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20. お部屋と相合傘

 銀泉花ぎんせんか。銀山温泉にある旅館の一つで、純和風木造の建物。

 インターネットで見たときに部屋の種類がいくつかあるとは知ったけれど、そのうちの一つに今あたしたちはいる。

 部屋はそれなり以上に広く、六人まで泊まれるとか見たような記憶があるのは気のせいじゃないかもしれない。

 入口の古い木製ドアから一歩いくと、前室ぜんしつと呼ばれるスリッパ置き場がある。ここは畳ではなく板張りのまま。こげ茶色の木板が光を反射して鈍く輝く。部屋外の通路と同じくピカピカに磨かれていた。前室の右手にはきちんとした大きさの洗面台と鏡が一つある。鏡の上には蛍光灯もあるので、ここで軽いお化粧直しができる。


「お化粧?」

「……なに?文句あるの?」

「いや何もないよ。日結花ちゃん元から可愛いしお化粧しても可愛いし、いつでも可愛いから何も言うことないなって」

「べ、別にそんなに褒めたってなんにもないんだからね!」

「ふふ、何もいらないよ」


 微笑む恋人とくっついて鏡の前で写真をぱしゃりと撮った。前室の弱い白光でもわかるくらいに顔が赤いあたしと、幸せそうな郁弥さんと。なんともむずがゆい写真だった。

 洗面台の左横にはお手洗いの入口があって、中は普通の洋式トイレだった。これは後から増築したと見える。前室からは障子付きのふすまが真っ直ぐの先にあり、洗面台の反対側には何もない。襖を開けた先はもう普通の客室。

 入ってすぐ、部屋の右側が床の間になっていて一段高い。その床の間の手前、ちょうど角になる場所にテレビが置いてある。金庫の上にテレビという斬新な置き方をしていた。床の間の反対、部屋左側はまた別の襖になっていて、かなり横に長いのでおそらくお布団が入っている。


「はい開けてー」

「はい、布団だね」

「はい閉めてー」

「へいよう」


 お布団を確認し、閉めた襖に沿って奥に進むと部屋の左角に当たる部分にクローゼットがある。クローゼット下にはヒーター。上にはエアコンと、寒さ対策も万全。


「お、浴衣あるね」

「あとで着て写真撮りましょうね」

「うん、ふふ、足袋もあるよ」

「へー珍しい。こっちは上着?これなんて言うの?」

丹前たんぜんもしくは褞袍どてらだって。色々あるみたいだから正しいかわからないよ。たぶんこれって感じ」

「ふーん、丹前……丹前ね。かっこいいじゃない」


 さっきから郁弥さんには旅館の間取りや名称を携帯で調べてもらっていた。クローゼットに入っていたものは教えてもらったのを含めて、浴衣、帯、丹前、タオル、足袋といったところ。個人的には足袋が気になるので、お風呂上りにでも二人で履いてみようと思う。

 クローゼットを過ぎると、位置としてはおおよそ部屋の正面。前室の襖から真っ直ぐいった場所になる。そこは四枚の障子扉となっている。場所は横に長く、障子を開けた先は座布団が三つ並んだ縁側。幅は狭くぎりぎり座れるか座れないかくらいなので、座って話をするときは障子を開けてになると思う。奥行きの小ささに比べて、縁側は横に広く部屋の端、それこそ床の間の部分まで伸びている。障子の隣は柱を挟んで障子窓のようになっているので、そこから先は床の間部分含めて座るのに適しているとは言えない。かくれんぼには使えるわね。

 そんな縁側だけれど、なぜそれほどまで横に長くなっているかの理由はとってもわかりやすい。簡潔に街並みが見えるから。全面とはいかずとも、結構な大きさの窓が横並びになっている。


「いいわね、ここ」

「夜になったらまた変わるかな」

「そうね。さ、その前にぱぱっと写真撮るわよ」

「おっけー」


 さくっと三脚をセットして何枚かツーショットを撮影したあと、部屋の見回りも終えてお出かけ用に軽く荷物を整理する。あたしの場合ミニバッグを持っていけばいいので、今回は郁弥さん待ち。見ている感じだと、カメラと携帯とお財布くらいしか持っていくものなさそうだけど、どうなのかしら。


「そういえば日結花ちゃんってスーツケースだけど、それ床傷つけないの?」

「ふふん、あたしをばかにしないでもらいたいものね」

「ほう、その心は?」

「車輪は収納できるし、背負えはしないけど手提げにはなるのよ。あとすっごく軽いんだから」

「なるほど。だからさっき持ち上げられてたんだ」

「そ。だから安心しなさい」

「ふふ、了解」


 大きい荷物は二人分まとめて端っこに置いておいて、郁弥さんが立ち上がったのに合わせてあたしも背筋を伸ばす。


「よし、僕の方は大丈夫。日結花ちゃんは?」

「あたしも大丈夫」

「じゃあ行こうか」

「ん」

「手、ね。はい」

「よろしい」


 コートを羽織って手を繋いで、電気を消して部屋を出る。鍵は彼氏さんが持っているので、施錠もやってもらう。

 ドアの鍵を改めて見てみると、見た目通り作りは単純だった。ドアの方は取り付けられた輪っかに南京錠の金属棒を通したままで、柱側についている薄い金属板にもドア同様の輪っかがある。柱の金属板にはドアの輪っかにはめ込むための穴があり、そこに通す形でぴたりとくっつける。そして金属板の輪っかにも南京錠を通して鍵を閉めれば施錠完了という仕組み。

 ささっと鍵をかけてくれるかと思いきや、なにやらダーリンがわちゃわちゃしている。


「ねえ、もしかして鍵かけられないの?」

「いやこれがなかなか難しいものでね。やってみる?」

「ん」


 鍵を受け取って、ドアを閉めて鍵を……鍵を…………。


「難しいでしょ?」

「むぅ」


 そのまま認めるのも癪だったので、郁弥さんに手伝ってもらいドアを閉めて若干ほんのり緩くするようにしながら鍵をかけたら上手く閉まった。


「ふふ、これでコツは掴んだわね」

「なんとかね」


 変なところで時間を使わされたので、鍵のことなんてなかったことにして階段を降りていく。フロントに行くからさすがに今は手を繋いでいない。

 恋人が受付の人に鍵を渡しているのを見ながら、靴置きから自分の靴を取り出す。あたしの履いてきた靴はくるぶしを覆うくらいのミニブーツ。淡い茶色の無難なブーツだけど、歩きやすさに関してはかなりいいものだったりする。ヒールとかないし、スノーブーツよね。雪の上でも大丈夫なやつ。


「お待たせ」

「ん、全然。それより郁弥さんの靴ってどれ?」

「僕?僕は、えーっと、これ」


 言って取り出したのは紺色のスノーブーツ。見るからにあったかそうで、あたしのよりも少しだけ丈がある。


「ふーん。あたしとお揃いね」

「あはは、雪っていうのはわかっていたからね」


 軽く雑談を交わしながら靴を履き、立ち上がって伸びをする。ちょっぴりのドキドキ感を胸に秘めながら、閉まっている木製の玄関扉に手をかけた。


「ふむ……」

「どうしたの?」


 年季の入った扉は見た目通りに重く、それでも滑りがよいので開きにくいことはなかった。想像通り、ううん、想像以上に風情のある扉だった。

 恋人にはなんでもないと首を振り、がらがらと横に引いて開けば、ひゅうっと冷たい風が吹き込んできた。


「わー涼しい!」

「そこは冷たいじゃないの?」

「ふふ、ジョークよジョーク。それより傘はどうするの?一本?二本?」

「おっと、それを僕に聞くかい?」


 くすっと笑って、指を一本立てて聞き返してきた。

 かっこつけの郁弥さんが本当にかっこよく見えるのは、惚れた弱みってやつかしら。あんまりそういう仕草しないから余計にかっこよく見えるのよね。不思議。


「うふふ、お好きにどうぞー」

「はは、もちろん一本で」

「えへへ、はいはーい、あたしが持つわ!」

「あ、じゃあお願いしようかな」

「ふふ、任せて」


 あたしの彼氏さんは三脚付きのカメラを持っているので、既に片手が埋まってしまっている。もう片方の手はあたしと繋ぐと最初から決まっているので、両手が埋まることになる。頑張ればカメラと傘と両方持てるとは思うけれど、なかなか大変そうなのであたしが持つことにした。


「あー、やっぱり外は寒いね」

「冬だもの。雪も降ってるし」


 傘を持って外に出る。旅館の玄関を開けっ放しにするのはよくないので、郁弥さんが外に出た段階でドアは閉めさせてもらった。

 空模様は変わらずの雪雲。灰色がいっぱいに広がって、雪の勢いもそのまま。薄く積もった雪が通路を埋めていた。


「じゃあ、見て回ろうか」

「ふふ、はーい」


 自然と差し出された手を握って、朱色の傘を開く。視界に広がる落ち着いた空気の街並みを眺めながら、雪で滑らないようゆっくりと足を進ませる。

 おっかなびっくり進む恋人の姿に笑いながら、そこまで気に過ぎなくてもと声をかけた。

 二人っきりの旅行の初観光が相合傘で始まるなんてと、また昔を思い出して頬が緩む。景色も場所も関係も、何もかも違うのに相合傘という部分だけは同じで。一緒に来られてよかったなぁと、もう何度目かわからないくらいに同じことを思った。

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