35. 真面目にお食事
何か恥ずかしいやり取りがたくさんあったような気はするけれど、時間を置けば落ち着くのがあたしたち二人。まだ頬が赤いとか、目が合わせにくいとか、そういうのは気にしない。それよりも夕食がたくさん残っているので、そちらの方が大事。ていうか、まだそんな食べてないし。
「ね、郁弥さん。どれから食べる?」
「お、あーん大会は終わり?」
ふふ、っと悪戯っぽく笑って言ってくるお隣さんには笑顔を返す。パーフェクト他所行きスマイルを見せれば。
「うお、久しぶりに日結花ちゃんの営業スマイル見た」
「どう?可愛い?」
「うん。可愛いよ」
さわさわと頭を撫でてくれたので満足した。しかもちゃんと、"僕は普段の君の方が好きだけどねー"と続けてくれたのも好意ポイントが高い。
「あーん大会だと全然ご飯進まないし、お肉冷めちゃうでしょ?だからそろそろ普通に食べたいなーって」
「なるほどね。ちょうどこの……た、高台かな。漢字が読めない」
くーっと身体を動かして恋人さんの持つお品書きを覗き込む。顔の近さにいつも通りちょっぴりドキドキしながらも、これまたいつも通り平然と話を進める。
「なになに?……調べた方が今後のためになると思うわ」
「……うん。ちょっと待っててね」
仲居さんはぱっぱとお料理を置いて戻ってしまった。説明は受けたけど、お品書きに書いてる名前通りには聞いていない。"こちらは~"とか、"このお料理は~"とかそんな感じだった。追加で持ってきてくれたお料理は三品。そして最初からお盆の上に置いてあった固形燃料の上のお皿に火が通って、食べられるようになったものを加えて四品。ついでにご飯も先にお願いしちゃったから、結構机の上がいっぱいいっぱいだったりする。ていうか、置き場がなくて一部床の上にお盆を置いて載せてあるし。
個人的には、もうちょっと机が大きくてもいいと思うのよね。横に並んで座って食べてるから文句も何もないけど。たぶん、お部屋的にこれ以上机が大きいと邪魔っぽくなっちゃうのよ。わかんないけど。
ぽやぽや考えながら恋人を待ちつつ、つまみ食いに高台とやらを食べる。これはお品書きにお肉の温泉蒸しと書かれてあって、火が通って蓋を開けたら良い色をしたお肉とお野菜とがお皿に収まっていた。
見た感じ、ちっちゃなお鍋みたい。あれよね。タジン鍋とか、そんな感じよね。蒸し料理だし。温泉蒸しっていうは知らないけど、たぶん温泉でも使ってるんだと思う。もしくは土地にちなんだお料理名なだけとか。
「わかったよー」
「ん、どんなだった?」
お肉は避けて先にお野菜をつけ汁で食べてみた。普通ね。普通に美味しい。
ぽやぽや郁弥さんがネットの海から帰ってきたので、携帯に視線を落とす横顔を眺めながら聞く。この人、横顔もかっこいいわね。
「高台だって。割と情報量少ないんだけど、下部分に突起がある器を言うみたい。ただ、会席料理の形式としては固形燃料が入った台座含めて高台って言うのかもしれない」
「ふーん……高台、高台ね。覚えたわ。さ、食べるわよ」
「うん」
改めての食事を始めた。隣同士で座っているので、真面目に食べ始めると目が合うことは減っていく。向かい合っている場合は顔をあげるだけで相手の顔が見えるけれど、隣だとそうはいかない。その代わりに、互いの距離が一ミリもないくらいにくっついたりできる。足とか腕とか肩とかね。
「このお肉美味しいな……」
「高いお肉使ってるのよ。旅館ってお夕食が一番お金かかってるって言うじゃない?」
「聞くね。でも、うん。ここは食事より温泉でお金取ってもいいと思うけどね」
言って、もぐもぐと高台の質良いお肉を食べていく。野菜を食べて、お肉を食べて、ご飯を食べて。はむはむと口に運んでいく食事風景は見ていて飽きない。
「……んむ」
「……」
「………んん」
「……」
「……あー……」
「……」
「……ええと、何か?」
ぽーっと見つめていたら声をかけられた。頬が朱色になっていて可愛らしい。困りがちな眉があたしお気に入りな表情の一つで頬が緩む。
「ん?あたしに聞いた?」
「うん。ずっと見てたでしょ?」
「うん。見てたわね」
「ご用件は?」
「ないわよ?」
「……そっか」
「そうよ」
「……見ていて楽しい?」
「とっても」
「そうですか」
「ん」
頷きはしたものの、ずっと見ていたら自分の食事が進まないのでそっちを進ませることにした。彼と同じように野菜やお肉を食べながらご飯も食べて、続けてお魚も食べる。茗荷が乗った西京焼き。まだほんのり温かくて身がほくほくとしていた。美味しい。
「日結花ちゃんって茗荷好き?」
「普通」
「ほー」
「あなたは?」
「僕も普通。昔は苦手だったけどね」
「あーわかる。あたしも前は嫌いだったかも」
「そうだよねー。なんか辛いし独特の味だし」
「ふふ、今でも嫌いなんじゃない?」
「ちゃんと美味しく食べられるから嫌いじゃないですー」
「んふふ、そう?」
「そうそう」
食べたお料理の感想を言い合いながら、お品書きを見てどんどん消化していく。最初は"朝早かったしお昼も食べてないから、これくらい簡単に入るわ"なんて意気込んでたけど、食べていけばこれが案外お腹に溜まるもので。お米とかお芋とかまんじゅうとか、お腹に溜まる系のものが多くていっぱいになってきた。
「ふぅ、結構食べたね」
「ね」
「僕は蒸し物の野菜が予想より多くて胃にきつかったかな」
「あたしは芋煮かしら。美味しかったのだけど、やっぱり量が多いとお腹に溜まるわ」
運ばれてきたお料理はほとんど食べ終わって、今目の前にあるのは中華スープだけ。ただし、ただの中華スープじゃない。フカヒレ餡ベースの大きな野菜がいくつか入っているスープ。絶対にこれはチンゲン菜が重いとわかる。ていうか片栗粉使ってる時点で重いのよ。餡に片栗粉使ってるかどうかは知らないわよ?他にもあるでしょうし、適当よ適当。
「……むー」
「うん?もうお腹いっぱい?」
優しく聞いてくる恋人に首を振って答え、携帯を取り出して調べ始める。
餡かけ 片栗粉 以外、っと。検索をかけて見てみれば、あるのは小麦粉に米粉にコーンスターチに。あるものはある。でもやっぱりメインで使うのは水溶き片栗粉らしい。疑問が解消されてすっきりした。
「そういえばさ」
「んー?」
「さっき何か言いかけてなかった?僕に聞きたいことあったんじゃない?」
「さっき……?」
言われて記憶をたどる。ひたすら会話を重ねてきたせいで、彼の言う"さっき"がいつのことかわからない。よくわからなくて郁弥さんの目を見つめる。きらきらした瞳が綺麗で吸い込まれちゃいそう。
「ほら、ご飯来る前に」
「……あぁ、あのときの」
そこまで言われて思い出した。あと、前触れなく頭撫でるのやめて。嬉しいけど気持ちふわふわになっちゃうから。あ、ううん。やっぱりやめなくていいかも。撫でられないより撫でてもらった方がいいもん。
雑念を振り払って、さっき、あのとき、つまりご飯が来る前にひたすらいちゃついていたときのことを考える。あたし、何言おうとしてたんだっけ。
「んー、っと。ちょっと待ってね?思い出すから」
「うん」
自然な流れでこてりと身体を倒して隣に寄りかかる。肩、というより首元の鎖骨辺りで受け止めてもらって、なでなでも継続。そう、こんな体勢だった。で、椅子を引いてたから机の下も見えていたのよね。浴衣に包まれた足が先まで見えて。
「――思い出した。郁弥さん、足袋してないわね」
「え?」
「撫でるの止めないでちょうだい」
「え、う、うん」
「よろしい」
「ええと、足袋?そう、だね。履いてないね」
この人、足袋履いてない生足だったのよ!
「履かないの?」
「今はいいかなぁ」
「ふーん、くすぐるわよ」
「理不尽!?」
「んふふ、冗談よ」
「まあ別にくすぐられてもいいけどさ」
「へー、いいんだ」
「日結花ちゃんにならね」
「うふふ、あたしだけ?」
「うん。君だけ」
「そっかそっか。あたしだけかー」
嬉しいこと言ってくれるなぁ。
ほっぺたゆるゆるになっている表情を見られるのもなんだか恥ずかしかったので、うりうりと頬を押し付ける。相変わらず心臓の位置とは離れているため鼓動は聞こえない。それでも体温はしっかりと伝わってきて、今この瞬間、一緒にここにいるってことを実感させてくれる。
「足袋ならって話だけど、日結花ちゃんもしてないよね?」
やんわりと抱きしめてくる恋人の温かさを感じながら返事をしていく。
腹ごなしに軽く伸びをしたり休憩したりと聞くけれど、今のあたしは小休止で郁弥さんにいっぱい甘えさせてもらうことにした。
困ったものよね。たくさん甘えてお喋りして、それで時間なんてあっという間になくなっちゃうんだから。




