53. 重くて実は軽い会話
「ねーいくやさーん」
「なに?」
「なんであたしのこと嫌いにならないの?」
「なんで?」
「あたしのこといっぱい好きなのは……えへへ、聞いちゃったけどね。なんでずっと好きなままなの?嫌いになっちゃったりしないの?」
「あー、また意地悪な質問来ちゃったか」
「えへへー、来ちゃった」
いい感じに身体も冷えてきて、横抱きに軽く抱きしめてもらうのがずいぶんと心地いい。ひたすらに密度の高いイチャつきをしていたせいか、今もまだその余韻が残っている。
多幸感に酔いしれるって、こんな気分なのかな。
「なんでかー。理由なんてないよ」
「そうなの?」
「うん。僕の愛は無限大だからね」
映画でありそうなセリフをいたって真面目な顔で言ってくれる。あたしの腰に回した手をぐいっと軽く引き寄せて向き合う体勢を作ったのも流れの一環か。本気で言っているのか演技で言っているのかわかんないのがずるい。どっちにしてもかっこいいから質が悪いわ。
「ふ、ふーん。それより顔近いから。ちゅーするわよ。いいの?」
まるでダンスでもするかのような姿勢。あたしが微妙に上半身をのけぞらせて、郁弥さんが身体ごと寄せてくるような、そんな感じ。ダンス開始というよりは、ダンスの終わりかも。ミュージカル映画とかでたまに見るやつね。
「――ちゅ」
「んん!?――にゃ、んぅ」
「ふふ、される前にしてみましたー」
「そ、そんな軽く言わないでっ。あ、だ、だめ。こっち見ないで!」
「やだ。日結花ちゃん今最高に可愛いから」
「ぅぅう、だめ、やっぱりだめー!!」
不意打ちキスをされて、どうにかこうにか恋人の腕から逃げ出そうと無理やりにげ――逃げられない!全然離れられないんだけど!?
「走ると危ないからね。顔見なければいいんでしょ?」
「ぁ……ぅぅ、ばか。ばかばか」
「ははは、とりあえずこれでいいよね」
よくない、とは言いたくても言えなかった。実際これでいいし。顔見られないから別にいい。完全にハグ、正面からの抱擁になったせいで色々当たってるから、あたしよりむしろ彼の方が心配になる。これで冷静さを保っていられる郁弥さんはやっぱり色々おかしい。
よし、あたしの頭もちょこっとは落ち着いてきた。
「……はぁ。もう!」
「うお、っと。そ、そこまできつく抱きしめるとさすがに緊張するんだけど?」
「自業自得よ。勝手にちゅーしてきた罰。お話の続きするわよ」
「このまま?」
「このまま」
「……りょうかい」
わかりやすく身体がこわばっている恋人さんはそのままにしておいて、何事もなかったのように話を進める。あたしの方のドキドキは無視。さっきまでの異常な恥ずかしさと比べたら全然マシだもん。
「郁弥さん」
「はい」
「嫉妬とかする?」
「え?するけど」
「どんなときにするの?」
「ど、どんなときって言われても」
困る、という言葉は聞こえてこなかった。なんとなく、考え込んでいる恋人さんの姿が目に浮かんだ。困った顔が可愛らしいあたしの恋人。あんまり答えが出なさそうだったので、こちらから例を出してあげることにした。
「んーと、例えばだけど、あたしがあなた以外の男の人と歩いてたら?」
「あー、そういう。時と場合によるよ、それは」
「そお?具体的に教えてもらえるかしら」
「うん。まず仕事ならあるよね。二人でも三人でも多人数でも。プライベートでも、街中で偶然会ってとかあるかもしれないな。それこそ昔の僕らみたいに」
「ふんふん、それで?」
「だから別に他の男の人と歩いていても気にしないよ」
「でもそれが事前に約束とかしてのお出かけだったら?」
「嫉妬しかしないよ。というかそれデートだと思うんだけど」
「まあそうね」
「デートはもうだめだね。二人きりで食事もだめだよ。嫉妬の嵐が吹く」
「ふむ、手繋いだりは?」
「悲しい。問い詰める」
だいたいわかった。でもあれね。思ったより優しいわね。もっと厳しくしてくれてもいいのに。
「つまり、あたしがあなた以外の男の人と一緒にいるだけで嫉妬はするってことね?」
「え?いや――うん、そうなる。仕事だろうがなんだろうが少なからず嫉妬はする」
「ふふ」
嬉しい。ちゃんとやきもちを妬いてくれるのがとっても嬉しい。不思議な優越感で満たされる。
「僕は、うん。それくらい嫉妬はするかな。日結花ちゃんはどうなの?」
「あたし?」
照れ気味に上ずった声で尋ねてくる恋人に聞き返す。
「うん」
「聞きたい?」
「え、うん。聞きたい」
若干戸惑い混じりな声色。
そこまで聞きたいなら教えてあげましょうか。あなたの嫉妬がどれだけ甘いか。あたしがどれだけ嫉妬深いか。
「まず、あたし以外の女の人と二人で歩いてるの見つけたら声をかけるわ」
「うん」
「それが知宵とかあたしの友達ならいいけど、そうじゃなかったらなんで一緒にいたか聞くから」
「うん」
「事前に教えてくれるならまだしも、そうじゃなかったら理由次第でお仕置きね」
「え?」
「一緒に食事なんてしてたらもう、一週間くらいあたしの家にお泊まりして監視なんだから」
「それは、別にいいよ」
「手とか繋いでたら切り落とすわね」
「ん?……んん!?」
「冗談よ冗談」
「冗談にしては声のトーンが低かったんだけど」
「それは置いといて。手とか繋いでたら、その女の人との出会いから今に至るまで事細かに話してもらうわ。第三者入れて、もちろんその人も入れてね。信用できないけど一応噓発見器も使うわ。あと誓約書とか書いてもらうから」
「……僕、愛されてるなぁ」
「ふふ、今さらわかったの?」
す、っと身体を離して恋人の顔を見る。そこには苦笑に微笑が重なって、喜んでいいのか困ればいいのか、あたしにも判断できないくらい複雑な表情が浮かんでいた。
「言葉にされると違うってわかった。日結花ちゃんがすごい嫉妬深い子だってよく伝わったよ」
「嫌いになった?」
「まったく。大好きだよ」
「あたしも大好き」
小難しい顔は消え去って、二人で笑顔の交換をすることになった。郁弥さんには優しい笑みがよく似合う。またまた実感してしまった。
「それじゃ、次のお話ね」
「いいよ。お次の質問は?」
「もしあたしがあなたのこと好きじゃなくなったって言ったらどうする?」
「うわぁ、また面倒くさいの来た」
「ちなみに、あなたからそう言われたら徹底的に問い詰めて追いかけ回すわ。五年くらいはずっとそうして、その後は定期的にちょっかいかけて一生あたしが勝手に面倒見ちゃう」
「それ、ストーカーでは?」
「悪い?」
「一切悪びれていないと、まるで僕が間違っているかのように聞こえるんだね。不思議だ」
「ふふ、あなたが間違ってるのよ。そもそも前提として、あなたがあたしのこと好きじゃなくなるわけないでしょう?」
「自信満々なことで」
「違う?」
「違わないから困る。というか、それを言っちゃおしまいだよ。日結花ちゃんだって相当のことがなきゃ僕のこと嫌いにならないんじゃない?」
「うふふ、まあねー」
見つめ合いながら、二人してくすくす笑う。いちいち表情が変わって見ているだけで楽しい。郁弥さんとのお話はこれだからやめられない。ついつい時間を忘れちゃう。
「話を戻そうか。なんだっけ。もし日結花ちゃんが僕に"あなたのこと好きじゃなくなったの、さよなら"とか言ったら――ぬぐ、自分で言っててダメージが大きい」
「もう、おばかさん。よしよし、ぎゅーってしてあげるわね」
「うわ待って、また感触がああぁぁぅぅう」
「ぎゅーーっ」
「うぬぅ……」
むぎゅっと優しく抱きしめてあげたら嬉しそうな声があがる。何かをこらえてそうな雰囲気なのは知らない。どんな声だろうと嬉しそうにしか聞こえないもの――あら。
「――ふーん」
「す、すごくにんまりしてそうな声が聞こえるっ」
「ねー郁弥さーん」
「は、はい」
「当たってるわよ」
何がって、なにが?
「そんなの僕が一番知ってるよ!少しは離れようとしてほしい――ていうか日結花ちゃん、なんでそう余裕あるの?」
「え?なんでって――なんでかしら」
言われてみて自分でも疑問に思う。今までだったらこんな展開絶対羞恥心で悶絶してたはず。なにしろ、直接的にここまで密着して触れてるのは初めてなんだし。ここまで全裸で触れ合ってきた郁弥さんがよくもまあずっと自然体でいたことがまずびっくりではあるんだけど、今はそれは置いておいて。
別に恥ずかしくないわけじゃないのよ。身体を触れさせているのは照れるし、彼が触れるのも恥ずかしいし。でもなんていうか、結構な時間こうして全裸で抱き合ったり触れ合ったりしてるからか、慣れちゃった、かも?頭が沸騰しそうなくらいの動揺はしなくなった感じはある。むしろ、さっきの嫉妬の話みたいにちゃんとあたしのこと意識してくれてるんだ、って嬉しい気持ちがあふれてくる。うん、たぶんこれ。羞恥心より喜びの気持ちでいっぱいだから割と余裕なんだと思う。
さすが郁弥さん。恥ずかしさなんて気にならないくらいあたしを嬉しくさせてくれる。かっこいい。好き。
「うふふー、なーいしょ。教えてあげない」
「く、あぁもう。もういいや。諦める。これからは色々あれだろうけど気にしないで」
「んふふ、はーい」
「はぁぁ……なんだこれ、めっちゃ恥ずかしい」
ぼやく郁弥さんもまた可愛いわ。




