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【特別編】サプライズお誕生日おめでとう夜デート

 夜。朝一から歌劇をして、午後にはちょっとしたナレーション関連のお仕事をして。割と急いだつもりでも、目的地に着いたのは十八時過ぎだった。

 季節は春。桜咲き誇り、つい数日前には満開を迎えた。気温もぐんぐんと上がり、夜になって外にいても肌寒さは感じない。薄いブラウスに同じく薄い羽織と。これだけで良い季節になった。そして日付は四月の一日。世間はエイプリルフールに騒ぎ、少し前にあたしもエイプリルフールがどうとかの収録を済ませたりした。今日も歌劇でそんな話したし、みんなしているんだとは思う。

 でも、あたし"たち"にとっては今日この日はそれだけで終わらない。四月一日は、なんといってもあたしの恋人、藍崎あおさき郁弥いくやさんの誕生日だから。

 手で遊んでいた携帯に視線を落とし、SNSアプリのNEMUを開く。一番上にあるのは郁弥さんとの会話履歴。


【お誕生日おめでとー】

【ありがとう】

【もう二十七歳ね、あなたもアラサーかしら?】

【わーつら。アラサーかぁ。日結花ちゃんいくつだっけ】

【はたち】

【わっか。僕も二十歳だったならなぁ】

【あたしは早く年取りたいけどね】

【ふふ、今だけだよ】


 その後は返事をせずにお仕事へ行ったので放置。今日なにをするかは考えているので、これからそれを実行しようと思う。

 NEMUの通話ボタンをタップし、電話をかける。十八時過ぎ、ちょうど彼のお仕事が終わったくらいの時間。

 ぷるぷると発信音が鳴り、数回経った後に声が聞こえてきた。


『もしもし、日結花ちゃん?』

「はろー。元気?」

『うん、元気。どうしたの?』

「えへへ、今日は何の日か知ってる?」

『僕の誕生日だけど』

「そうでーす」


 向こう側はちょっぴり騒がしい。誰かと一緒にいるのかもしれない。地味に嫉妬。


「ね、それよりあなた今暇?」

『うん。駅に向かってる途中だし、もう帰るところ』

「そ。ならこれから橋見(はしみ駅まで来てくれない?」

『え、これから?』

「うん。ほらほら、そう遠くないでしょ?三十分もあれば着くわよね?」

『いやまあ、そうだね。たぶんそれくらいで着く。もしかして、もう橋見駅にいる?』

「んふふ、なーいしょ」


 その通りだけど、秘密。急がせたいわけじゃないし、来てくれればそれでいい。


「郁弥さんって、明日お休みにしてたでしょ?」

『うん。日結花ちゃんに頼まれたし』

「ふふ、実はあたしもお休みなのよ」

『それは知ってる』

「あら、そうだったかしら。まあいいから、とにかく橋見駅に来てね。改札出て左側にいるから」

『りょーかい』


 電話を切って、顔を上げる。仕事帰りの人の波に、人工的な明かりが照らす広場。夜空は遠く星は見えない。なんとも都会らしい景色だった。これでも東京の都心とは比べものにならないのだから、文化の発展はすごい。

 駅前で恋人を待っているのはあたしだけか、それとも他にもいるのか。こっそり視線を巡らしてみると、男女問わずそれっぽい人影が見えた。大きなデパートやショッピング用の建物があったりするだけあって、カップルもそこそこいるみたい。

 早く郁弥さんに会いたい。待ち遠しい。気持ちを抑え、ほっと息をつく。もう少しだけ、このもどかしさは続きそうだった。




「日結花ちゃん」

「あ、郁弥さんっ」


 待っていると長いもので、三十分という時間が結構な長さに感じた。ぼんやり人の波を眺めていたら横からダーリンの声がかかる。身体ごとそちらを向くと、もう二歩先には恋人の姿があった。

 地味な茶色いズボンに渋い紺のロングシャツ。ボタンは上三つまでしかない。あたしとデートするときよりも地味さが上がって、結構なラフスタイルを取った姿をしている。たまーに見たことある、郁弥さんのお仕事用私服だった。


「いーくやさーんっ」

「っと、ふふ、こんばんは」

「えへへー、こんばんはー」


 距離を詰めて抱きつく。あたたかく抱きしめてくれて嬉しい。ふわふわぽかぽか、恋人の体臭が鼻をくすぐる。好きな匂いに包まれて、幸せいっぱい。


「ね、郁弥さん。お誕生日おめでと」


 恋人の胸から顔を離し、しっかりと目を合わせて伝える。


「あはは、ありがとう。嬉しいな」

「えへへー、あたしも嬉しい」


 にこにこ。こんなにも幸せいっぱいなカップルはたぶん他にいない。あーなんか色々考えてたけどこのまま帰って二人でずーっとイチャつくだけでもいいかもなぁ。うーでも、せっかく来てもらったし……。よし、動こう。


「えっと。それで郁弥さん。今日来てもらった理由なんだけど」

「あぁうん。僕も聞こうと思ってた。どうして橋見駅?僕は近いから助かったけど」


 疑問符を浮かべる恋人さんに頷く。

 彼の家はここからそう遠くない。電車で十分と少しもすれば着くし、お仕事してる場所だってそこから遠くないので、今日はこんなにもすぐ来てくれた。対してあたしの家はここからだと結構かかる。四十分、五十分はいかないかな。たぶんそれくらい。あんまりここで降りたりしないから知らないのよね。


「うーんと、実は今日夜デートしようと思って」


 ずっと黙っているのもなんなので、さっさと本題を伝えてしまう。そう、今日は夜デートをしようと思っていた。別に不健全不純な意味はなくって、普通に普通の夜デート。


「へー、夜デート?」

「ん、ご飯食べたりもしたいけど……あ、お腹空いてる?」


 ちらりと時計を見る。時刻はちょうど十八時四十分。まだ少しは余裕があるとはいえ、ご飯食べてたら時間がなくなっちゃうのは間違いない。


「うーん、そこそこかな?今すぐじゃなくてもいいよ。その様子だと何か予定入れてるでしょ?」


 ふふりと笑って言う恋人さんにほんのり顔が熱くなる。嬉しいのと恥ずかしいのと、二つが混ざって変な感じ。


「え、ええ。うん。映画見たいな―って思って」

「おー、映画か。遅い時間に見るのは僕ら初めてかな?」

「そうなのよ。サプライズお誕生日おめでとう夜デートで、まずはレイトショーの映画はどうかなーって思ってたんだけど」

「いいよ。行こう。サプライズってことなら、いくつか上映中のも見繕っているんでしょ?」

「ふふ、察しがいいわね。一緒に見たいなって思ったやついくつか調べておいたわ」


 二人で話しながら歩いていく。自然に手を繋ぎ、映画館まで五分程度の距離を進む。指を絡めた恋人繋ぎに肩が触れ合うくらいの距離感と、どこからどう見ても恋人同士な空気が嬉しい。

 郁弥さん、疲れてるはずなのにね。明日明後日と休みにしたって、疲れ一つ見せずあたしに付き合ってくれるんだから。もう、好き。


「郁弥さんさ、疲れてないの?」

「疲れてるよ」

「なのにあたしとお話してデート付き合ってくれるの?」

「うん」

「どうして?」

「そりゃ日結花ちゃんのこと好きだし。それに疲れてはいるけど、日結花ちゃんと話してたらあんまり疲労も感じないんだよね。幸せいっぱいな気分でさ」

「ふーん…」


 嬉しいことを言ってくれる。お礼にむぎゅっと彼の腕を抱きしめてあげた。


「えへへぇ」

「そういう日結花ちゃんは?疲れてないの?」


 くてりと首を傾げながら聞かれ、むむっと思いながら答える。


「あたしも疲れてるわよ」


 お仕事してきたし、今日は結構忙しかったもの。さすがにライブとかそういうのとは比べものにならないけどね。やっぱり疲れるものは疲れる。


「それなのにサプライズデート考えてくれたの?」

「ん、だって郁弥さんのお誕生日だもの。あたしも明日明後日お休みにしたし、今日はずーっと一緒にいたかったから」

「そっか。ありがとうね」

「ふふふー、どうしたしましてっ」


 なでなでしてもらっちゃった。嬉しい。これだけでもう今日ここまで来たかいがあったってものよ。癒される。

 イチャイチャしながら歩いてちょっと。映画館に到着した。映画館の入っている建物へ入り、エスカレーターに乗り自動ドアを抜ける。

 赤い絨毯に暖色系の目に優しい明かり、そして漂うポップコーンの香り。映画館特有の匂いが広がって、お腹がくぅと鳴った。


「あはは、日結花ちゃんの方がお腹空いてるみたいだね」

「も、もう。言わないでよ」

「ふふ、少し食べ物も買おうか。僕もお腹空いてきちゃったし」

「ん、買う」


 食べ物や飲み物を買うと決めても、その前に決めなくちゃいけないものがある。一番大事な映画そのもの。

 あたしがピックアップして、レイトショーとしてやっていたのは三本あった。一つが定番の恋愛もの。制作陣が昔の有名な映画に携わっていたとかで、泣ける映画ってかなり評判がよかった。二つ目はアニメーション映画。子供から大人まで楽しめる、あたしも吹き替えしたことがあるRIMINEYシリーズの一つ。そして三つ目が、アメリカの親子の人生を描いたハートフルムービー。重たい話じゃなく、笑いあり泣きありでじーんと来るとか、そんな内容って書いてあった。ちなみに字幕だけ。


「郁弥さんはどれがいい?」

「日結花ちゃんはどれが見たいって思ったの?」


 聞かれるとは思ったけど、やっぱり聞かれた。この人のあたし至上主義は異常なので、最初はこう聞かれると絶対思ってた。


「あたしは全部よ。どれも見たことないし、あなたとならどれ見ても楽しめると思ったわ」


 恋愛映画は言うまでもなく、RIMINEY系列ならこれまでも楽しめたし楽しめないわけがない。ハートフルな内容は彼好みでたまに見たりしてきたので、これはこれで楽しめるはず。


「うーん、そっか。じゃあ、これで」


 あたしに決めてと言わなくなったのは、それだけあたしたちの間に壁がなくなったから。恋人になって色々やっちゃった(変な意味はない)関係ともなれば、遠慮も減るというもの。

 彼が指差したものを見て、悩むことなく決めたのも含めて満足感に浸る。選ぶのはそれだと思ったのよ。


「あー、これ選ぶってわかってた?」

「んふふー、わかってたー」


 ゆらゆらと繋いだ手を揺らし、そっと離してから身を寄せる。軽く抱きしめてもらう形を取って短いハグをした。はー幸せ。

 彼が選んだのは予想通りにハートフルなアメリカ映画だった。字幕とか関係ない。券を買い、時間までまだ二十分以上あるのでゆっくりと食べ物窓口に並ぶ。

 ポップコーンの気分じゃないので、ホットドッグやチキンサンドを選ばせてもらった。二人で三つ分。分ければお腹にもちょうどいいくらいになる。まあ、これで夕食入らなかったら帰って食べればいいわね。今日は郁弥さんのお家行くわけだし。二人で食べるのには変わりないわ。


「はむ……んー、美味しい」

「……ふむむ、あーお腹が喜んでる。お腹空いてると本当に美味しく感じるよね」

「うん。空腹は最高のスパイスって言うもの」


 適度にふーふーしながらはむりはむりと食べていく。数口食べて思った。


「ねえ郁弥さん」

「へい」

「食べさせ合いっこする?」


 ぴたりと、彼の動きが止まった。ぎこちない動きでこちらを向き、困った顔をして口を開く。


「……ここで?」

「もちろん」


 即答させてもらった。ここでするというのを理解した上で言ったことだもの。


「まあ、うん。別にいいよ。人前でするのには慣れた。それに、そんな人いないから」

「えへへ、そう?ありがと。じゃあはい、あーん」

「あー……ん……。うん。照れるけど美味しい。味は変わらないね」

「あら、もっと美味しくなったりしないの?」

「ふふ、じゃあ今度はこっちが。はいあーん」

「あ……はむ。ん…んー、ほんとだ。味変わんないかも。ふふ」

「そうでしょ?」


 食べさせ合いっこでイチャイチャ分を補給しつつ、食べ終えてごみを捨ててお手洗いで口をゆすいだりして、お口すっきりさせるためのお菓子食べたりもして。話していたらすぐに映画の時間になった。


「行こうか」

「ええ、楽しみね」

「うん。どんなんだろう。前知識ゼロだとまた楽しみだ」

「ふふー、郁弥さんが楽しそうであたしも楽しいわ」

「そう?」

「うん。だって今日はあなたのためのデートなんだもの」

「そ、そっか。なんかそう言われると恥ずかしいな。嬉しいけどさ」


 顔を赤くする恋人さんが可愛くてむぎゅむぎゅと抱きついたら抱きしめられたりとしつつ、劇場内に進む。人影はまばらで、遅い時間もあってか静かに待っている人が多い。ポップコーン買ってる人がほとんどいないって、やっぱり客層が時間帯で変わるからよね。騒がしいのも嫌いじゃないけど、こういう映画館も好きかも。

 できることなら、二人っきりでロマンチックに映画見たりもしたい。いつかしましょ、いつか。



 映画も終わり、感想を言い合いながら夕食を食べる。場所は映画館近くのレストランにした。これも予約とかはしてなくて、空いているところにさっと。時間も遅く、もう二十一時が近い。居酒屋と違ってお酒もないお店だから、お客さんもそう多くない。ていうか二十二時に閉まっちゃうから長居なんてできない。


「郁弥さんさ、このあとどうする?」

「いや、帰るけど。日結花ちゃんは?」

「あたし?ついていくけど?」

「そうだと思った」

「ふふ、わかってた?」

「まあね。僕がどれだけ君のこと好きだと思ってるの?」

「えー、世界で一番くらい?」

「だいたいそれくらいかな」

「えへへ、あたしもそれくらい好きよ」

「嬉しいよ、ありがとう」


 そんなこんなで。

 いつもよりかはお互いに疲労がたまっていたせいか、テンションが落ち着いていた。気持ち静かに、のんびりと夜のデートを続けていく。

 映画を見て、ご飯を食べて、短い散歩をして。満開過ぎて散っていく夜の桜吹雪がとても綺麗で、不思議な美しさに二人揃ってじっと眺めちゃったりもして。

 感動的で、感傷的で、彼の家に着いたあとはもう、ひたすらだらけた。お風呂とか歯磨きとかだけしたら、ごろごろイチャイチャと。甘えて甘えられてのとことんに甘い時間を過ごしていった。

 いろんなことに一喜一憂して楽しむデートもいいけれど、こうして穏やかにのんびりゆったりだらりとするデートもすごい素敵だって、心の底から思う。


「郁弥さーん、腕枕ー」

「はいどうぞー」


 お布団に潜り込み、ぎゅっと恋人の腕に収まる。

 今日は郁弥さんのお誕生日。幸せいっぱいって言ってくれたし、夜デートしたかいがあったかな。明日もまたずっと一緒にいられるから、もっともーっと、幸せであふれた一日にしよう。ね、郁弥さん。


「ん?どうかした?」

「んーん。なんでもない。郁弥さん、大好き」

「ふふ、僕も大好きだよ」


 もう一度強く抱きついて、今は今の幸せを存分に味わう。郁弥さんが見せた微笑みは、やっぱりかっこよくて可愛くて優しくて、いつもと変わらないあたしの大好きな笑顔だった。


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