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34. 食べさせ合いっこと不意打ちキス

 くっついたり引っ付いたり手を繋いだりして、進みそうで進まないお食事もようやく始まった。一応お品書きが目に入るように横に置いて、二人並んで食べ始める。


「まずは食前酒からだね」

「お酒ね。あたしは全然飲んだことないけど、郁弥さんは?」

「僕はそれなりに。旅館行くと結構あったりするし、食欲増進効果があるとか前に調べたら出てきた」

「ふーん」


 さすがにご飯中は手を繋いでいられないので、ちゃんと座椅子に座ってお夕食に手をつける。食前酒。小さなカップに入っているもので、量は本当に少ない。一口で飲めちゃうくらい。

 くいっと一息に口へ入れると、ふわりと甘い香りに加えて結構な酒精が広がる。甘くて飲みやすいのはいいんだけど、なかなかアルコール度が高い。

 飲んだ感じリンゴ酒って感じかしら。一瞬喉が熱くなったわ。少ないからいいけど、これが普通のグラス一杯分もあったらもう無理ね。酔っちゃう。


「ふ……火照ってきた」

「ええ……あなた、今ので酔ったの?顔は赤くなってないわよ?」

「あ、あはは。うん、なんとなく、なんとなくね」


 恋人さんのお酒弱さ真骨頂が発揮されかけた。見た目酔ってる雰囲気は全然ないので、たぶん大丈夫だとは思う。だけど、これ以上は飲ませちゃいけない。もうないから飲みようもないけれど、これ以上はふわふわ郁弥さんになっちゃうから。


「じゃあ、どれから食べようか?」

「お通しがどれとか前菜がどれとかわかんないから、とりあえずお刺身から食べる」

「おーけー」

「……あたしと合わせなくてもいいのよ?」


 わざわざ一緒に合わせて食べ進めてくれるつもりみたいで、一応遠慮として伝えておく。横を見て目が合うと、くすりと笑って言葉を返してきた。


「僕がそうしたいだけだからいいんだ。せっかく初めての旅行なんだし、これくらいやりたいなぁって。日結花ちゃんが嫌なら」

「やじゃないっ」

「ふふ、そっか。よかった」


 ぐいっと食い気味になったのはあたしの反射的なやつ。だって嫌なわけないんだもん。旅館で二人で並んで一緒にご飯食べられるなんて、これが初旅行なのも相まって新鮮さがすごいの。不思議な高揚感、みたいな?そんな感じがある。


「お刺身食べようか。ええと、お品書きは……まぐろたい海老えびだって」

「ふーん。海老……海老かー」

「海老嫌い、じゃあなかったよね?」

「ええ、まあ。むしろ好きな方には入るわ。でもほら、頭と尻尾があるじゃない。こういうのは食べにくくてあんまり……」

「好きじゃない?」


 聞かれてこくりと頷いた。だって、手は汚れるし食べにくいし仕方ないじゃない。嫌なものは嫌なんだもの。お手拭きがあるとか、そんな手間でもないとか、そういう小言はいらない。ほんのちょっとの面倒くささが嫌なの。たぶん、この気持ちがわかる人は世界にごまんといる。


「そっかー。じゃあ僕の食べる?」

「え?」

「はい」

「………」


 お皿を指で見せられ、そこには殻が剥かれて身だけになった海老の姿が。あたしが文句を言っている間にさっさと剝いていたらしい。それをまさか差し出してくると聞いて、内心の葛藤がひどい。

 食べたい。楽して食べられる。嬉しい。笑顔でやってくれたし、断る理由もない。郁弥さんの笑顔が好き。かっこいい。可愛い。大好き。食べたい。でも、ここでこれを受け入れたら、まるであたしがこんな小さなことですらお願いしているような気分になって悲しい。というか虚しい。

 カニの身ならまだしも、海老だもん。


「……郁弥さん。あーんして」

「うん?あぁ、ふふ、いいよ任せて」


 というわけで、間を取ってあーんをしてもらうことにした。

 恋人があたしのお皿に載っている海老も処理して、手を拭いてからちょいちょいと手招きをしてくる。お醬油が浴衣にこぼれるとよくないので、少し前のめりにしてとのサインだった。

 言われた通り身体を動かして、お箸で海老をつまんで、お醬油皿の上で待機させている恋人さんに近づく。


「はい、あーん」

「あー……あむ……んー、おいしー」


 甘くて美味しい!


「他にも食べる?」


 食べ終えて我に返ると、郁弥さんが嬉しそうに笑っていた。お箸、彼のなのに彼より先にあたしが口つけたのよね。意味わかんないわ。美味しかったからいいけど。


「食べる。鯛ちょうだい」

「りょーかい」


 ここで遠慮するのもなんなので、楽しい楽しい恋人あーん大会を始めることにした。終わりはお食事がなくなるまで。

 なんか、餌をねだる雛の気持ちがわかったわ。こんなに楽しいのね。あーんなんていつもしてることだけど、旅館でするのはまたひと味違う。胸キュン度が高いわ。


「……んふー、これも美味しい」

「それは何より」


 そんなこんなで。二人で交互にお料理を運んで食べさせていく時間が続いた。どれがどのお料理かわからなかったので、たまにお品書きを見て"これかな?""たぶんこれね"みたいな話もしながらの時間。お刺身含め、ある程度お盆の上のものがなくなってきて、次はと思ったら仲居さんが新しいお皿を持ってきてくれた。


「あーん」

「……はむ……んん、これもいいわね。美味しいわ」

「失礼しま――あ」

「「あ……」」


 一瞬の間。

 お料理そのものは美味しいし、持ってきてくれたのもいいんだけど。ほら、あたしたちって玄関と向き合うみたいに座ってるじゃない。しかもお隣同士座り合ってるし。そんな状態であーんするってことは、部屋に入った瞬間にばっちり食べさせ合いっこしてる姿が見えちゃうわけでしょ?ね、そういうこと。


「ふふ、お楽しみ中すみません。焼物やきもの蓋物ふたものをお持ちしました」

「あ、はい。ありがとうございます」

「は、はい。あ、ありがとうございます……」


 羞恥!!!


「少々お待ちくださいね。お二方分持ってきますから」

「はいー」

「……うぅ」


 ささっと出ていった仲居さんを見送り、ぐりぐりとお隣の恋人に肩をぶつける。


「おーおー、どうしたの?」

「どうしたのじゃないから!恥ずかしいの!とっても恥ずかしかったの!!」


 もうすっごく恥ずかしかった!こんな恥ずかしいの久しぶりなくらいめちゃくちゃ恥ずかしい!今でも顔熱いし、さっき笑顔で"お楽しみ中"とか言われたのがもうもう……にゃぁぁ!!!


「本当だ。顔赤いね。ほっぺた真っ赤だ。りんご色。可愛いよ?」

「う、今褒めないで……。頬がゆるゆるになっちゃう」

「あはは、うん。じゃあ何も言わない。でも、本当に可愛いよ」


 ――ばしばし!


「痛い痛い!珍しくちゃんと痛い!ごめんごめん。もう言わないから。りんご色の日結花ちゃんも好きだけど言わな――」


 ――ばしばしばし!!


「――痛……ん?いや痛くない」


 おそるおそるとこちらに顔を向ける恋人さんを待って、不意打ちで顔を近づける。


「ちゅ」

「んん!?……ふ……っ…………」

「失礼しま――あ」

「「―――」」


 今度はばっちりキスシーンを見られた、けども。なんとなくそんな予感もあったからあたしはノーダメージ。ちょっとした恥ずかしさはプライスレス。


「え、えへへ。あ、お料理ありがとうございます!」

「は、はい。ええと……ご説明しますね?」

「ふふ、お願いしますー」

「……お、おねがいします」


 ほんのり頬が赤くなっている仲居さんと、隣で顔を真っ赤にしている恋人さんと、満足感に浸るあたしと。

 さっきのあーんはそうでもなかったみたいだけど、キスシーンはさすがに見る側も恥ずかしいみたいね。この人からしたら絶対不意打ち、それこそ郁弥さんにとっての突然のちゅーくらいには不意打ちだったと思う。でも、うん。銀泉花ぎんせんかさんはカップルも多いらしいし、これくらいよくあることよね、たぶん。


「それではまず――」


 そうしてお料理の説明に入っていった。いくら動揺していても、そこはさすがプロ。説明に淀みはなく、すらすらと教えてくれた。お話の後、空いたお皿を下げて、一瞬あたしと郁弥さんの間を視線が行き来した。なんとなく興味と羞恥混じりな雰囲気。にっこり笑顔を見せれば、脱力したような、毒気が抜けたような、優しい笑顔を返してくれた。女同士、宿側と客側だとしても通じ合った気がした。応援されたわね、きっと。


「ねえ、郁弥さん」

「……なにかな」


 まだ羞恥が強いようで、顔を赤くして動揺を抑えようと頑張っている恋人に声をかける。

 本当はお料理についてお話しようと思ったけど、少しばかり悪戯心が頭をもたげた。


「――もう一回、ちゅーしてあげよっか?」

「~~っ!?」


 耳元へ唇を寄せて囁けば、声にならない声を上げてぎゅぅっと目をつむった。横から見える頬が桜色に染まっている。

 さっきのあたしと同じくらいに羞恥心でわたわたしている恋人を見て、くすくすと笑いながらお箸を手に取る。

 まだ、あーん大会は続いているもの。こういうときこそあーんしてあげなくっちゃね!

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