25. 蕎麦ソフトクリームと観光の終わりに
簡単な食事と買い物、そしてソフトクリームを食べ終え、ソフトクリームを買ったお店の入口に置いてあったそば茶を飲んだあと。あたしたちは再びぱしゃぱしゃと写真撮影を始めた。
被写体は銀山温泉の温泉街そのもの。建物、川、橋、空、雪、そして人。風景写真を撮り、それからツーショットを何枚も撮る。撮った写真を確認して撮り直したり、ポーズや場所を変えて撮ってみたり。タイマーが十秒しかセットできないので二人で交代しながら転ばないよう気をつけて早歩きしたりして。
傘なんかもうカメラのところに置いてきちゃって、走って上手く止まれなくて押し倒しそうになってそこで写真撮られたりなんかもして。本当に、ただ一緒に写真撮ってるだけなのにそれがおかしくて楽しくて、笑いばかりがこみ上げてきて大変だった。
写真に写っているのも二人して笑顔でわちゃわちゃしているものばかりで、時間に余裕のないカメラタイマーだからこそこんな楽しく過ごせていると思うと、これでよかったなぁなんて。"新しいカメラ買った方がいいかなぁ"とかぼやいてる郁弥さんに話したりしてね。
「ほんと、写真撮ってるだけで疲れちゃったわ」
「結構撮ったもんねぇ」
ぽちぽちとカメラをいじっている郁弥さんの横で、彼のカメラを覗き込みながら話をする。
場所はソフトクリーム屋さん、というかお蕎麦屋さんの入口付近。人の邪魔にならない辺りで休憩していた。このお店、今さらながら銀泉花さんの目の前だったりする。そう、最初に旅館を出て見た横長な建物。気づいたらここまで戻ってきていた。
戻るときに使った通路は銀山温泉入口から見ると右側に当たる。行きとは反対側を使ってきたけれど、この、銀泉花さんの前にあるお店から先は雪で通路が塞がっていた。普通に川まで雪がこぼれているので、当然のことながら道も雪で埋まっている。柵代わりに等間隔で小さなポールが置いてあるので、本来なら川に落ちないようにポールの間に鎖を通すのだと思う。今はそのポールもほとんど雪に埋もれて見えないけど。
雪で埋もれた通路の反対側はちょうど足湯の位置になるので、そちら側をちょこっと戻って歩いてそれから宿に戻る流れになると思う。たぶん。
「日結花ちゃん」
「んー、なぁに?」
「僕もう疲れたよ」
「ん?」
恋人が写真をざっと眺めていたので、あたしは適度に返事をしながら周りを見ていた。外の雪とか観光客とか足湯とか。そんなところで、やけに演技臭いセリフが耳に届く。彼氏さんの顔を見れば微妙に俯きがちで、だけど表情に疲れは一切見えず平然としたまま。
なんて返そうか迷う。
どうせ雑な演技なので、こちらも適当に返してあげてもいい。大真面目にやるのは今の気分じゃないし――うん。決めた。
「ふふ、ちゅーでもしてほしいの?」
「え?うーん…………」
「ええ……。そんなに悩む?」
予想外に悩まれて困る。ほんとにちゅーされたいとか言われたら……結構困る、かも。したくないわけじゃないのよ?ここがお部屋とかだったら別に全然いいし、今は軽く"いや別に後でいいよ"とか言われると思ってたから変に恥ずかしいだけで。
「悩む。でも、うん。今は遠慮しておくよ。まだ見てないところもあるからね」
「ん……。そうよね。なら行きましょ。あっちでしょ?あっち」
「うん。ここの通路は通れないから、足湯の方から行こう」
人の心を散々弄んでおいて、何事もなかったように散策を始めるとは。いくら郁弥さんでも、とここで何も言わないのがあたし。なにせ彼のセリフには注意しないといけないポイントがある。まだ。そう、"まだ"という言葉。なにげなく言われたこの一つの単語が、今のあたしと郁弥さんの関係性を如実に表している。つまり、今はしないけどあとでキスしようね、というニュアンスにも取れる。
何が言いたいのかというと、あたしは郁弥さんが好きで郁弥さんもあたしが好きってこと。
「さっき足湯通り過ぎたけど、色々見た後だとやっぱり雪少ないのね」
「そりゃお湯だからね。これが湯口かな?」
「ゆぐち?お湯の口で湯口?」
「ふふ、うん。その湯口」
「えへへ、ってもう。別に撫でてって頼んでないでしょ?」
「僕が撫でたかったからじゃだめ?」
「ん、いいわよべつにー」
さわさわと髪を撫でられてほっこり。足湯のお湯が出ている湯口が目の前にあるからか、よく湯気が立っていて暖かい。
湯口の側はちょっとした階段になっていて、降りて横に立てば位置はちょうど腰の高さにくる。
足湯はところどころ穴のように下が抜けていて、木板はコンクリート?の上に椅子として作られたものらしい。湯口側から見ると、椅子の脚のように木板にも脚がついていることがわかる。
さすがに温泉が湧き出て足湯が作られているので、湯口近くの地面にはまったく雪が見られない。ただ、雪が溶けたのか、雨で濡れたのか、地面も木板もびしょびしょに濡れているのはどうしようもない。
湯口近くの看板に、"足元すべりやすいので気をつけてください"と書かれていた。
そうかなぁとは思っていたけど、やっぱり滑りやすいみたい。ていうか、滑りやすいのここだけじゃなくて橋の上とか通路とか全部だったと思うけどね。そこはなんだろう、言わなくてもわかるでしょ?みたいな?
「このお湯、熱いのかな」
「え?んー、お風呂で言う源泉になるんだし熱いんじゃない?」
「……ちょっと触ってみるね」
「えー、火傷しないようにね?」
「うん、わかってる」
変なところで子供っぽいあたしの恋人さん。こんなところもキュートで好きだと思っちゃうあたしはもうだめ。
内心ハラハラしながら見守っていると、おそるおそる人差し指を丸めながら湯口に伸ばしていく。そのまま湯口の端っこ、正方形の石の角にちょこんと触れた。すぐに引っ込めて、それから何度か試す。
「ふむ」
「あんまり熱くないの?」
「うん。思ったほどじゃない。触っても"熱いなぁ"くらいで耐えられる温度だと思う」
「あ、そうなんだ」
それを聞いてあたしも触れてみた。たしかに熱いには熱いけど、火傷するような熱さではない。耐えられる温度だった。
「でしょ?」
「ん、そうね。これなら――ってそう何度も触っちゃだめでしょ。湯口ってここからお湯流れていくんだから」
「あぁ、そうだね。もうやめておこうか」
手をタオルで拭きながら歩みを再開する。足湯に入っている人がいなかったことだけが幸いか、誰かに文句を言われることもなかった。
銀山温泉の足湯を離れて、温泉街の入口に向けた通路を進む。横にあるちっちゃな休憩所っぽい場所を通り過ぎ、最初に渡った橋まで戻ってきた。この橋を越え、坂を上っていけば銀泉花さん専用の駐車場がある。二時間も前はそこまで大石田駅からバスで送ってもらって、あとは歩いてきた。
「インフォメーションセンターか」
「寄る?」
「うん。ちょっと聞きたいこともあるし」
「ふーん、いいわよ」
あたしは特に聞きたいこともないので、ただの付き添いとしてインフォメーションセンターに入っていく。
位置的には温泉街入口前の橋を渡ってすぐの左、銀泉花さんがある方の逆方向すぐのところね。しっかりローマ字でInformationって書いてあるわ。
「すみませーん」
「はい、どうしましたか?」
「あ、はい。少しお聞きしたいことがありまして」
自動ドアを抜けてすぐ、暖かい空気で肺が満たされた。外にいる時間が長かったからか暖かさが身に染みる。
「銀山温泉のガス灯って、何時頃に点灯するんでしょうか?」
「ガス灯ですか?十六時半から二十一時までの間ですね」
「あ、夜には消えちゃうんですね」
「はい。ガスですし、つけっばなしというわけにもいきませんから」
「わかりました。ありがとうございます」
お姉さん?おばさん?イマイチ年齢がわからない女の人から聞いたのはガス灯の時間についてだった。あたしの彼氏さんは相変わらずのロマンティストらしい。
案内所を出て、橋の歩道で銀山川を見ながら話をする。
「ガス灯の時間を聞きたかったのね」
「うん。どうせなら点灯する時間一緒に見たいなぁと思って。ついでにビデオにも残しておこうかなと」
「なるほど。素敵ね。大賛成よ」
「ありがとう。と、時間はわかったからいいんだけど。一応これで銀山温泉はぐるっと一周できたよね」
「そう、ね」
時間としては、だいたい二時間いかないくらいが経った。時刻は十六時を過ぎて十五分。あと十五分でガス灯が点灯する時刻だった。
「どうする?僕は部屋からガス灯の点灯する瞬間撮ろうと思ってたけど、日結花ちゃんが外で撮りたいならそれでいいよ。あと十五分だし」
「ん……」
彼の案にはあたしも賛成したい。部屋の中でまったりお喋りしながら撮った方が思い出深くなると思うし。でも、どうせなら最後にもう一個お店寄りたいなって思っちゃった。
「郁弥さん」
「はい」
「そこにお土産屋さんがあります」
「え?うん。あるね」
「急いでお店覗いて買うものあったら買ってお部屋戻るわよ」
「え、う、うん」
話に追いつけていなさそうな恋人の手を取って歩く。橋を渡ってすぐ、銀山温泉の入口とも言える場所に一軒のお店があった。
お店の軒先には看板があり、柱には"頭上落雪注意"の文字が書いてある。
「"歴史といで湯の里、銀山温泉"ですって」
「日結花ちゃん、いで湯って何?」
「……それ、あたしがあなたに聞こうと思ったんだけど」
「僕も知らないから先手を取って聞かせてもらったんだよ」
「ふーん、それでいで湯ってなに?」
「……ちょっと待ってね、調べるから」
どうでもいいことを話しながら、さっさとお店に入って中を見回る。店内はそれなりに広くて整理整頓がされている。さっきのお店と比べると、小物より食べ物が多く見られる。特にお饅頭。種類が多くてどれも美味しそう。お腹が空いてきた。
「「お饅頭」」
「……買いましょ」
「……買おうか」
奇しくも言葉が揃って、二人してまだ買っていなかった種類のお饅頭を買うことになった。
最終的に、ガス灯点灯時間の五分前には銀泉花んの部屋に戻ることはできた。録画中にお饅頭の話ばかりするはめになったのは、絶対にあの食べ物ばかり置いているお店のせいだと思う。
でも、買ってよかったと思う。持ち帰ってから食べる予定だけど、絶対美味しいもん。
ちなみにだけど、"いで湯"というのは"温泉"のことだった。
そのまんま銀山温泉のことだったわね。歴史と温泉の里、だなんて。この街そのもの。いいセンスしてるわ。




