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63. 気楽な恋人同士の会話

 むむむと考えている恋人の両頬をつまんでむにむにと揉む。ぷにぷにつるつるもっちもちなお肌は触っていて気持ちがいい。

 お布団はぴったりくっつけて枕も結構近い位置に置いてあったので、あたしと郁弥さんの距離はちょうど枕一つ分くらい。この距離でじっくり見て触れていると、まつ毛の長さから唇のしわまではっきり見える。髭の跡も――。


「――ん、あれ?郁弥さん郁弥さん」

「んー、なに?」


 されるがままでいてくれた恋人さんから返事がくる。お堅い表情もほっぺたむにむにしてたらなくなってたし、ぽやぽやな顔にふわふわな声。いつも通りで落ち着く。


「ねえ、髭は?」

「髭?」


 跡はもちろん、毛そのものが一本も生えていない。ほっぺたみたいにつるっつるだった。


「髭なんてないよ。脱毛したし」

「脱毛!?」


 驚きで声量が上がってしまった。もう夜よ。小さく小さくウィスパーで。郁弥さんに聞こえるくらいでいいの。小声でね。


「……えっと、脱毛したの?」


 聞いてない。さも"伝えたよね"みたいに言われても困る。


「した、というかしてた。日結花ちゃんとお出かけするようになってからだから、だいたい三年前くらいからかな」

「へ、へえー。そんな前から……」


 全然気づかなかった。いつも肌綺麗だなぁとかは思ってたけど、そういう話はしてこなかったから。


「ない方が楽だからね。僕は髭が似合う顔立ちでもないし、肌荒れとか考えると脱毛しちゃおうって。日結花ちゃんに会うことも含めて、なんとなく気持ち切り替える意味でもさ」

「そう……。ん、まあいいわ。あなたにちょび髭とか無精髭とか似合わないのは事実だと思うし、あたしもつるつるな方が好きだから」


 髭剃りの手間がどうとか結構聞くものね。郁弥さんが肌荒れしちゃうって言うのもわかるし、三年前のことを今さら言ってもって感じ。


「僕の方は脱毛だけど、日結花ちゃんも全然生えてないよね?」

「んぅ?」


 髭のことかしら?なんて思ってたら、からりと笑って結構なことを言ってくれる。


「ほら、顔だけじゃなくて手も足も脇も、あと下もまるっきり生えてなぃぃたいっ」

「デリカシーっ!」


 手で触っていた顎と頬を同時に引っ張った。顎はともかく、頬はいつもよりちょっぴり強め。さすがに今の発言は聞き逃せない。

 別にそういう話をするのに抵抗があるわけじゃない。ただ、そういうのはちゃんと"そういう"雰囲気、場面のときに話してほしい。いくらあたしでも怒っちゃうんだからね。


「もうもう、まったくもう!どうしてそんなこと言うのかしらね!このお口が悪いの?ふさいじゃった方がいい?ねえ、そこのところどうなの?」

「う、ごめんなさい。口が滑りました……ふさいでください」

「ふーん……そ、そう」


 ちゃんと反省してくれて、しょんぼりと眉が下がっている。それだけじゃなくて、薄っすら頬も赤くしているのがずるい。あたしが言った手前しないのは変だし、郁弥さんの意図がわかっちゃって恥ずかしくなってきた。

 でも、するのはしないといけないわよね。ちゃんと。……しないとね。


「……ちゅ」


 間はたっぷり取って、目をぎゅっと閉じた恋人に口づけをする。これは悪いお口をふさいじゃうお仕置きでもあるから、すぐには離さない。すぐには、離れてあげない。

 音もなくキスを続けて、息継ぎのために離れてまたくっついて。心を通わせる温かな口づけが胸の内に涼風を吹かせる。やらしさも緊張もない、凪いだ心地だった。

 苦しくない程度に呼吸をしながら唇を合わせていると、毎回目を閉じなくてもいいんじゃって思うようになってくる。なんとなくキスの最中に目を開けてみたら、ばったりと目が合ってびっくり。つい笑いが漏れる。


「んーふふ、ふ、んん……ちゅ。ふふふ……ん、ふぅぅ。はー笑った。ふふ、もう。変なの。なんで目開けてるのよ」

「ふふ、なんでだろう。はは、いやなんか日結花ちゃんどんな顔してるのかなと思って」


 くすくす笑い合っておでこを合わせる。目の前にある瞳に光が踊っていた。


「どんな顔してた?」

「可愛い顔してた」

「んふ、そ。ありがと」

「うん。でもさっきはごめんね。さすがにちょっと無神経だった」

「ふふ、もういいわよ。それに、今なら少しくらいそういった話も付き合ってあげる」


 これだけちゅーした後だもん。イチャイチャしてたい気分。


「そっか。なら、そうだな。聞きそびれたけど、日結花ちゃんって全身うぶ毛すら生えてない?」


 言いながらあたしの手を取って、するりと浴衣の袖から中まで手を通してきた。肌を滑ってくる指の感触に背筋が震え、くすぐったさが生まれる。


「く、くすぐったいっ」

「やめようか?」

「ふっ、ふふ、言う前にもう止めてるじゃないの。二の腕まで上がってきて。その先はいいの?」

「じゃあもうちょっとだけ」

「きゃふっ」


 ゆるゆると手が上がってきて、結局脇まで入り込まれちゃった。ぎゅっと抑えるように彼の手を脇で挟み止める。

 ちゃんとお風呂で洗ったし汗は全然かいてないから、こういうことをしても大丈夫。結構恥ずかしいけど、これくらいなら、ね。


「あったかいな」

「そお?」

「うん。それにやっぱり、すべすべだ。脱毛とかしてないよね?」

「やん、動かさないでよ。ふふ、ええ。脱毛はしてないわ。たまーに薄っすらうぶ毛あったりするけど、それくらいね。ずっとこのまま。髪の毛以外全身つるっつるなの」

「そっかー。そういう人もいるとは聞いていたけど、こうも身近にいたとは」

「あら、生えてた方がよかった?」

「いや、正直どっちでも。女の人はムダ毛処理とか男より大変だって聞くし、それ考えたら日結花ちゃんは生えてない方がよかったかな」

「ふーん。たしかにあたしはそういうので苦労してないからわかんないかも。あたし以外にも全然生えてない人何人か知ってるし、だいたいみんな脱毛してるから苦労話は聞かないのよね。聞いてもお金かかったーくらい」


 一番高い買い物が脱毛だったとか、割と聞いた。もちろんお家とか車とかは別としてね。洋服で高いの買ってる人もいたけど、それでも十万円以下が多かったと思うし。処理が大変だーっていうのはあたしもテレビとかで聞いたことあるから、とりあえずそれがなくてよかったかな。


「それより、あなたはどうなの?」

「うん?」


 脇で挟んでいた手を外し、浴衣から追い出して姿勢を整えた。ぽすりと枕に頭を落とし、ちゅーする前の距離感に戻った。これ以上ないくらい近いのも好きだけれど、見つめ合うくらいの距離感もとっても好き。恋人してるなぁってそんな気持ちになれるから。

 指同士で遊ばせていると、これもまたイチャついてる感が強くて楽しい。


「僕の脱毛話?」

「違う。理性的な話じゃなくて、あった方が好きなのかない方が好きなのかって話」

「あぁそっちか。そりゃない方がえっちだし好きに決まって――はっ!?」

「ふふん、口を滑らせたわね」


 ぴしりと固まった姿も可愛い。口元がぴくっと震えていて、ちょっぴり悪戯したい欲が出てくる。


「うくぅ、ひどいもんだ」

「別にひどくないわよ。あなたが勝手に言ったんじゃない」

「そう、だけど」

「ふふ、ふーん。郁弥さん、生えてない方がいいんだ?よかったわね。あたしが天然のすべすべお肌で」

「……まあ、そういうこともあるよね」


 返事とも言えない返事をする恋人さんに笑いかけ、ゆるりと言葉を待つ。

 何も言わないあたしを見て、顔を赤くしたまま目を泳がせた。こちらがじっと待ちの体勢でいることを察してか、おそるおそると口を開ける。きょどきょどしてる郁弥さんも可愛い。


「え、っと。そういえば、日結花ちゃんリップしてるよね」

「ええ。してるわね。お風呂上がってさっきしたの」


 露骨な話題転換だけど、しょうがないから付き合ってあげましょ。彼が頑張って考えたお話だし、ついでに聞きたいこともできたし。リップクリームの話をしたのが悪いわ。ちゃんと教えてもらうんだからね。


「ふふ、いつものリップと違うのよ?何が違うかわかる?」

「え。うーん、香り?えっちな匂いがする」

「えっちな!?」

「うん。色っぽいような?少しドキッとする感じ」

「そ、そう……」


 純真な眼差しが、あたしの方こそ間違ってるんじゃないかって気にさせてくる。

 ううん、でもやっぱり、さっき塗ったリップは今日初めて使った………というか今のためにわざわざ持ってきたお高めなやつだし。薔薇のエッセンスとかハーブエキスとか入ってて、大人っぽい高級感ある香りなはずなんだけど。それをえっちな香りって……うう、あなたの頭の中がえっちなんじゃないの!?


「郁弥さんの頭の中、今ピンク色でしょ?」

「ええ……。そんなことないと思うけど」

「じゃあちゃんとリップクリームの違い考えてよ」

「あー。うん。そうだなぁ、ちゅーしたときはすごいぷるぷるだったね」

「ふふん、そうでしょう?」

「色艶もよく見れば綺麗だ」

「うんうん」

「保湿もよくできそうだね」

「たぶん?」

「とにかくいつもよりちょっぴり色気があって大人っぽく見えるよ」

「ふふふ。そお?ありがとっ」

「どういたしまして」


 満足したわっ!

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