませた。ついでにウインクもプレゼント。くすくす笑う郁弥さんが可愛い。好き。

 もう時刻は九時も過ぎて早朝というわけではないので、お土産屋さんと同じようにカレーパン屋さんも開いていた。お店の看板と屋根とにしっかり雪が積もっているので、赤桃色と白色のコントラストがいい感じ。軽くぱしゃぱしゃさせてもらった。


「ええと、持ち帰りのカレーパンをお願いしたいのですが……」


 注文をする郁弥さんを横に、なんとなく店内をそれとなく見回す。二度目なので真新しさはないけれど、そういえばそんなものあったなというものを一つ見つけて口角が上がる。

 隣から"じゃあその五つ入りので"という配慮レベルの高い注文が聞こえてきたのはいいとして、あたしの中でこの後の予定が決まった。


「――ふー、日結花ちゃん」

「はーい、なに?」


 注文を終えてほっと息を吐いた郁弥さんからお声がかかる。適当に巡らせていた視線を恋人に合わせる。


「君の分も注文しちゃった」

「あ、ふふ、知ってる。ありがと」

「よかった。どういたしまして」


 相変わらず律儀な人。と、それより待ち時間よね。グッドタイミングじゃないの。


「郁弥さん郁弥さん」

「はい、はい」


 そっと袖を引いて名前を呼ぶ。くいくい引いてほんの数歩進んだ。言葉は発さずに、目で"それ"を訴えかけた。ちらりと目線が動いて、それからあたしの元へ帰ってくるのを見つめる。じっと見ていても飽きないのはいつも不思議に思う。

 人間、つまんないことでもすごく楽しく感じることはあるのよね。


「これを引きたいと?」

「んふふー、うんっ」

「ふふ、楽しそうだね。可愛いなぁ」


 にこにこと笑って頭を撫でてくる。嬉しい。あとちょっぴり恥ずかしい。

 さっきお店の中見回したら、お客さん何人かいたし人前はやっぱりまだ照れる。これからもちゃんと撫でてはほしいけど。


「も、もういいから。早くおみくじ引きましょ」


 時間とともになんとなく恥ずかし度が上がってきたので、するっと恋人の手を避けて"それ"――おみくじを指差す。ちっちゃな立て看板に"恋のおみくじ あなたの恋占ってみませんか? 一回100円"と文字が書かれていた。看板のすぐ下には透明なプラスチックケースにおみくじサイズの巻物がいっぱい入っている。色とりどりでお堅い雰囲気は全然ない。


「わかった。引こうか」


 一回百円なので、二人で二枚の硬貨を入れる。消毒用のアルコールが側に置いてあるので、それでささっと手を綺麗にしてケースに突っ込んだ。先に引いたあたしと続く郁弥さん。二人揃って紙テープで留められているおみくじを開ける。丸まったものを開くと、番号と恋みくじととある文字が。


「――ふふふー、ね、郁弥さん」

「……うん。その反応でなんとなくわかった。わかったけどどうしたの?」


 察しのいい恋人さんは好きよ。


「ふふん、はいっ」


 ひらりと、両手で伸ばしたおみくじを見せつける。郁弥さんの目がその文字を見てか柔らかく緩んだ。


「大吉かぁ」


 そう、なんとあたしは大吉を引いてしまった。

 こういうおみくじってたぶん良い運勢なやつばっかりだとは思うけれど、それでも大吉は嬉しい。特に恋愛絡みだもの。というか、現在進行形で恋人旅行の真っ最中なんだから嬉しくないわけがない。


「えへへ、郁弥さんは?」

「ん?あぁ、僕はほら」


 見せてくれたのは"吉"の文字。可もなく不可もなく、普通だった。この人らしいと思ってしまったのは、きっと惚れた弱みってやつ。どんな運勢でも良い風に捉えちゃってた。たぶん。


「んと、"物事には必ず原因と結果があるもの。恋の結果も日々の積み重ねからしか生まれない。会わなきゃ何にも始まらないわ"だって」

「朗読ありがとう」

「ふふ、どういたしまして」


 おかしなお返事だと思うなかれ。あたし、これでも声者ですから。読むのは大得意だし、お仕事そのものよ。


「出会わなきゃも何も、僕は日結花ちゃんとデート中だからね。このアドバイスは少し遅かったかな」

「んふ、そうねー。あたしとデート中だもんね」


 ほっぺたがゆるゆると緩んじゃう。


「それで、日結花ちゃんの方はなんて?」

「んー、待ってね」


 郁弥さんのおみくじを返す前にラッキーカラーが黒とラッキーアイテムがお財布ってことだけ頭に留めておく。続いて自分のおみくじを開き、二人で一緒に覗き込む。


「"段階を踏んで焦らず行けば恋は成就するわ。焦らず一歩一歩、ね"ですって」

「ほほー、なるほど……普通のアドバイスではあるけど」


 そこで言葉が止まる。顔を上げて横を見たら、ふわりと微笑む郁弥さんがいた。


「けど?」


 おみくじをそっと丸めて、手のひらに収めながら聞く。


「けど、今の僕ららしいなって」


 くすりと笑う恋人に、あたしも言われた言葉を思って納得の笑みがこぼれる。

 たしかに、あたしたちらしかった。焦ったこともあったけれど、ゆっくりゆっくり、一歩一歩関係を変えて歩いてきたから。この旅行も、またその一歩で。


「ふふ、ええ、あたしたちらしいわね」


 にっこりと、進んできた道を振り返って微笑んだ。

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