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75. 恋人な二人

 朝。八時半。

 銀山温泉の旅館、銀泉花の客室にて。二人、見合う。


「……」

「……」


 朝食を食べ終え、部屋に戻り、歯磨きやお手洗いを済ませ、お布団を片付けに来てくれた旅館の人を見送り、お化粧からお着替えまで済ませた。荷物の整理を終えて、部屋を見渡したらずいぶんと綺麗で広々と感じた。

 わざわざ座卓ざたくを横にずらして恋人と向かい合い、じっとお互いを観察している。

 かれこれ数分は経った、と思う。

 何をしているのか、ひたすらに見つめていて今さらながらにそんなことを思う。別に、飽きはこない。正直このままずっと見ていられる。好きな人のことだから、いつまでだって見ていられる。もちろんこの時間に理由がないなら、じりじり距離を詰めて飛びついたり抱きついたりしていたけれど。

 けれど、これには理由がある。恋人同士が見つめ合うのに理由がどうとか言うのはおかしなことだけど、ちゃんと理由はある。

 言うなればこれは、ファッションショー、コンテスト、コンクール、もしくはお披露目、顔見せ、そういった類の物。


「……僕はもういいよ」

「ん、あたしも」


 意思の確認は終わり、ここからが本番。数分間の結果がここで出る。


「どっちから話そうか?」

「んー、あたしからにしようかしら」

「おーけー、よろしく」


 聞かれて、さっさと始めるためにあたしから言わせてもらうことにした。

 郁弥さんは緊張している様子もなく、普段通りにふんわりとした微笑を浮かべている。かっこいい。けども、今はそれ以外の話をしなくちゃ。


「昨日よりラフな格好ね。上も下もふわふわしてる。そのふわふわシャツ、色だけ違う同じの持ってるでしょ?」

「うん」

「ふふ、見たことあったもの。ズボンもあったかそうね。紺色なのはあなたらしいけど、薄く柄――ドットね。すごく細かいけど、ドット柄のズボンなんて珍しいわね」


 上はふわふわ長袖茶色のポロシャツ。薄くアンティーク調のチェック柄になっていておしゃれしてる。下はふわふわあったか紺色ドット柄ズボン。ドットの細かさは、確かピンドットとか言ったような気がしなくもない。シンプルだけどこちらもちょっぴりおしゃれ感がある。

 昨日よりも格好はゆるっとしてる。あたし的には、こっちの方が好みかな。


「まあねー。ドット柄のズボンで持ってるのはこれくらいかな。冬の寒いとき用なんだ」

「ふーん、似合ってるわよ。昨日より今日の方があたしは好き」

「へへ、そっか。ありがとう」


 照れくさそうに笑う郁弥さんに釣られて、あたしもほんのりと口元が緩む。


「それじゃあ、うん。今度は僕が言うね」

「ん、お願い」


 和やかな雰囲気のまま、話の主導権を渡す。次は彼氏さんに服の評価をしてもらう時間。


「日結花ちゃんは、今日は昨日より大人っぽいかな。白いシャツはニット生地でふわふわだけど、やっぱりおとなしめの白だと落ち着きが伝わってくる。それに、スカートも丈が長いよね」

「ええ。これ、ミモレ丈って言うのよ」

「なんとなく聞いた覚えがあるかも。そっか。ミモレ丈ね。脹脛ふくらはぎくらいまであって、色もダークブラウン、ううん。グレーブラウンか。そんな色だから、淑女っぽいというか、楚々とした感じがあって綺麗だ」

「ふふふー、ありがと」


 綺麗ですって。そういった意図で、大人感重視でこの服選んだから、ちゃんとわかって褒めてくれて嬉しいわ。持って来て今日着たかいがあったってものよ。


「あと、タイツは変わらないんだね。やっぱりスカートだけじゃ寒い?」

「当たり前じゃない。あなたも靴下履かないと寒いでしょ?」

「うん。それはまあ。靴下にはしないの?」

「あたしが?」

「うん」

「んー、ほら、スカートってズボンと違って肌に触れていないでしょ?直接空気に触れる分、段違いで寒いのよ」

「あー、そうだね。やっぱり全体的に寒い?」

「いえ、太ももくらいまでなら結構あったかいわよ。服の生地もあったかいから、それなりにはちゃんと防寒になってると思うわ」

「へー、太ももか……」


 ぽーっと、考え事でもしているのか視線があたしの太ももに固定される。

 足を崩して座っているとはいえ、太もものラインがスカートの上からでも見えてはいる。別に彼に見られることへの抵抗はない。その下まで全部見せちゃってる仲なので、今さらとしか言いようがない。

 でも、ちょっぴり面白いことを思いついちゃった。それも二つ。


「ね、郁弥さん」

「ん?」

「スカートの中見たいの?」

「ん゛ん゛。い、いきなり何を言うのさ」


 喉が痛そうな声してる。そんなに変なことだったかな。予想以上の動揺っぷりにこっちまで驚いちゃった。ちょびっとだけだけどね。


「いきなりじゃないわよ。そんな熱い視線を向けられたら、そう思うのも無理はないでしょう?スカートの中じゃないなら膝枕してほしいとか?」


 今さら目逸らしても意味ないのに。あたしの太ももから移って目を合わせてきても、ばっちりその動き見ちゃってたのよ。あ、顔赤くなってる。


「ええと、膝枕は、うん。してほしいけどさ」

「ふふ、ええ。いつでもしてあげる」

「ありがとう。それと、なんで太もも見てたかだけど、別に太ももだけ見てたわけじゃないんだ」

「ふーん?」

「どちらかと言えば見ていたのはスカートで、なんていうか、やっぱりスカートって寒いんだなぁって考えてた」

「なるほど」


 苦笑から本音がよく見える。

 彼の気持ちもわからなくはない。実際に男の人がスカートを履く機会なんてあんまりないでしょうし、あたしも郁弥さんがスカート履いた姿はまだ見たことがない。いつか見てみたいと思う。


「いつか、履いてみましょうね」


 そっと、優しさをいっぱいに微笑んで伝えた。


「うん……うん?」


 しっとりと頷いて、それから何かに気づいたような仕草で瞳をぱちくりと瞬かせる。可愛い。


「いやいやいや。おかしい。いつか履かないから」

「気づいちゃったの?」

「そりゃ気づくよ」

「スカート、履きたくないの?」

「履きたくない」

「女装、したくないの?」

「したくない。というか、前に似たような話した覚えがあるな、これ」


 いつだったっけと呟く恋人さんを前に、あたしも同じように思考を巡らせる。

 言われてみれば、女装してみない?とか尋ねた記憶はある。それがいつだったかは覚えていないし、そこまで深く話していた気もしない。話の流れでさらっと、本当にさらっと話しただけな気がしたりしなかったり。

 まあ、なんでもいいかな。正直、そこまで興味ないし。あたしが好きな郁弥さんは今のままで十分だもの。


「とりあえず、スカートのお話は終わりね。お洋服の恋人チェックも終わったし、何かお話しましょ?それとも膝枕する?」


 聞きつつも立ち上がり、そそそーと座椅子を引きずりながら恋人の側に寄る。少し位置をずらしてもらって、隣に座る。ゆっくりと身体を倒して寄りかからせてもらった。温かくて、好きな匂いがして、自然に頬が緩む。


「これじゃあ、膝枕はできないね」

「えへへ、だめ?」

「ううん、いいよ。これでいい」


 甘やかされる心地よさに身を任せる。

 チェックアウトまで、まだ時間はある。こんなやり取り、家でもできる。あたしの家でも、彼の家でも。何度もやってきたし、これからも数え切れないくらいすることになる。時間の無駄だってたくさんの人が言うかもしれないし、頭の片隅であたしも思いはするけれど、やっぱりこれでいいってすぐに思い直す。

 家にいても、旅館にいても。二人で静かに寄り添い合って、心の近さを感じて、目一杯の幸せを感じられる。そんな時間が大切だから。

 あたしと郁弥さんは、これでいい。これがいい。

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