65. 同じ宿、同じ部屋、同じ布団。
雰囲気で同じ布団に入り、流れで向き合うようになり、空気でキスをして。結果、思ったよりすごい状況になった。
郁弥さんは左手をあたしの首の下から通して、右手はお腹の上から背中に回して。あたしは右手を身体の前に持ってきて、左手は彼の腰に置いて。脚もそれとなくふくらはぎ辺りから絡んでいるので、それなりに際どい。
あたしの右手が間にあるおかげで密着率は下がっている。置き場に悩んで持ってきた腕だけど、我ながら好判断だった。
「部屋、あったかいね」
同じ視線の高さにいる恋人からお声がかかった。眠気は感じさせない、かなりはっきりとした声音をしている。
「そうね。ちょっと暑いくらい」
二人でお布団に包まっているからか、浴衣越しに体温が伝わってくるからか。理由はいくつかあると思う。
ぱちりぱちりと瞬きをする恋人を見つめる。見つめ合っていると、それだけで体温が上がったような気もしてくる。
「そうだね。どうしようか。暖房消す?」
悩む。
「んーと。ねえ郁弥さん」
「うん」
「夜の気温とか覚えてる?」
「あ。覚えてない。調べる?」
「ん、調べる」
あたしは動きたくないので、検索は郁弥さんに任せた。
枕元にも電源はあるから充電はこっちでしてるし、手を伸ばせば携帯に届くとは思う。さすがにあたしのこと抱きしめたままどうこうするのは無理だったみたいだけど。
お布団からのそっと出て、膝立ちで携帯をいじっている。触れ合っていた人肌がなくなって、埋まっていたお布団にも空きができて、結構な寒さが襲ってくる。主に心が寒い。
きゅっと羽毛布団を引き寄せて顎まで埋めながら、恋人さんの言葉を待つ。
「日結花ちゃんやい」
「どうだった?」
「マイナス四度だって」
「わ、寒いわね」
「ね。あと今夜から明日の夜まで一日雪だってさ」
「え。それ、明日新幹線動くの?」
「……」
無言で目を逸らされた。
「もう、ちゃんと答えてよ」
「はは、どうだろうね。動いたらいいね」
そんな適当な答えをいただいた。
たしかに彼が言った通りのことなので、何か言おうにも言葉が出ない。動かなかったら困るけれど、どうもこうもほんとにどうしようもないから。
「明日のことは明日考えようよ。それより暖房どうしたい?普段だとつけてないよね?」
「ええ。うん。つけてない」
聞かれて気分を切り替える。どうせ明日も明後日も休みなんだから、そこまで深刻に考えなくたって平気よ。郁弥さんと一緒にいられる時間が伸びたって思えばいいわ。
暖房については、まだ少し悩む。普段は伝えた通り冬でもつけてない。ただでさえ声には喉が大事で加湿器ばんばん使って乾燥避けてるんだもの。暖房つけたままなんて寝られるわけないわよ。
ただ、今回はちょっと状況が違う。すごく寒い、なのに加湿器はない。濡れタオル干してるから一応加湿器代わりと言えばそうにはなるかもだけど。
「どうしようかなー。郁弥さんどうしたい?」
「僕に聞く?」
「ん。聞いちゃう」
だって悩むんだもん。
「じゃあもう消しちゃおうか?日結花ちゃんの喉大事だからさ。寒いのなら重ね着とか布団重ねたりしてどうにかできるでしょ」
「うーん、うん。そうする」
ぺたりと床に正座して見つめてくる恋人さんに頷いた。にこりとした微笑みがあたたかい。
結局、暖房は消しちゃうことにした。郁弥さんの言った通り寒かったら重ね着すればいいし、最悪お布団だって押入れにまだ入ってるし。それに。
「ねー郁弥さん」
「なに?」
「今日、一緒のお布団で寝るつもり?」
「……ええっと。ど、どうしようかなー」
くるりと姿勢を変えて枕に両肘をついて見上げれば、もじもじと手を合わせて指を組んだり離したりとせわしなくしている人がいた。声音はもちろん、全身から動揺がまるわかりで可愛い。
「ふふ、あたしはいいわよ。さっきもすっごくあったかかったし」
「そ、そっか。じゃあ、うん。一緒の布団で……お願いします」
「うふふー。一緒に寝ましょうねっ」
「う、うん」
可愛い恋人さんがとってもいじらしい。照れてる姿がかなり胸にくる。胸キュン度が高い。
「えーっと。日結花ちゃん」
「はいはーい。なにー?」
「あー、元気だね」
「んふ、誰かさんのおかげでねー」
「そうですか……。まあ、うん。そろそろ寝る?」
なんとも複雑な顔をして、それでもほにゃりと笑顔を見せてくれる。こっちも自然と口元が緩んでいた。
「ふふ、そうね。もう夜も遅いし、そろそろ寝ましょ」
「うん。じゃあちょっと僕お手洗い行ってくる」
「そう?いってらっしゃい」
「いってきます」
このタイミングでするにはおかしなやり取りをして二人で笑い合い、戸を開け閉めして歩いていく郁弥さんを見送る。
あたしもお手洗いに行きたいので、ちょっとだけ時間ができた。暖房を消し、少量のお水で喉を潤す。軽く窓側の障子を開けると途端に冷気が入ってきて、ふるりと震えるはめになった。外の寒さは時間を追うごとにひどくなっているらしい。予想通りと言えば予想通りだけど、実感するとやっぱり少し違う。
枕元の携帯を確認すると、時刻はもう二十三時半を過ぎていた。零時を回る前には眠っちゃいたい気持ちと、もっといっぱい郁弥さんとお話していたい気持ちが共存してる。
とりあえず、明日の起きる時間のことだけは話さなくっちゃ。
目覚ましの設定画面をぼーっと眺め始めたところで、トイレの水を流す音がよく聞こえてきた。暖房の音もなくなった分、本当によく聞こえる。ちょっぴりの羞恥と、一緒に暮らしているっぽい空気を感じて軽い笑いがこぼれる。不思議な気分だった。
「さむー。ただいまー」
「おかえり。あたしもおトイレ使うわね」
「あ、うん。いってらっしゃい」
恋人に"いってきます"とだけ返し、めちゃくちゃに冷たい床を踏み、かなり冷たい空気を吸い浴びながらお手洗いを済ませにいった。
ささっと済ませ、水で手を洗って拭いてとすると、冷水のせいか指がかじかんで手全体がひどく冷たくなっていた。
「……ふむ」
一つ思いついたことがあるものの、とにかく寒いところから暖かいところに戻りたいので急いで引き戸を開けてすぐ閉めた。
ほっと一息。振り返り、なぜか自分の布団の上で胡坐を作って座っている恋人さんを見つめる。
「ただいま。なにしてるの?」
小首をかしげて尋ねると、こちらににっこり笑顔を向けてきた。眩しい。可愛い。好き。
「日結花ちゃんのこと待ってた」
「あら。ふふ、じゃあもう少しだけそのままでいてね」
「うん。いいけど何するぅうひぅ!」
「えへへー」
ほっぺたを冷えた両手で包んであげた。触れた頬が温かい。手があったまる。
「ねね。冷たい?」
「冷たいよ!心臓に悪いからもうやらないで」
「えー、どうしようかなぁ」
抗議の色を宿す瞳を至近距離で見つめる。
じっくりと目を逸らさずにひたすら見つめ合っていても飽きがこない。恋人の頬を挟んでいた手が温まってきたところで、ふと思ったことを尋ねる。
「ねえ郁弥さん」
「なに?」
「あなたの目の色ってよく見たら焦げ茶色なのよね」
「そういう日結花ちゃんは近くで見たら明るい茶色だね」
これだけ近くで見ていると、瞳の細かいところまでよくわかる。真ん中の瞳孔は黒っぽくて、でも真っ黒じゃない。周りの焦げ茶色をもっと濃くしたような色で、遠めだと黒く見える。瞳孔の周りはたしか虹彩って言ったはずで、その虹彩が綺麗なダークブラウンカラー。郁弥さんらしい落ち着いた色合いがすっごく魅力的。
「僕、日結花ちゃんの目の色好きだよ」
「あたしも、あなたの目の色好きよ」
片頬から手を下ろし、肩を伝って手を合わせる。指を絡めて手先に向けていた視線を戻すと、ほのかに熱を帯びた瞳があった。視線が絡む。もう一方の頬に当てていた手をずらし、恋人の首に回す。引き寄せたのか引き寄せられたのか、少しずつ少しずつ距離が縮まっていく。
す、っと目を閉じてほんのり顎を上げた。そのままゆっくりゆっくりと――。
「――ん…ふ、ぅ……はふぅ」
触れていた時間はそう長くなかったはずなのに、とろりと甘く吐息が漏れてしまった。唇の熱さと柔らかさと、抱きしめられる心地よさに背筋が震えた。
目を開けるとこれ以上ないくらいに距離が近くて、吐息が混ざり合って気づいたらもう一度唇を重ねていた。
キスをして身体をくっつけて、痛いくらいに抱きしめて抱きしめられて、何度も何度も口づけを繰り返す。ぼんやりしているのに頭のどこかは冷静で。いつまでもずっと、全身で郁弥さんを感じていたかった。




